きっと幸せでありますように
フォルネウスイヴィルダーとの戦いのあった翌日、まだ優しい朝日は響の部屋の窓から入っている時間。
響は昨日の戦闘の疲れからか、八時を過ぎても布団の中で深い眠りに就きながら惰眠を貪っていた。
そんな響の布団の上に、黒いゴシックドレスを着たアスモデウスが響の腰の部分にのしかかる。しかし見た目以上に軽いアスモデウスが布団に乗った所で、響は起きもせず、うめき声も上げなかった。
「響起きないの? 人間に疎い私でも、この時間には起きることぐらいわかるわよ」
アスモデウスは響の体を揺らすが、響は全く反応せずに眠っていた。そんな響を見てアスモデウスは頭にきて更に強く体を揺らそうとするが、次の瞬間響は寝返りをうって横に寝転がる。
響が体を動かしたためにバランスを崩したアスモデウスは、そのまま響の胸元に倒れ込んでしまうのだった。
まるで抱かれるように響と密着してしまったアスモデウス。寝ぼけた響はアスモデウスを抱きしめるように両手を動かす。
「なにを……!?」
普段響は基本的に毎日風呂に入り下着を着替える人間である。しかしそれでも必ず汗はかくし、垢もできてしまう。
響の胸元に鼻をぶつけたアスモデウスは、響の汗の臭いを嗅いでしまって混乱する。響の臭いはアスモデウスの脳へと浸透していき、まるで侵されているようであった。
そんなアスモデウスの様子に気づかないまま、響は再び寝返りを打とうとするが、アスモデウスを抱きしめているために上手く動けなかった。
「ちょっとまて……動くな響!」
アスモデウスは静止の声を上げるが、響は全く起きもせずに体を動かし続ける。響が動くたびに股間の部分が、アスモデウスと擦り合うのだっった。
布越しとは言え体に当たる長く、固くて熱いものの感触に、頬が赤くなっていくアスモデウス。そのまま二人は密着し続けて十分以上経っていく。
「ん……熱いものが……動くたびに私の足に……擦れる……」
僅かだがアスモデウスの声からは艶のある声が漏れ出し始めるが、本人はそれに気づくことは無かった。
いくら時間が経っても響は目を覚まさず、アスモデウスをだきまくらのように抱きしめながら眠り続けていた。
響と密着し続けたアスモデウスの体は少しずつ体温が上がっていき、汗も若干だがかき始めていた。精神性では少女あるアスモデウスは、汗をかき始めたことに気づくと、響から離れようとするが一向に離れられなかった。
「くそ、力が強すぎて離れられない……キマリス! レライエ! 見ているんだろ助けろ!」
アスモデウスはキマリス達に助けを求めるが、彼女の声は響の部屋に虚しく響き渡るだけだった。
キマリスとレライエは焦るアスモデウスの姿を楽しみながら、実体化をせずにいた。
「兄貴ー起きてる?」
アスモデウスが響から離れようと四苦八苦していると、扉の向こう側から琴乃の声が聞こえてくる。一向に起きてこない兄を心配して起こしに来たのだ。
――まずい。この姿を琴乃に見られたらアスモデウスの王としての威厳は壊れてしまう。そう思ったアスモデウスは実体化を解こうとするが、次に瞬間に響に強く抱きしめられてしまう。
鼻を侵食する響の臭いを嗅いでしまったアスモデウスは、実体化ができなかった。そして部屋の扉が開いて、琴乃が響の部屋に入ってくる。
「兄貴まだ寝てるの……て」
部屋に入った琴乃が見たのは、見た目十三歳のまるで人形のように美しい少女を抱きしめる兄の姿であった。
琴乃は無言で机の上にあったプリントを何枚か集めて丸めると、響のベットに近づいていく。そして響の頭を丸めたプリントで思いっきり叩くのだった。
「起きろぉ! バカ兄貴!」
気持ちがいいぐらいに乾いた音が部屋に響き渡ると、響は眠そうに目を擦りながら起き上がる。しかし目の前にいるアスモデウスに気づくのは数十秒程時間が経ってからだった。
「何やってんの? アスモデウス……」
目の前にいる顔を真っ赤にしたアスモデウスを見た響は、理解が及ばない顔と舌っ足らずな口調で質問する。
そんな響の様子から、先程までの行為が意識のなかった事に気づいたアスモデウスは、一人で四苦八苦していたことや、密着していることに恥ずかしがっていた事を自覚する。
「あ……響のバカヤロー!」
大声で叫んだアスモデウスは響を突き飛ばすと、そのまま実体化を解くのだった。残された響と琴乃は訳が分からないといった顔をして、二人で首を傾げた。
「何だったの兄貴?」
「分からん……だが今度アスモデウスに謝るわ」
そのまま二人がリビングに行くと、すでに机には二人のマグカップが置かれていた。だが中のコーヒーはすでに冷め切っており、かなりの時間が経ったことがうかがえる。
響と琴乃は自分の席に座ると落ち着いた様子でマグカップを手に取り、一口コーヒーを口に含むのだった。
「で、兄貴って今日予定あるの?」
「ん……今の所ないかな。琴乃は?」
「ふふ、私も無い」
響の予定を聞いた琴乃は、同じだねと楽しそうに笑うと、再びコーヒーを口にする。まだ何も食べていなかった響は、食パンを取り出すとそのままかじりついた。
食パンを食べながら響は、今日はどのように過ごすかを考えていた。すると響のスマートフォンが振動する。
「兄貴出たら?」
何回も振動するために電話だと気づいた琴乃は、自分に構わず電話に出るように促した。
響は申し訳無さそうに悪いと、一言入れるとそのまま席を外して電話に出る。
「もしもし?」
『あ、先輩今大丈夫ですか?』
「ああ椿君、大丈夫だよ」
電話をかけてきたのは椿であった。それに気がついた琴乃は、響に見えない位置で面白くなさそうな表情をしていた。
『えっと……今日なんですが、買い物に付き合ってもらえませんか?』
「どこに行くんだい、ショッピングセンターは爆発事故を起こして工事中だし」
『大丈夫です、家具屋さんなので。模様替えをするために色々見たくて』
「OK、いつ行く?」
『今日は駄目ですか?』
「え、今日!?」
流石に当日と思わなかった響は琴乃の方に視線を向けると、琴乃はジェスチャーではよ行け、と響に合図するのだった。それを見た響は迷わずに椿の誘いを受けること決心した。
「わかった、じゃあ何時に待ち合わせしようか」
「じゃあ十一時に駅前で会いましょう!」
椿は響と出かけられることに興奮を抑えきれず、語気を強めてしまう。響はいきなりの大声に驚いてしまい、咄嗟にスマートフォンを遠ざけてしまうのだった。
そして通話が切れると響はスマートフォンを仕舞い、自分の席に戻ると食べかけの食パンを再び齧りだす。そんな響の様子を見て琴乃はつまらなそうな顔をする。
「兄貴、ちゃんとおめかしするよね?」
「え? 普段着でいいでしょ」
響のいい加減な答えを聞いた琴乃は席から立ち上がると、響の首を締め始める。さすがに本気で締め上げてはいなかったが、響にギブと言わせるぐらいに首を締める琴乃であった。
「はあ!? 女の子とのお出かけに普段着とかバカじゃないの! もうちょっとおめかしとかしてよ!」
「じゃあ何すればいいんだよ」
「えっと整髪料つけるとか? あと香水を振りかけるとか?」
響の質問を聞いた琴乃はしどろもどろになりながらも、精一杯頭に浮かんだおしゃれを言い出す。しかし琴乃もあまり化粧をしない方なので、あまりいいアドバイスではなかった。
響と琴乃はそのまま言い合いを十分以上続けた結果、どっちも化粧に疎いという結論に至るのだった。
そして約束の時間に余裕を持って着ける時間なると、着替えた響は家を出ようとする。出かける響を琴乃は笑いながら見送る。
「んじゃ兄貴帰ってきたら、デートの結果教えてね」
「デートじゃないんだから……行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
琴乃の笑顔を背に受けて、響は家を飛び出すのだった。