Ep.0-1
街が燃えている。
人々の営みの影は灰と化し、全てが黒ずんだ零へと落ちていく。
「——な、なんなんだお前は……!」
そう声を発したのは一人の兵士。身に付ける銀色のプレートメイルの表面は炎の色を受けて、生き物のように揺らめていた。彼は、歯の根が合わない様子ながらに、目の前に立つ少年に向けて、震える声で、それでも王国の正規兵としての矜持を何とか保とうと問いかける。
相対する少年はそんな彼の言葉にどこ吹く風と、黒煙に埋め尽くされた空を見ていた。そして、わめきたてる兵士などには答える義理も無しと言わんばかりに、彼はその白い手を虚空へと挙げる。その瞬間、一陣の風が吹いた。
「——ぁ」
何事か叫ばんとした兵士の首は、いつの間にか火の粉たちと共に宙空を舞っていた。そんな兵士の生首を、路肩の石を見遣るかのように一瞥だけして、少年は未だ立ち尽くす首の無い兵士の身体の横を通り過ぎる。
少年はあくびを噛み殺し、眉の端をわずかに動かしながら、眼のふちに浮かんだ涙をぬぐう。
「ああ、憂鬱だなあ——また口汚く罵られるのかなぁ」
少年は燃え盛る街の大通り、その真ん中を悠々と闊歩しながら赤く焼けた夜空を見上げる。
遠くからも頬をチリチリと焼く業火の熱、沸き立ち喉を焼き穢す黒煙、そして彼方から響く老若男女の絶叫。もはや神などいない。地獄が具現したような惨状だ。そんなひどい環境に居ながら、少年にはそれが遥か遠くの絵図の中の出来事であるかのようで、この惨状から遊離したような表情を浮かべていた。
「そこまでだ——この化物めッ!!」
響く野太い声に少年は天を仰いだ視線を戻す。気づけば彼の周りを重厚なフルプレートの鎧を着込んだ騎士達が剣や槍を構えて取り囲んでいる。さらに彼らの後ろには黒いローブを纏った魔術師たちが杖の先を少年に据えるように握りしめていた。
指揮者の号令がかかれば騎士達が斬りかかり、魔術師達が致死の魔術を一挙に四方八方から叩き込むということか。少年はそんな絶体絶命の状況下にありながら、薄ら笑いを浮かべて見せた。そんな彼の顔に、騎士たちはわずかに身じろぐ。
「お前は——一体、何が目的なんだ!!」
特に派手な鎧を身に纏った一人の騎士が叫ぶ。きっと彼がこの一団の指揮官なのだろう。少年は、とろんとした表情で目を細めながら、口の端を更に吊り上げた。
「目的? そうだなぁ……」
少年は生殺与奪を握られているような状況にありながら、悠長に口元に手を当てて少し考え込む。そして、「ああ」と声を上げると思い出したように手を叩き、答える。
「そう、この国の王様には先日『贈り物』をいただいたからね。その返礼に参った次第、とでも言えば納得いただけるかな?」
わざとらしく、首をかしげてきまり悪そうに笑って見せる少年。一見すれば年齢相応の振る舞いにも見えなくもない。だが、この地獄に在ってはその少年らしさは、いっとう不気味に見えるものだ。
習作のようなものではありますが、お楽しみ頂ければ幸いです