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悪意、無関心、野次馬

 バラムイヴィルダーとの戦闘があった日の翌日、響は眠そうな目をこすりながら、リビングに降りていく。

 リビングには誰もおらず、机にはまだ温かいのか、湯気が昇るコーヒーの入った響のマグカップが置いてあった。

 目やにの付いたまぶたをこすりながら響は、スマートフォンの画面を確認すると、琴乃からのメッセージを受信していた。


『兄貴今日用事あるから、先に行ってるね』


 短いメッセージの最後にゴメンと顔文字が書かれていた、それを見た響は微笑みながら席に座る。

 壁にかけられた時計を見ると、まだまだ登校までの時間には余裕があり、響はゆっくりとトースターの前に向かう。

 決められた命令を実行するように響は、食パンを取り出し、トースターに入れて、タイマーをセットする。

 席に戻った響はマグカップを手に取り、コーヒーを一口に含む。程よい苦味と暖かさが口の中に広がっていくのだった。


「ふぁーーーー」


 コーヒーを飲んだおかげか、響の意識は少し覚醒して、誰にも聞かれない大きなあくびを一つする。

 父も。母も、妹も居ない家のせいか、響はそのまま机にだらーんと突っ伏す。

 そのまま眠そうな顔をしながら響は時間を過ごしていくが、数分程するとオーブンがチーンと鳴る。

 食パンが焼き上がった音を聞いた響は、フラフラと立ち上がるとトースターから食パンを取り出す。

 皿の上に載せられた食パンは、炭化せずにこんがりと焼けた色になっていた。


「ふんふんふん」


 焼き上がった食パンの匂いを嗅ぎながら響は、鼻歌を歌いつつ冷蔵庫からジャムを取り出す。

 砂糖が少なめのジャムとスプーン、そして食パンを載せた皿を持って椅子に座る響。

 食パンにジャムを塗ろうとした瞬間、響のスマートフォンからバイブ音が鳴る。

 ジャムを塗るのを邪魔された響は、ムッとした表情でスマートフォンの画面を覗き込む。


『兄貴はよ来い、学校に』


 そう短い内容の書かれたメールが、琴乃から受信していた。

 しかし眠気に支配されていた響はメールを一瞥すると、そのままスマートフォンを机に置いてしまう。

 そしてそのまま食パンにジャムを塗るのを再開するのだった。

 塗り塗りと食パン一面にジャムを塗りたくると、響は一口食パンをかじる。


「んー美味し」


 響が食パンをかじるたびに、サクッサクッサクッという音が小気味よく響く。

 そのまま食パンを食べきり、コーヒーを楽しみつつ響が一服していると、再びスマートフォンからバイブ音が鳴る。

 スマートフォンの画面を見ると、琴乃からの電話であった。

 すぐに電話に出る響であったが、出迎えたのは琴乃の怒号であった。


「兄貴何で来ないの!!!」


「うぉ!?」


 耳元を襲う琴乃の怒号に、驚いてスマートフォンを落としそうになる響。

 慌てて持ち直してスマートフォンを耳に当てる。


「どうしたんだよ琴乃?」


「どうしたもこうしたもない! 兄貴学校が大変な事になってるのよ!」


「説明できないのか?」


「説明するには難しいから早く来て!」


 慌てた様子の琴乃を心配した響は、琴乃の指示に従って急いで学校へ向かう準備を始める。

 残ったコーヒーを一気飲みをしてマグカップを水につけて、すぐに制服に着替えるとかばんを手に取り洗面台に向かう。

 ひげを軽く剃った響は、旅行用の歯ブラシをかばんに詰め込むと玄関へ走り出す。


「いってきま~す!」


 返事は返ってこないが、それでもいつもの癖で行ってくると言う響。

 そしてタッタッタッと、上之宮学園に向かって急いで走り出すのだった。



 響達の家から上之宮学園までは十分とかからない距離である、ましてや響は走って行ったので五分程度で敷地内に入れた。

 下駄箱で靴を履き替える響を出迎えたのは、下駄箱前の掲示板にたむろする生徒たちだった。

 靴を履き替えた響が掲示板に向かうと、生徒たちの視線がチラチラと向けられる。

 視線にイラつく響であったが、その視線がまるで野次馬達が見る視線だとすぐに気づく。


(なんだ……見られている?)


 野次馬達が響を見る視線は、まるで物珍しいものを見たような視線だった。

 しかし響にはそのような視線を向けられる覚えはないし、やった記憶もない。

 野次馬達の人混みを抜けるようにして進んでいく響であったが、ついに掲示板の前にたどり着く。

 掲示板のに貼られていたのは、上之宮学園の新聞部の作成した校内新聞であった。


(なんだこれはぁ?)


 号外とでかでかと書き、見るものの視線を釘付けにする書き方。

 そして真下には「校内で刃傷沙汰!?」と大きく見出しが書かれていた。

 急いで新聞の内容に目を通し始める響。

 そこには昨日の夕刻に上之宮学園で傷害事件が発生した、から始まる新聞の内容であった。


(おいおい、昨日の夕方のことだぞ。それに新聞部らしき生徒は居なかったはず……)


 記事の内容には岩居隆一が下屋椿をストーキングしていたこと、違法な刃物を入手していたことや、そして刃物で加藤響に対して、傷害事件を起こしたことが書かれていた。

 さらには椿の前に立った響が岩居隆一に刺された場面の写真が、モノクロとは言え鮮明な画質で掲示されていた。

 しかしイヴィルダーについては、一切言及されていなかった。

 響が記事を見ている間も周囲の生徒達は、無責任な同情、無責任な興味といった視線を響に向ける。

 様々な視線に晒されている響は、居心地が悪くなったのか移動しようとするが、生徒達は避けようともしない。


(無理やり走り抜けてやろうか?)


 イラつく響と、響に視線を向ける野次馬達。


「はーい、どいてくんなーい」


 それに終焉を与えるものがいた。赤い髪をなびかせて現れたのは、機嫌が悪そうな琴乃であった。


「どいたどいた!」


 琴乃は響の手を掴むと、大声で叫びながら一目散に野次馬達を突っ切っていく。

 野次馬達も無理やり止めようとは思わなかったのか、蜘蛛の子を散らすように散っていく。


「遅いから大変なことになったじゃない、兄貴!」


 生徒の影が微塵もない廊下に響を引っ張った琴乃は、両手を腰に当てて響を叱る。

 流石に先程の事もあって響は、申し訳無さそうほほを指でかく。


「すまん琴乃……」


「まあいいけど、ところであの新聞ホント?」


「まあ刺されたとか、岩居隆一とかホントだな」


「なにそれクソ新聞部め」


 ことのが汚い言葉を使ったのをなだめようとする響であったが、琴乃は猫のようにフシャーと声をあげる。


「とりあえず兄貴、新聞のこともあるから気をつけてよね!」


「ああ、ありがとう琴乃」


「ふん、じゃあ教室行くから」


 響が感謝を伝えると、琴乃は頬を赤く染める。それを響に見られないように、琴乃は背中を向けると自分の教室に向かうのだった。

 琴乃が去っていくのを見届けた響は、自分の教室に向かう。



 教室に着いた響を出迎えたのは、青筋を立てながらもニコニコと笑っている達也であった。

 不気味に笑う達也の様子を見てか、クラスメイト達は達也の周囲から離れている。

 そんな様子の達也に近づきたくはなかった響だが、達也との席が近いので否応なく近づく。

 響の顔を見た達也は、響に向かって手を振りながら声をかける。


「よお、有名人」


「そう言うってことはあの新聞見たのか?」


「もちろん見たさ」


 達也は額に青筋を立てながらも、からかうように話しかける。

 そんな達也を見て響は、新聞部の号外について話題は出さないでおこうと心した。


「で、刺されたって本当か?」


(そっちから話し振ってくるのかー!)


 話に触れないで置こうと思っていた矢先に、達也の方から話題が飛んできて、響は顔を青ざめさせる。


「まあ本当だ」


「そうか……」


 周囲のクラスメイトには聞こえないように小さな声で返事をする響、それを聞いた達也は少し考えるようなそぶりを見せた。


「なあ、達也?」


「すまん、少し考えさせてくれ」


 そう言うと達也は、黒板に視線を向けるのだった。




 その後時間は過ぎていき、授業が始まっていく。

 授業中に響がノートに黒板の内容を写している時に、ふと響は自身に向けられている視線に気がつく。

 しかし響の席は一番後ろで窓際である、さらに視線が来ている方向は窓の方からであった。


(何だ?)


 ふと視線が気になった響は窓の方へ視線を向けると、そこには何羽ものツグミが響に向けて視線を向けていた。

 ただ見られているだけでは不審に思わなかったが、ツグミ達は視線をそらさずに響だけを見ていた。

 それを見た響は気色悪いと思いながらも、視線をノートの方に移すのだった。

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