嵐、海、水着
台風によって大雨と暴風が吹き荒れる夜、一人の異形が街の中を逃げ惑っていた。逃げている異形の姿は全身に魚の鱗のようなスケイルアーマーを纏い、人魚のような容姿であった。
異形は息を切らせながら追手がいないことを時々確認しつつ、人気のない夜の街を走り続ける。
そして氾濫寸前の川沿いまで走り抜けた異形は、走り疲れたのか川沿いに設置された柵に体を預けるのだった。
「ハァハァハァ」
呼吸を整える異形、追手が来ていないと判断したのか安心して大きく息を吐く。
しかしその安寧は突如として終わりを告げる、異形の足元にノコギリザメの頭部を模した剣が突き刺さる。
「くっ!」
異形は直ぐに剣が投擲された方向に向くと、そこには鮫の意匠を持つ異形フォルネウスイヴィルダーが立っていた。
「逃げ切れると思わないことですね。ウェパルイヴィルダーさん」
フォルネウスイヴィルダーは親しげに、しかし圧力をかけるような語調でウェパルイヴィルダー呼ばれた異形に声をかける。
「うるさい、いきなり襲っておいて何のつもりだ!」
まるで少女のような声をするウェパルイヴィルダーの言葉を聞いたフォルネウスイヴィルダーは、肩を落として「はぁ……」とため息をつくと地面に刺さった剣を拾い上げる。
「手加減したつもりでしたが、これ以上逃げるなら本気でいかないといけませんね」
そしてフォルネウスイヴィルダーはウェパルイヴィルダーに向かって近づくと、勢いよく剣を振りかざすのだった。
フォルネウスイヴィルダーが繰り出した最初の一撃は、ウェパルイヴィルダーのスケイルアーマーによって弾かれてキィンと、甲高い音が周囲に鳴り響くのだった。
フォルネウスイヴィルダーとウェパルイヴィルダー二人のみが聞いた甲高い音に続いて、連続して斬りつけるフォルネウスイヴィルダーの剣をウェパルイヴィルダーの外皮が弾いていく、そして続いて金属音も連続して響き渡るのであった。
「厄介ですねぇその鎧、ではこれならどうですか?」
フォルネウスイヴィルダーは剣を大きく引くと、勢いよくウェパルイヴィルダーの胸に突き出す。すると剣はウェパルイヴィルダーの鎧を貫通して、刀身の半分ほどが体に突き刺さる。
「あああぅぅぅ」
ウェパルイヴィルダーは苦しみながらも、急いで剣を体から抜くために即座に後ろに下がる。そして穴の空いた傷口を手で押さえるのであった。
剣がウェパルイヴィルダーの体を貫いた事を確認したフォルネウスイヴィルダーは、嬉しそうに刀身をコンコンと指で叩く。
「傷つけられないわけではないようですね」
異形のために分からないがフォルネウスイヴィルダーは、笑ったような口調で喋るのであった。
剣を振り上げて少しずつ歩いて近づいていくフォルネウスイヴィルダー、それを見てウェパルイヴィルダーは体を強張らせる。
「その傷でどこまで戦えますかね?」
刀身を軽く撫でてフォルネウスイヴィルダーは挑発するように笑う、そして走り出してウェパルイヴィルダーに斬りかかる。
ウェパルイヴィルダーも直ぐに反応しようとするが、胸の傷が傷んだのか一瞬動きが遅れてしまう。
フォルネウスイヴィルダーはその隙に、ウェパルイヴィルダーの装甲が薄い首の部分を斬りつける。
鋭い剣閃がウェパルイヴィルダーの首筋に襲いかかる、そしてウェパルイヴィルダーの皮膚を切り裂き、赤い鮮血が舞うのであった。
「ぐううう」
ウェパルイヴィルダーは切り裂かれた首元も手で覆うが、止血は出来ず血は雨とともに地面に流れていくのであった。
傷つけられた胸と首を守りながらも逃げる算段をするウェパルイヴィルダー、しかし逃げ場は見つからずジリジリと後ろに下がっていき、遂に背中が柵にぶつかる。
「逃げ場はない、さあ貴方のイヴィルキーを頂きましょうか」
「悪いけどそれの返事はNOよ!」
ウェパルイヴィルダーは勢いよく啖呵を切ると、柵を飛び越えて氾濫寸前の川にその身を投げ出すのであった。
直ぐにフォルネウスイヴィルダーは川に駆け寄ってウェパルイヴィルダーを探すが、既にその姿は無くあったのは勢いよく流れる川だけだった。
「逃げられましたか、まあいいでしょう追っ手はありますしね」
フォルネウスイヴィルダーはそう言うとその場を後にする、そして後には人っ子一人おらず川の流れる音と雨の音が響くのだった。
台風が去りカラッとした晴天となった翌日、響、達也、薫、椿の四人は上之宮学園の中庭で昼食を取っていた。
そして全員が昼食を食べ終わり雑談をしていると、椿が全員に聞こえるように話だした。
「あの皆さん今度の三連休の最終日に海に行きませんか?」
一番最初に反応したのは達也であった。達也は無表情ながらも持っていた水筒を力いっぱい握りしめていて、その手には血管が浮き出ていた。
「済まないが俺は、生徒会の用事があるから無理だ」
「まあまあ、達也さん落ち着いて椿さんにはそんな悪気は無いんですから」
とても残念そうな表情をする達也、そんな彼の機嫌を治そうとする薫であったが、効果は無かった。
そんな達也の様子を見て椿は、申し訳無さそうにするのであった。
「いやいや、椿君が悪いわけじゃないよ」
シュンとした表情の椿を慰める響、椿は「ごめんなさい」と達也に対して謝るのであった。
「ところで椿さんところで後は誰を誘うつもりなんですか? 僕は行けます」
「はい宮島先輩、桜木先生を誘ったのですが緊急の会議が入ったので無理と言われました。なので予定ではこの四人で行くつもりでした」
椿は残念そうに顔を曇らせて薫の質問に答える、回答を聞いた薫はストレートに「では今のところ三人で行く、ということですね」と言うのであった。
「なあ薫、水着はどうするんだ?」
「え、学校指定の水着で良くないですか?」
「いや海水浴に学校の水着は……」
響の質問を聞いてコテンと首をかしげる薫、それを見た響はいやいやと頭を悩ませるのであった。
上之宮学園の水泳の授業で使う水着は紺一色の水着である、一目見れば何処の学校か分かるように校章も付いている。
「今日ぐらいに水着を買いに行こう! 薫」
一緒に海に行くクラスメイトの水着が、学校指定の水着というのを嫌った響は、薫と一緒に買い物を誘うのであった。
響の誘いを聞いた薫は嬉しそうな表情をして、響の両手を掴んでブンブンと上下させる。
「はい、喜んで。僕クラスメイトとの買い物初めてなんですよ」
サングラスをしていても分かるような眩しい笑顔をする薫の顔を見た響は、「うっ」と眩しそうな表情をして予定を決めていくのであった。
その日の放課後、響と薫は上之宮学園に一番近いショピングセンターに来ていた。目的はもちろん海に行く時に使う水着を、購入するためであった。
水着が置いてあるコーナーに着いた二人であったが、並べられているいくつもの水着を見た薫は興味深そうに眺めるのであった。
「とりあえず薫、男性物の水着コーナーに移動しようぜ。ここは女性物ばっかだからな」
「そうですね、周りの人達からの視線が痛いですしね」
周囲の女性からの視線に耐えきれない響は、薫の手を取って男性物の水着が置いてあるコーナーに移動しようとする。薫もそれに同意して女性物の水着コーナーを後にするのであった。
男性物の水着コーナーに移動した響達は、各々自分に合いそうな水着を選び始めるのであった。
響は黒一色がメインで横に白のラインが入ったトランクスタイプの水着を選び、薫は白をメインの色として紫がアクセントされているホットパンツを選んだ。
二人はそのまま水着を片手に試着室へと入っていくのであった、響はすぐに試着が終わり薫が出てくるのを待つのだった。
響が試着室の外に出てすぐに、薫の入った試着室のカーテンが開かれる。響は薫が出てきたと思って視線を向けると、そこには上半身裸で水着を着た薫が立っていた。
「薫、遅かった……な!?」
驚いて変な声を出してしまう響、何故ならば薫の上半身は男とは思えないほどきめ細やかに色白で線が細く、またやせ細っているとは言えないほどに適度に肉が付いていて、響に「本当に男か?」と困惑させるほどの色気があった。
またホットパンツから覗く太ももや腰回りのくびれも男とは思えぬ美しさで、なんとも言えぬ色香を漂わせていた。
「なあ薫、それで海に行くんだよな?」
「ええ、そのつもりですけど」
「ちょっと待っていてくれ、今から薫に合いそうな上着探してくるから!」
上半身裸で薫を公衆に出してはマズイと思った響は、急いで海用のパーカーが置いてあるコーナーに走る。そして薫に合いそうなパーカーを探し始めるのであった。
(これはあの水着には合わない、これも駄目、これも微妙)
今この時響は恐らく人生で一番服のセンスを活用した瞬間であり、また人生で一番服を目に通した瞬間でもあった。
「これだぁ!」
響はいくつもあるパーカーから一着を選び出してそれを手に取る、そして響は頭の中でこのパーカーと薫が選んだ水着が合うことを確信すると急いで試着室に向かうのであった。
「薫! これを羽織ってみてくれ」
響は薫に一着のパーカーを手渡す、それは上半分が黒色で、下半分が白色のパーカーであった。
薫は受け取ったパーカーに袖を通す、そして響におかしなところがないか確認してもらうために一回転するのであった。
パーカーを着た薫は上半身がパーカーによって隠れたことで、先程よりも色気が抑えられていた。しかしきめ細やかな色白の足など、男を惑わすところはまだあった。
(これ以上は無理かな)
さすがにこれ以上肌の露出を隠してくれと言えなかった響は、グッと親指を立てて感想を伝えた。
それを見た薫は嬉しそうにニッコリと笑い、試着室のカーテンを閉めるのであった。
試着室を出た二人はレジで順番を待っていた、その最中に響は薫の持っていたパーカーを手に取る。
「あ、薫あのパーカーは俺が金払うよ」
「いいんですか?」
「俺が選んだからな」
二人はレジを済ませるとショピングセンターを後にした、そして二人は次の休みの海について楽しみだと笑うのであった。