愛と憎悪、無知という罪と知りすぎる罰
琴乃のスキンシップが激しくなって、数日が過ぎた。
その間に響は実の妹に心拍数を上げてしまうことに、自分を戒めながらも不安な日々が続いた。
(今日も琴乃のスキンシップ激しかったな……)
響はリビングでうなだれながら、今日の琴乃の様子について思い返していた。
様子のおかしい琴乃については、達也からも質問されたが響には何が原因か分からなかった。
「はぁ」
疲れた様子の響は、ため息をついてしまう。そうしているとリビングに琴乃が入ってくる。
琴乃は響に気付かれないように、ゆっくりと足音を消して響に近づくと後ろから抱きつく。
「あーにき、どうしたの?」
「うぉ!」
後ろから抱きつかれたことに驚く響であったが、直ぐに後ろを振り向く。
「なんか悩んでいたみたいだけど、大丈夫?」
「おう、大丈夫大丈夫」
悩んでいる理由は琴乃について、とは言い出せなかった響であった。
琴乃は心配そうに響を見つめるが、少しすると徐々に顔を近づけていく。
響は琴乃との距離が近くなったことで、顔を徐々に赤く染めていく。そんな様子の響を見て琴乃は、クスクスと妖艶に笑うのであった。
「兄貴~」
琴乃は猫なで声で響の体に頭を擦り付ける、柔らかい感触に響の心拍数は急上昇してしまう。
「好きだよ兄貴」
響の耳元で琴乃は誰にも聞こえないようにささやく、しかしそれは響に違和感を持たせるものだった。
琴乃は響の目の前で「好きだよ」と言う子ではなかった、その事実は響に勇気をもたせる。
「なあ琴乃、やっぱりお前様子がおかしいよ」
響の言葉を聞いた琴乃の表情は一変する、先程までの笑顔は消えて能面のような表情に変わる。
そしてハイライトの消えた目で琴乃は、響を見据えるのであった。
「なんで……兄貴はそんな事言うの? 私は兄貴のことが好きなのに」
「なんでって、俺たちは兄弟だしおかしいだろ」
「おかしくないよ、私は……」
言い争いを始める琴乃と響、兄に拒絶された琴乃は涙目になる。
琴乃はショックを受けたようにうつむくと、上着に手をかけてそのまま捲り始める。
「琴乃!?」
服を脱ぎ始めた琴乃を見て、響は顔を赤面させて見ないようにする。
しかしそれよりも琴乃の脱衣のほうが速く、彼女は上半身下着姿となる。
「ううう……え?」
見ないように目を隠していた響の視界に、あるものが目に入る。それは響にとって見慣れたもの、デモンギュルテルが琴乃の腰に装着されてあった。
「琴乃それは……」
「兄貴が私を否定するなら、動けなくしてでも一緒にいさせる!」
琴乃はイヴィルキーを取り出すと、起動させてデモンギュルテルに差し込む。
〈Flauros!〉
「憑着」
〈Corruption!〉
ベルトの中央部が開くと、中から炎をまとった豹が現れる。そのまま琴乃の周囲を歩くと、琴乃に向かって炎の塊となってジャンプをする。
炎に飲み込まれる琴乃、炎が消えた後に居たのは、炎のように赤い豹頭の怪人フラウロスイヴィルダーであった。
「琴乃!?」
『響、気をつけろ。あれは六十四番のフラウロス、炎を操る豹だ!』
『く!』
キマリスから何のイヴィルキーを使ったのか教わる響、家の中で火を使われたらマズイと思ったのか、リビングの窓を急いで開けに走る。
「こっちだ! 琴乃!」
響は琴乃に窓の方に視線を向けさせるように叫ぶ、琴乃は真っ直ぐに響の元へ走るのであった。
そのまま琴乃の突撃を受け止める響、二人は窓から飛び出しリビングから外に向かうのであった。
「熱い!」
炎のように熱をまとう琴乃へ接触している響は、熱さに弱音を吐く。しかしすぐさま距離を取り、琴乃を見据えるのであった。
〈Demon Gurtel!〉
響の腰にデモンギュルテルが生成される、それと同時に響はポケットからキマリスのイヴィルキーを取り出す。
「兄貴それは……」
兄も自分と同じ力を持っていることを初めて知った琴乃は、ショックを受けたかのように驚く。
琴乃の様子に気づかないまま響は、イヴィルキーを起動させてデモンギュルテルに差し込む。
〈Kimaris!〉
「憑着!」
〈Corruption!〉
響のデモンギュルテルの中央部が開き、中からケンタウルスの姿をした騎士が現れる。
騎士がポーズを決めると、一瞬でパーツ状に分解され響の体に装着されていく。そして響はキマリスイヴィルダーに変身するのであった。
相対する響と琴乃、響はキマリススラッシャーを生成して構えを取り、琴乃は両手の甲から五センチ程の爪を伸ばす。
独自の武器を持った二人はすぐには動かず、互いに間合いを取り相手の動きを見る。
「すううぅ、はあぁぁ!」
最初に動いたのは琴乃であった、息を大きく吸って吐くと、口から炎を吐き出す。
「っく」
強化されたイヴィルダーの体を焼き尽くす程の熱を前に、響はキマリススラッシャーを盾のようにして防ぐ。しかし全身を守るようなものではないために、体の端々が焦げていく。
響はキマリススラッシャーで炎を縦一文字に切り裂く、そして琴乃に向かって走り出すのであった。
「はあああ!」
キマリススラッシャーを振りかざし近づいてくる響に対して、琴乃は片手の爪でキマリススラッシャーを受け止める。
攻撃を受け止められた響は、直ぐにキマリススラッシャーを引き横に振る。しかし琴乃は爪でキマリススラッシャーを絡め取ると、足でキマリススラッシャーを蹴り上げるのであった。
「なに!?」
あまりの事態に驚く響、そんな響の体を琴乃の爪が襲うのであった。響の胸に突き刺さる五本の爪、それは深々と響の体を貫通し根本まで入っていく。
「があああ!」
体を襲う痛みのあまり叫ぶ響、そんな兄を前に琴乃は笑っていた。
「兄貴はずっと前からこの事を知ってたんだ、なのに私には何も言ってくれなかったんだね」
琴乃は響の体から爪を抜こうとする、しかし爪は響の体の筋肉が締めつけて抜けなかった。
「なに?」
爪が抜けないことに顔を傾げる琴乃、そこに響は琴乃の腕を掴むのであった。
「そりゃ言えねえよこんな危ないこと、大事な妹によお」
琴乃は「大事な妹」と聞いて一瞬動揺する、その瞬間に響は空いた片腕で琴乃を殴る。
「俺は大切な家族を守りたくて戦っていたんだ!」
響は悲痛な声を上げて琴乃を殴る、異形の下の素顔では涙を流していた。
「それなのに俺は、妹が苦しんでいるのにも気づけなかった!」
響は悲しみながらも、妹を止めるために殴り続ける。それしか無いと言わんばかりに。
しかし響の攻撃をくらっていた琴乃は、遂に響の一撃を拳で受け止める。
「琴乃!」
「そんなに苦しいのなら妾が開放してやろうか?」
琴乃の口から琴乃の声とは違う、女の声が発せられる。すぐに琴乃ではないと判断する響、フラウロスイヴィルダーは爪を折ると距離を取るのであった。
フラウロスイヴィルダーは妖艶な動きをすると、新たなイヴィルキーを取り出し起動させる。
〈Sitri!〉
そして起動させたイヴィルキーを、デモンギュルテルに差し込むのであった。
「憑着」
〈Corruption!〉
デモンギュルテルの中央部が一度閉まり、再度開かれる。そこから出てきたのは、グリフォンの翼を持った四足の豹であった。
豹は響へ威嚇をすると、すぐにフラウロスイヴィルダーに吸収される。そしてその姿は翼の生えた豹頭の怪人、シトリーイヴィルダーへ変貌した。
「お前、誰だ!」
シトリーイヴィルダーに変身した琴乃を睨みつけ、響は強い口調で問いただす。
「妾か? 妾の名はシトリー。六十の軍団を支配する大いなる君主よ」
『響! 君の妹はシトリーの権能で、感情を煽られたのかもしれない』
『何!?』
『かもしれないだけど、シトリーの権能は欲情。妹の家族愛を異性愛に変えることぐらい容易いはず!』
キマリスの推理を聞いて、怒りをあらわにする響。
事実キマリスの推測は殆ど当たっていた、琴乃はシトリーによって家族である兄への愛を、男である異性愛に変えられたのだ。さらにフラウロスによって、情欲に火を付けられたのだ。
『とりあえず一旦倒せば琴乃は開放されるよな?』
『ああ、きっとね』
キマリスの返事を聞いて響は、落ち着いて冷静になっていく。そして地面に落ちているキマリススラッシャーを拾うと、シトリーイヴィルダーに切っ先を向けるのであった。
「お前をぶん殴って、琴乃を返してもらう!」
「できるかな?」
「できるさ、違うやるんだよ!」
シトリーイヴィルダーの挑発に、響は不敵に笑うのであった。そして走り出すと、シトリーイヴィルダーへと距離を詰め斬りかかる。
響の攻撃をシトリーイヴィルダーは回避するが、一歩前に出た響によって胸元にキマリススラッシャーが突き刺さる。
「ぐぅ~、いいのか大事な妹の体なんだろう?」
「なら誠心誠意謝るさ」
嘲るように笑うシトリーイヴィルダーの言葉に、どこ吹く風と聞き流す響。そのままキマリススラッシャーを手放すと、そのままキマリススラッシャーを目掛けて飛び蹴りを放つ。
さらに深くキマリススラッシャーの刀身が体にめり込み、そして蹴りの衝撃で地面に倒れ込むシトリーイヴィルダーであった。
「悪いが手加減する気はないぜ、シトリー!」
響は右手の親指上げて、そのまま下に向けるジェスチャーをシトリーイヴィルダーにするのであった。