Ep.3-57
「違う、違います、よね……」
シャールはぽつりとつぶやいた。そんな時、ふとシャールの脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。嗚呼、もしこの場に彼が――ルカントが王として立っていたのなら、どうしていたのだろうか。そんなことをシャールはふと考えた。
勇者と呼ばれ、多くの人々を――平民も貴族も区別なく助けていた彼は、王としてこの場に立ったのならどんな決断を下したのだろう。どう振舞ったのだろうか。
自分たちや貴族の命を差し出して、王都の民の命を救ったのだろうか。それとも、民を犠牲に自分たちの生存を選んだだろうか。
どちらも考えられる――だが、シャールの中では、たとえ後者を選んだとしても、そのときの彼の姿が目の前の醜悪な王と貴族の像と重なるとは思えなかった。何故だろうか――選んだ結論は変わらないはずなのに。
単なる振る舞いの差だろうか――確かにルカントが民に「家畜」だとか、「愚民」だとかいう悪口雑言を吐く姿は想像できない。しかし、それだけではない。そう、これは――
「貴方たちは――違うんです」
「あ――?」
震える声で小さく零したシャールに、下卑た笑みを満面に浮かべながらファレロは首をかしげる。愚かな小娘を黙らせた愉悦に浸っているような表情だった。
シャールはすうと小さく息を吸って、奥歯を強く噛みしめて、まっすぐファレロを見据える。
その視線は、彼女の腰に下げられた聖剣のように真っすぐで歪みなく、そしてしなやかだった。
その目に宿る光に、ファレロは思わず後ずさり、エリオスは「ほう」と感嘆の声を漏らした。
「分かりました。貴方たちと、あの人の違い……ルカント様と、貴方の違い」
「ルカント、だと……! 勇者とおだてられた挙句、父の役にも、俺の役にも立つことなく辺境で野垂れ死んだバカな弟が何だっていうんだ!」
ルカントの名を聞いた途端、ファレロは声を荒げる。そして、自分と彼を比べる者——シャールを、今にも掴みかかりそうな勢いで、ぎろりと睨みつけた。
それでもシャールは恐れずに、少し冷たい瞳でファレロを見つめていた。
「貴方はこう言った。自分たちこそが国であると、私たち平民はその上で飼われた家畜だと」
「そうだ! それこそが真理だろう——俺は愚弟や父のように耳触りの良い言葉でお前たちを甘やかしたりはしないからなァ!」
「甘やかす? 甘やかされているのは貴方です。そして、甘やかしているのも貴方」
淡々と言い放つシャールに、エリオスは少し驚いたような、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべて見つめていた。
対するファレロは意味が分からないと言わんばかりに強く舌打ちしてシャールに殴りかかろうとする。しかし、そんな彼の振り上げた手をエリオスが止めた。
「彼女は私のモノだよ――手を出すのなら、君から更に代価を貰わなくちゃならなくなる」
にやにやと笑いながら、エリオスはファレロにそう言った。その言葉と、自身の腕を握り止めるすさまじい力にファレロは表情を歪めてしぶしぶと拳を振り下ろす。
そんなファレロに、シャールはどこか泰然とした様子で言い放つ。
「あの人と違って、貴方にはきっと覚悟が足りないんです――国のために、王という駒として在るという覚悟が」




