Ep.3-61
「そもそもさ、おかしいと思わない? 貴族とか王族——たかだか数百人の命。魔力だって大して持ち合わせていない君たちと、数万人の平民の命が天秤で釣り合うだなんてさ」
エリオスは嬲るような視線でファレロたちを見下ろしながら、滔々と言葉を続ける。それは、「こんなことにも気づかないのか」と彼らの愚行を列挙して、嘲笑うような口振りだった。
エリオスはさらに続ける。
「私は言ったよね。君の父親の骸の前で——『一人の人間の命なんていうのは結局のところ命一つ分の価値しかない』ってさ。奴隷だろうと、平民だろうと、貴族だろうと、王だろうと私にとって、その命の価値自体は変わらない」
エリオスが朗々と語るにつれて、どんどんとファレロたちの顔が青ざめていく。そしてそんな彼らの顔を見て、エリオスは官能的なまでに恍惚とした高揚感を表情に浮かべて舌舐めずりする。
そして、さらなる嗜虐の愉悦を味わうべく次の言葉を番える。
「君ら一人一人の命の価値は私にとっては常に『1』だ——ちゃんと私はヒントをあげていたんだよ? 気づいてなかった?」
「あ、ああ……あああ」
ファレロの口からうわごとのような音が溢れる。貴族たちも、震える目でエリオスを見上げていた。
そんな視線の中で、エリオスはふいに貼り付けたような笑顔を浮かべると、パンと両手を叩いて見せた。
「でもね、もうそんなことはどうだっていいんだ。私は君たちも、彼らも、もう殺さないって宣言してしまったからね。だから私が君たちを殺すことは無い——安心したまえよ」
その言葉にファレロたちは一瞬安堵の息を漏らすが、側から聞いているシャールの胸にはどこか違和感と焦燥感のようなものがこびりついていた。
「な、ならば! この枷を——!」
ファレロが自身の脚に絡み付いた影の槍を見つめながらそう言ったのを、エリオスはふるふると首を横に振りながら笑う。
「まあ待ってよ。ソレはこの後の余興に必要でね。もう少し我慢しておくれ」
「余興——?」
不穏な響きにファレロは思わず問い返した。それをエリオスはニコニコ笑いながら頷く。
「そ。君たちを殺し損ねた私と、彼のためのとっておきの余興」
そう言うとエリオスは不意にシャールの肩を抱いて、倒れ伏した貴族たちの合間を縫うように歩き始める。
テラスから城内へと入ると、エリオスはその場でくるりと回れ右して、テラスに残されたファレロや貴族たちを見遣る。
そして少し腰を屈めて、シャールに耳打ち。
「よぉく、見ておいて。そして彼にもしっかりと見せてやるんだ」
その言葉に、シャールは背筋に怖気が走るのを感じた。先ほどの違和感と焦燥が、現実になる。そんな確信めいた予感がした。
シャールはエリオスに何事か言おうと試みるが、それは彼の言葉に遮られる。
エリオスは恭しく、大仰に腰を折ってお辞儀をしながら言う。
「それでは、華のレブランク王国の皆々様——幾星霜にもごきげんよう」
次の瞬間、ファレロたちの脚に絡み付いていた影の槍が解けたかと思うと、一瞬の間も置かずそれらは足元の大理石のテラスをバラバラに、バターを切るかのように滑らかに切り裂いた。
ファレロたちは眼下の広場へと落ちていく。
十分なストックが無いので、本日(2021.5.26)夜の更新は20:00以降にずれ込む可能性があります。
大変申し訳ありませんが、ご承知おきください。