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01 スピナスと情報屋ラット



ーーそれは天使討伐から3か月後の話。



 マルケニア 賭博場


 賭博の町によった五葉たちは、なんやかんや色々あった後、賭博場を訪れている。


 五葉は、うーんとここまでの成り行きを思い出し、同行者である私に話しかける。


五葉「ラットさん、本当にこの町にいるんです? 例の人?」


 私の名前はラットラビット。


 情報屋の人間だ。


 表社会で堂々と歩けない用な人間を相手にしながら商売している。


 そんな私が彼等と出会ったのは、数か月前。


 五葉のファンクラブシステムを介して、彼女達の助力をしていた。


 大罪人相手に商売をするのは特に珍しい事ではなかったため、注目などしていなかったが。


 まさか彼等が天使を討つとは思いもしなかった。


 世界はいま、混乱の中にある。


 これまで信じていた常識がひっくり返り、人々は感情の整理に忙しい。


 私は他の人達ほど天使を崇拝していなかったため、特に思う事はないが、天使の言葉を聞いて生きてきた人間にとって、衝撃は大きいだろう。


 こんな職業をしていると、世界の変容を目にする機会が多くて、時折り眩暈がしそうだ。


 いくら、他人の状況や世界の事などに注目しているわけでもなく、ただ明日の食い扶持を稼ぐことと身内のことだけを考えて生きてきた私でもーー。


 それはともかく、私はいま五葉たちに頼み事をしている。


 彼らは天使を討つ前に、私の情報網を何度か利用しているが、持ち合わせのお金がなかった事も多かった。


 そのため、情報量がツケだった時もある。


 英雄であろうがなんであろうが、お金はもらいたい所だが、正式に請求する前にこちらが困った事になった。


 そのため、ツケを払う代わりに、こちらの問題解決に協力してもらう事を提案したのだ。






 賭博場への入り口を見つめる私に、ウォルドさんが話しかけてきた。


ウォルド「なあ、賭博場に入りびたるような人間、ろくでもない奴しか思いつかねーんだが、本当にここにあんたの連れがいるのか?」

ラット「もちろんです」


 私は彼に大きく頷いた。


 私の探し人は私の姉だ。


 ブレットファンという名前のおっとりとした女性である。


 しかしかなりの豪運で、賭け事をしたら負けなし。

 普通にしていれば生活には困らない。


 それだけを見れば裏稼業の世界に足をつっこむ事はなさそうだが、こちらに問題がなくても他者が目をつけてしまう。


 世の中には、善人ばかりではないのだから。


 結果、姉に近づこうとする人間が悪だくみする事が多かったため、裏社会で生きる事をよぎなくされてしまった。


ラット「攫われた姉がいるなら、おそらくここだと思います。失踪当時の状況を調査したところ、顔見知りの犯行としか思えなかったので」


 姉が拉致された後、こちらも独自の情報網を使って、足跡をたどった。


 この場所に続く直前に途切れてしまったが、それだけの情報があれば、十分だろう。


ラット「どうか姉をお願いできませんか? 見つけたら私に連絡を。こちらはもう少し情報を探ってみます。犯人に制裁を加えるために」


 彼らの性格はそこそこ分かっている。


 天使を討って、世界を変えた人間だ。


 生半可な覚悟で成し遂げられることではない。


 五葉たちならいい加減なことはしないだろうと信頼し、姉の事を任せる。


 五葉は予想通り胸を叩いて「まかせんさい!」とよく分からない言葉で了承した。







 賭博場の建物の中に彼らの姿が消えていったのを見送り、私は路地裏へ。


 そこで待機していた同業者の男に、情報を聞き出す。


 四つ葉のクローバーを探すのが趣味だという奇特な男性だ。

 別の世界からやってきたとかいう、おかしなホラばかり吹いている人間である。


 ちょっと個性的な五葉ですら、そんなおかしな事は言わない


男性「ラビットさんよ。あんたのお姉さんだが、ちょっとやっかいな状況にいるかもしれねぇ」

ラット「それは、どういう事ですか?」

男性「この賭博場、入った人間と出てくる人間の数が合わねぇんだよ」

ラット「それは…」


 彼が口にした事柄は、裏社会ではよくある事だった。


 何か建物の中でなんらかの事が起きて、人間が消えたり死んだりして、数が合わないという事はーー。


 そんな事はありふれた日常なので、普段ならいちいち感情を動かさないが、対象が身内となれば話は違う。


ラット「何が起こっているのか、分かりますか?」

男性「いや、さっぱりだ。ただ、裏で手を引いている奴の目星はついてる」


 男が口にしたのは、この辺りでは有名な貴族だ。


 エルフに迫害を加えていた男性で、労働力として使いつぶしているらしい。


ラット「ガナリア・ガナルゼ。法の目をかいくぐって、他の金持ちから賭博でお金を巻き上げている男……ですか」


 どうしてそんな人間が姉の失踪に関わっているのか。


 黙っていても、彼の懐には金が入るはずだ。


 賭博場の利用者が姉をさらったというのなら、納得がいったのだが……。


ラット「もう少し調査する必要がありそうですね。助け出した後も、粘着されてはかないませんから」


 私は賭博場の建物がある方をみて、五葉たちの成功を祈った。







 賭博場の中に入った五葉たちは、適当にその辺を歩いていた。


 しかし、ラットから聞かされていた姉の姿は見つからない。


五葉「いませんねー。どうします? ウォルド様」

ウォルド「いったん戻って、対策を立てるしかねーだろうな。金持ち連中相手に加えて賭博場ときたもんだ。行き当たりばったりじゃうまくいかねーだろ」

五葉「ですよねー。分かりました。じゃあ、とっととおさらばしましょうかっ」


 目的の人物が見つからなかったため、その場から去ろうとする五葉。


 すると、五葉は近くを歩いていた貴族の話が気になった。


意味深な事を言う太った貴族「お金を寄付すれば願いをかなえてくれるそうだ。こんな世の中だからな、かなり集まっているらしいぞ」

ふむふむ系の細身の貴族「それ、本当か? 神様でもないのに、なんでそんな事ができるんだよ」

意味深な事を言う太った貴族「さあ。でも今立場を悪くしてる連中は、そういうのに縋りたくなるだろうな」


 五葉はウォルドの脇腹をつつきながら、意見を尋ねる。


 権謀術数や腹の探り合いに得意ではない五葉でも、その話がきな臭い事くらいは判断できたのだ。


五葉「どう思いますーう? これ、なんだか怪しくありません?」

ウォルド「だな。失踪に関わっているかは知らねーけど、気に掛けておいた方がよさそうだ」


 ラットの姉を見つけられなかった五葉たちは、賭博場で何かをする事なくさっさと建物の外に出ていった。







 それから数十分後。


 五葉たちが戻ってきたのを受け、近くの宿屋で集まり、話し合いをする。


 五葉達は、ルーチェさんという方の力を借りるために連絡を入れた後、私達は拠点に移動する事を決めた。


 五葉達が得た情報を考えると姉は、ガナルドが願いをかなえるための道具として、攫われたのだろう。


 ガナルドは、エルフを私欲のために使いつぶしていましたから、新しい世界を歓迎していないのは当然。


 スピナスという願いをかなえるあやしげな組織にのめりこんだようだ。


 目的が定まった私は、さらに彼の身辺を調査した。


 すると、アズリーレという男が護衛についている事が判明した。


五葉「うええ、アズリーレぇ?」

ウォルド「またあのおっさんか。しばらく見ないと思ったら」

ラット「お知り合いですか?」

五葉「お知り合いにはなりたくないただの他人です」

ウォルド「ああ、顔を知ってるだけのほぼ他人だ」


 五葉たちには何か縁があるようだったが、良い者ではないらしい。


 できるだけ関わり合いになりたくないと言っていたし、顔に書いてあった。


 しかしこちらが避けたくても、衝突は避けられないだろう。


 アズリーレという男にも、何やら叶えたい願いがあるようだからだ。





 鋼の谷


 数日後。


 私達は、鋼の谷を訪れていた。


 かたい鉱石でできたこの谷は、資源の宝庫であるはずなのだが、採掘する方法がないためそのままにされている。


ウォルド「スピナスっていうのは、最近有名になった組織なのか?」


 移動中ウォルドが私に向かって尋ねる。


ラット「そうですよ。五葉さんたちが天使を討ったあと、急速に人員を増やしています」


 ウォルドは呆れいるようだ。


 五葉は興味がないらしく、道端にある石ころを蹴っている。


 彼女はいつもこうなので、私はとくに気にしなかった。


 ある程度進んだところで、ルーチェさんの部隊と合流した。


 初対面である私は挨拶をかわす。


 ルーチェさんは、以前からスピナスの調査をしていたらしい。


 私達の話を、良い機会だととらえ、積極的に力を貸してくれるという。


 ルーチェさんはウォルドや五葉と知り合いだったようだ。


ルーチェ「お前たちはよく騒動に巻き込まれるな」

五葉「えへへ。嵐の目のような女だとよく言われます!」

ルーチェ「褒めてないからな」

ウォルド「こいつにまわりくどい話はしない方がいいぞ。時間の無駄だからな」


 彼らがどのように知り合ったのかは分からないが、法の人間とエルフが親しくしているのを見ると、新しい世界になって良かったと思う。








 スピナスは月に一度、この辺りで集会を行っている。


 彼らが信仰する神とやらに祈りをささげるのには、この場所がちょうど良いらしい。


 夕方の陽が沈む直前。


 私達は集会を行う彼らの姿を見た。


 今日はスピナスの幹部も来ているので、これを機にルーチェさんは一斉に捕縛したいのだろう。


 一緒に連れてきた部下の者達と最後まで綿密な打ち合わせをしていた。


 しかし、姉がまさかこんな所まで連れてこられているとは。


 事前に調べていた時から、それは分かっていた事だが。


 姉の豪運はよっぽと彼等にとって大切なものらしい。


ラット「自分にとって都合の良い世界か……」


 幼い頃、姉は自分の豪運について、あまり歓迎していないようだった。


ファン「持ち主と身近な人を不幸にする体質なんて欲しくなかったよ」


 欲しくもない能力を押し付けられた姉の苦労は、傍で見てきた私が一番わかっている。


 できればそんなやっかいなものは取り除いでやりたいが、だからといって怪しげな集団に手を貸す事などできない。


 ここで、壊滅してもらいたいところである。






 作戦の確認が終わった後、ルーチェさん達がきりこんでいった。


 その隙に、ウォルドと五葉が姉を助けに動く。


 もちろん私も彼らについていった。


ファン「ラットちゃん、どうしてここに?」

ラット「姉さんを助けに来たのよ。大丈夫? 乱暴されていない?」

ファン「大丈夫よ。ちょっと怖い思いをしただけで、手を上げられたりはしなかったもの」


 とりあえず目に見えるところに怪我はなかったので、私はほっとした。


 姉は無事だったが、アズリーレが邪魔をしてきたので戦闘になった。


 戦いでは、私も姉も五葉さんも役立たずだから、引っ込んでいるしかない。


ウォルド「まったく邪魔な時しか顔見ねぇな」

アズリーレ「はっ、それはこっちのセリフだ」

ウォルド「お前は何がしたくて、戦ってんだよ」

アズリーレ「それをテメェに教える義理があんのか?」

ウォルド「ねぇけど、気になるから聞いてるんだろ」


 二人とも器用だ。

 戦いに慣れた人は、会話しながら命のやり取りができるらしい。


五葉「ウォルド様ウォルド様、たぶんアズリーレは死んだ大切な人を生き返らせるために、ですですよ。説得は難しいと思います」

アズリーレ「あ? おいテメェ、何でそのことを」

ウォルド「よそ見すんじゃねぇよ。お前の相手は俺だろうが」


 彼らは私には分からないやりとりをしている。


 ウォルドは悪態をつきながらアズリーレと戦い、彼を追い詰めた。


 しかし、アズリーレは途中で撤退。


 その場から逃げてしまった。


 深追いする必要はないので、私達は姉と共に戦場を後にした。


 後はルーチェさん達がなんとかしてくれるだろう。







 戦闘がおさまったあと、姉からこれまでの事を聞いた。


 やはり想像した通りの事が起こっていたようだ。


 ガナルドのために資金集めに協力しなければならなかった姉は、犯罪に加担してしまった事を気に病んでいた。


 悪いのはすべてガナルドなので、姉が気に病む必要性などない。


 私は姉をなぐさめ、五葉たちにお礼を言った。


 これで貸し借りなしだが、これからも必要性があるなら彼女達の手助けはしたい。


 短い間だったが、行動を共にした彼らは、良い者達であった。


 情報屋と依頼主との関係がなければ友人になれていたかもしれない。


 これから世界がどんな変化を歴史に刻んでいくのか分からないが。


 何があっても私は、彼等の味方でいたいと思っている。



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