Invisible figure
椿を送り届けた響は教室に戻ると、何ともなく自分の席に戻った。
席に戻った響を見た達也は、響に声をかけようとするがその瞬間に、昼休みの終了を告げるチャイムが学校に鳴り響く。
昼休みが終わったために仕方なく達也は自分の席に戻っていった、しかし響は達也の動きに気づいたのかスッスッとジェスチャーするのだった。
次の授業が終わって休み時間になると、達也は響の元にすぐに近寄ってきた。
「響、今いいか?」
「おう、何かわかったのか?」
「ああ、これを見てくれ」
そう言って達也が差し出されたのはスマートフォンであった。スマートフォンの画面には、昼休みに椿を見ていた男子生徒のデータが写されていた。
スマートフォンの画面には名前や学年、クラスの他に、生年月日に住所、選択科目、テストの点数など詳しい個人情報が写っていた。
「あの男子生徒の名前は岩居隆一高等部三年生だ。所属している部活はなく、差し当たった問題は起こしてはいない」
「あの達也、もしかして生徒会にある端末の学生名簿から引っ張ってきた?」
響はスマートフォンの画面に写されている情報の多さに冷や汗流しながら、小さな声で達也に質問をする。
生徒会には在学している全学生の詳細な個人情報がデータ化された端末があり、それを使えばこれほどまで詳しい情報を探し出す事ができる。
しかし全生徒の情報が集まっているために、名前も知らない一人の生徒のデータを見つけるのは至難の業である。
「当たり前だ、残っていた昼休み全部を使って、顔だけで高等部の生徒データを洗って見つけてきたんだ」
達也は腕を胸の前で組みながら、フンと鼻を鳴らす。そして「今度また何か奢れよ」と言うのだった。
そんな様子の達也を見て響は頬を指でかきながらも、「わかってるありがとな」と返す。
そしてすぐに休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴り、達也は自分の席に戻っていくのだった。
その日の全ての授業が終わり放課後になると、椿は響の教室に顔を出してきた。
椿の様子はあまり良さそうではなく、顔色も少々青かった。
そんな椿の様子を心配した響は、すぐに椿のもとに歩いていく。
「椿君大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「ごめんなさい先輩、今日も家に送ってもらっていいですか?」
「ああ、それぐらいなら何度でも付き合ってやるよ」
響は椿を勇気づけるようにそう言うと、椿の手を両手で握るのだった。
両手を握りしめられた椿は少し安心したような表情を見せると、「ありがとうございます……」と小さく呟くのだった。
響と椿の二人は仲良く並んで下校していた、時折響は周囲を見渡し岩居隆一が居ないかを確認する。
そのまま歩いていった二人であったが、椿の家まで後少しというところで、何者かが二人の前に躍り出る。
それは左右の肩に牛と羊の顔を持ち、中央の頭は人間の顔をした異形であった。
異形はまるで怒り狂った様子で、二人に襲いかかる。
「椿君逃げて!」
「は、はい!」
響は椿を後ろに下がらせて逃がそうとする、そして自分は前に出ると懐からキマリスのイヴィルキーを取り出す。
〈Demon Gurtel!〉
イヴィルキーを取り出すと同時に、響の腰にデモンギュルテルが装着される。
それを見た異形はすぐに響に向かって突進する。
響は突進をヒラリと横に避けて回避すると、キマリスのイヴィルキーを起動させてデモンギュルテルに装填する。
〈Kimaris!〉
「憑着」
〈Corruption!〉
起動音と共にデモンギュルテルの中央部が開き、中からケンタウルスの姿をした騎士が現れる。
騎士は一瞬でパーツ状に分解され、響の体に装着されていく。そして響はキマリスイヴィルダーに変身するのであった。
「ふん!」
響は異形の体を掴むと、そのまま椿から距離を取るように移動していく。
掴まれた異形も響から離れようと暴れるが、逃すまいと響は異形のみぞおちに向かって拳を連打する。
一発、二発、三発、と放たれる攻撃に後ろに退く異形、響は異形の股に片腕を突っ込み、そのまま肩まで持ち上げると、異形をひっくり返すように逆さまの体勢にして、背中から勢いよく地面に叩きつける。
ボディスラムを受けた異形は地面を転がっていくが、そのまま響から距離を取っていく。
『響、あいつの姿から察するに、あいつはバラム! 四十の軍団を従える王だ』
『ってことはあいつもイヴィルダーか、なら遠慮は無用だな!』
キマリスの助言を聞いた響は勢いよく走り出すと、立ち上がったバラムイヴィルダーに向かって、両足でドロップキックを放つ。
勢いよく放たれたドロップキックを受けてバラムイヴィルダーは、よろりと体勢を崩してしまう。
地面に着地した響は、そのまま手刀をバラムイヴィルダーに向かって叩き込むが、その攻撃は両手で防がれてしまう。
そのままバラムイヴィルダーに手刀を払われると、そのまま響に向かって殴りかかる。
「チィッ!」
向かってくる攻撃を響は両手で受け流していくが、ついには攻撃をくらい始める。
そして何発もの攻撃を食らっていく響は、素早いバックステップで後ろに下がると、腰をかがめてバラムイヴィルダーに向かってタックルを仕掛ける。
タックルを食らったバラムイヴィルダーは、そのまま勢いに負けて後ろに体勢を崩す。
そのまま響はバラムイヴィルダーの首を脇で挟み込み、腰を腕で掴むと、バラムイヴィルダーの体を肩まで持ち上げる。
「は、離せ~!」
「もちろんすぐに離してやるよ!」
響は後ろに倒れ込むような動きをしながら、バラムイヴィルダーの脳天を地面に叩きつける。
渾身のブレーンバスターを食らったバラムイヴィルダーは、頭を抱え込みながら地面を転げ回る。
地面に倒れているバラムイヴィルダーに向かって響は、頭に向かってローキックを繰り広げる。
「ふん!」
先程のブレーンバスターで致命傷を食らった脳天に、追い打ちを仕掛けるように放たれたローキックは、鋭くバラムイヴィルダーの脳天に直撃する。
倒れ込んでいるバラムイヴィルダーに向かって、響は続けざまに踏みつけをしようとするが、その攻撃は足を掴まれて不発となる。
「うおおお!」
雄叫びを上げながら響の足を持ち上げるバラムイヴィルダー、そして勢いよく響の体を壁に向かって放り投げる。
壁に叩きつけられる響であったが、すぐに立ち上がろうとする。しかし眼前には肩を前にして、突進してくるバラムイヴィルダーがいた。
すぐさま響はジャンプをすると、バラムイヴィルダーの突進を回避する。
バラムイヴィルダーから離れた場所に着地した響は、すぐにバラムイヴィルダーに向き合い構えを取る。
「ッチ一体何のようで襲って来やがる!?」
「何でだと? それはお前の胸に聞けば分かるだろう!」
響の質問を聞いてバラムイヴィルダーは、激昂するように地団駄を踏む。
そして響に向かって再度突進を仕掛ける。
走って突進してくるバラムイヴィルダーに対して響は、右腕を高く上げつつ少しだけ曲げる。そしてバラムイヴィルダーに向かって走り出すのだった。
「うおおおぉぉぉ!」
「はあああぁぁぁ!」
互いに近づいていく二人、しかし響は円で囲むようにバラムイヴィルダーの突進を回避して、バラムイヴィルダーの喉に向かって勢いよく腕を叩きつける。
ラリアットを食らったバラムイヴィルダーは、そのまま後ろに倒れて後頭部を打ち付ける。
後頭部を手で抑えながらも、悶え苦しむバラムイヴィルダーに対して響は、顔面を片手で掴み上げる。
アイアンクローを受けたバラムイヴィルダーの体は、徐々に浮いていき、ついに足が地面に付かなくなる高さまで持ち上げられる。
ギリギリギリとバラムイヴィルダーの頭からは、きしむ音が鳴り響き、バラムイヴィルダーは逃れようと響の腕を掴む。
「ヘル・エクスプレス!」
そう言うと響はバラムイヴィルダーの頭を、勢いよく地面に叩きつける。
バラムイヴィルダーが勢いよく叩きつけられたアスファルトは、衝撃でひび割れて陥没する。
叩きつけられたバラムイヴィルダーは立ち上がると、怯えた様子で響から逃げ出す。
「く、くそ覚えてろよ!」
そう言い出すとバラムイヴィルダーの体は、透明となりその場から消え去る。
消えたバラムイヴィルダーを見て響は、「待て!」と言いながらバラムイヴィルダーを追う。しかしバラムイヴィルダーの姿は影も形もなかった。
バラムイヴィルダーに逃げられたことを判断した響は、イヴィルキーをデモンギュルテルから取り出し変身を解除する。
「ちっ逃げられたか……」
『バラムには透明になる能力があるんだ、それを言わなかった僕が悪い。ゴメンね響』
『逃したものはしゃーない、次は逃さなければいい話だ』
そう言って響は、隠れている椿の元へ向かうのだった。
戦闘が終わったことを確認した椿は、物陰から顔を出す。
「先輩怪我は無いですか?」
「ん、大丈夫だよ」
それを聞いた椿は、安心したのかホッと一息つく。
そして響は椿の家に向かって、椿を送るのだった。
僅かな電灯の光が照らされている部屋、そこに一人の男が椅子に座っていた。
薄暗い部屋の壁には、大量の写真が所狭しと貼られており、部屋の持ち主の異様さを際立たせる。
貼られている写真は全て椿が写っているが、どの写真を見ても椿の視線はカメラに向いておらず、その写真が隠し撮りであることを窺わせる。
「くそくそくそ、何だよあいつはふざけやがって! 俺の椿ちゃんに近づきやがってよ!」
部屋の主である男は、怒りで苛立ちを隠せないでいた。
数分ほど罵詈雑言を言い続けていたが、落ち着いたのか机の引き出しからあるものをとり出す。
それはバラムの紋章が描かれたバラムのイヴィルキーと、ネット通販サイトのロゴが描かれたダンボールであった。
「フヒヒヒ……」
男はバラムのイヴィルキーとダンボールを見て、ニヤけながら気味悪く笑い続けるのだった。