Ep.3-59
昼休憩中に、イングリッシュマフィンをそのまま食べてる鎖比羅です。
「俺が奴らを『家畜』と言ったのはな。奴らの生殺与奪の件は、全て俺が握っているからだよ――」
ファレロはそう言うと、エリオスにずいずいと近づいて叫ぶ。
「さあ、エリオス・カルヴェリウス! 早く、早く奴らを殺せ!」
先ほどまでの丁寧さをかなぐり捨てたファレロの言葉に、エリオスは少し不機嫌そうに眉根を寄せるが、もはやファレロはそんなことを気にする余裕すらなく、血走った眼でエリオスに詰め寄る。そんな彼の希薄にわずかに気圧されたように、エリオスは肩を竦めて「はいはい」と答えて、市民たちの方へと向き直る。
「――ま、待って!」
シャールは縋るように、エリオスの袖を引いた。しかし、エリオスはそんな彼女を軽く振り払うと、市民たちに向かって語りかける。
「ま、そう言うわけでこの国の代表が君たちを殺せというので、ありがたく殺させてもらうよ」
にこにこと笑いながら、エリオスはそう告げた。
その言葉に、市民たちは悲壮な声を上げて嘆く。
「嫌だァァ!」
「やめて、死にたくない!」
「なんで俺たちがそいつらの代わりに死ななきゃならないんだ!」
「そいつらを殺せよォ!」
悲愴、絶望、憎悪、怨嗟――思いつく限りの負の感情が入り乱れる恐慌の嵐の中でエリオスは笑みを崩すことなく彼らを見下ろしていた。
そんなエリオスの横から、貴族たちが口々に市民たちを罵り、嘲り笑う。
「黙って死ねい、家畜どもが!」
「儂らのために死ぬ民こそが愛国者よ!」
「分を弁えろォ!」
民と貴族、王族が憎しみ合い、罵りあい、互いに「死ね」「殺せ」と叫び合う。これが、大陸随一の国家の民と貴族の姿か。これが大陸の華と謳われた王都の末路か。シャールは絶望的な気持ちでその有様を見つめながら、その場に崩れ落ちた。
こんなのは間違っている。でも、どうすればいいのかシャールには分からない。エリオスに心変わりをさせて、どちらも殺さないように頼み込むか――いや、悪役を自認するエリオスがそんなことを承知するなんてことはありえない。検討すら不要のありえない選択肢だ。
エリオスは、市民たちか王侯貴族かどちらかを皆殺しにするという条件を譲ることは無いだろう――つまるところ、どちらかが必ず死ぬ、殺される。
この状況を切り抜けるには、どちらかに自分たちの死を受け入れさせなければいけない。どちらかに「死んでくれ」と言わなければならないのだ。
「やめて……やめてください……エリオス……」
悲痛な声で、シャールはエリオスの足元に縋りつく。無駄だと分かっている、それでもシャールにはそうすることしかできなかった。どちらかに「死んでくれ」などと言うことは、シャールにはできなかったのだ。
エリオスはそんなシャールを見下ろしながら笑う。
「君はそんなところに倒れていないで、ちゃんと私があげた役目を全うしたまえ。駒なんだからさ」
くつくつと楽し気に笑うエリオスの顔と、どこまでもこんな最低の役割を強要することにいよいよ我慢が出来なくなって、シャールは立ち上がりエリオスに詰め寄る。そんなシャールに、エリオスはそっと耳打ちする。
「ちゃあんと役目を果たしてくれるのなら、君にご褒美をあげるよ――」
「え――」
エリオスの言葉の意味が分からないまま立ち尽くしたシャールに、エリオスは横に転がった鏡を持たせて満足げに笑いながら頷く。
そして、改めて市民たちの方を見下ろして口を開く。
「術式構築、完了。法陣励起、完了――」
魔術の展開が始まった。薄紅色の光の壁の中、足元の魔法陣から赤い光と青い光が溢れ始める。渦巻く濃密な魔力は、市民たちにも感じ取れたようで、それが自分たちの命を奪う魔術が起動し始めた印だと理解し、恐慌が全体に色濃く広がる。
「やめてぇぇ!」
「せめて子供だけは――!」
「お願いだああ!」
「助けてェェ!」
悲痛な嘆きが響く。そんな声が高まるにつれて、徐々に足元の青い光と赤い光が接触し始めて、白い光に変わり始める。殺戮へのカウントダウンが進む中、絶望と恐怖の嘆きの嵐が吹き荒れる中、エリオスはにやりと笑ったまま口を開く。
「ふむ。じゃ、やめようか」
そういえば、いつのまにか部分数が100を超えておりました。ここまでお付き合い頂いている皆様におかれましては、誠にありがとうございます!
おかげさまでブックマーク数も100件の大台に到達しました。本当にありがたい限りです。
今後とも拙作を応援いただけますと幸いです。