都市を蝕む病
道路と建物に夕日が差し込む時刻、響は珍しく一人で家に帰宅している途中であった。
帰り道の途中にある路地裏への通路を横切った瞬間、何かを殴った音と複数の笑い声が響の耳に届くのであった。
(さすがに見逃すのは気分悪いな)
どうしようか一瞬悩む響であったが、ゆっくりと路地裏に足を進めるのであった。
「ははは、どうしたおっさん!」
路地裏に入った響が見たのは、三人の男に暴行を受けている男性の姿だった。
(なんかおかしくない?)
響が一目見て違和感を感じた。その違和感は、暴行している男の左腕に手錠がかけられていたり、タンクトップを着た男の肩は、肩が大きな赤い腫れが出来ていた。
響が観察している内に三人目の男が鉄パイプを持ち出し、男性を思いっきり殴ろうとする。
「いやそれは駄目でしょ!」
それを見た響は、静止の声をあげて全力で現場に走っていくのであった。
「ああ? なんだお前」
乱入してきた響を見た三人目の男は、問答無用で響に対して鉄パイプで殴りかかる。
響は後ろに下がって攻撃を回避するが、それを見た残りの男たちは響にターゲットを移し替える。
「キエエエエエエエ!」
まず鉄パイプを持った男が奇声を上げながら武器を叩きつけてくるが、響はそれを間合いを詰めながら回避する。そのまま互いが近づく勢いを利用して、男の顎に回し蹴りを叩き込むのであった。
「レッグラリアート!」
蹴られた男は勢いよく吹き飛び、路地裏にあったゴミ箱に頭から突っ込んでいった。
仲間がやられたのを見て、残りの男たちは殺気立つ。
「イヤァァァ!」
次に手錠をかけた男が叫びながら、響に殴りかかってくる。響は攻撃を回避するが、男は続けて殴り続けていく。一撃、二撃、三撃と攻撃は続いていくが、回避に集中している響には当たらない。
「死ねえ!」
しかし男の攻撃が大振りになった瞬間、響は拳を両手で受け流して回避する。そのまま腕をひねって後ろを取ると、大きくジャンプをして男の後頭部に膝を当てて、全体重を乗せるのであった。
「カーフブランディング!」
全体重を乗せた一撃をくらった男は、そのまま勢いよく地面に頭をぶつけてノックダウンする。
男が動かない事を確認した響は、残った男へ視線を向ける。しかし顔を動かした響の視界に映ったのは、肩が腫れた男の拳だった。
「ぐううぅ」
顔面を殴られた響は、勢い地面を転がっていく。そんな隙を男は逃さず、そのまま踏みつけに行く。
勢いよく踏み降ろす足を見た響は、そのまま地面を転がって回避するが、立ち上がる時間が取れない。
そのまま逃げ続ける響であったが、遂に背に壁がぶつかってしまう。それを見た男はニヤリと笑うと蹴りを響に向けて放つのであった。
(今だ!)
蹴りを見た響は中腰になると、蹴りを受け止めてそのまま体を大きく内側に回転させる。その勢いで男の体はバランスを崩して、受け身も取れずに地面に倒れるのであった。
「ドラゴンスクリューってね」
三人を沈黙させた響は肩を回してストレッチをしながら、リンチされていた男性に目を向ける。しかし男性はまだ安心した表情ではなく、冷や汗をかいていた。
「気をつけろ! まだ動く!」
「え?」
慌てた様子の男性の声に従って後ろを向いた響を、勢いよく鉄パイプが襲いかかるのであった。
金属を叩きつけた音が路地裏に響くなか、響は頭にダメージを受けて足がフラフラになっていた。しかし殴られたという事実が響を苛つかせて、意識ははっきりとしていた。
「痛えなぁ!」
語尾を強く叫びながら響は後ろを向くと、そこには倒れていた三人が何事も無かったように立ていた。
しかし三人ともまるで様子がおかしい。手錠をかけた男は頭から血を流しているのに笑い続けていて、肩が腫れた男は片足は見当違いの方向を向いてるにも関わらず立っている。
そして三人目の男はゴミ箱に突っ込んだときに危険物の入ったゴミ箱に当たったのか、腕に釘が刺さっているのに平然としているのだ。
「おいおいホラーものかな?」
「こいつらは正気じゃない、おそらく薬で体のリミッターが外れているんだ」
「じゃあどうやって止めるんだ!」
膝を付いている男性と響は、状況の打破について言い合いを始めるが肝心の突破口がない。
そうしている内に手錠をかけた男が、殴りかかってくるのであった。
「っち、さっきより速い!」
男の攻撃は先程以上に速く、力も凄まじいものになっていた。そんな攻撃を響は回避に集中せざるを得なかった。
繰り出される攻撃を響は、前後左右にステップで回避していくが攻撃をする暇が一切ない。そのために男の攻撃に、少しずつ圧倒され始めていくのであった。
回避している中、チラリと他の二人は何をしているのか気になって視線を向ける。すると男性が二人の男の攻撃を回避していた。
そうしている内に響は壁際まで追い込まれしまう、それを見た手錠をかけた男は大きく振りかぶって殴りかかる。
大ぶりになった攻撃を見た響は、しめたと内心笑い一気に距離を詰める。攻撃を回避した響は、男の両腋に腕を差し込み腰を掴む。そしてそのまま勢いよく後ろにブリッジして、男を壁に向けて投げつける。
「フロント・スープレックス!」
壁に叩きつけられた男は、ダメージのためかすぐには立ち上がることは出来ずそのまま倒れていた。そのスキを突いて響は、男の片腕に付いていた手錠をもう片方の腕にかけた。
ガチャリと金属音がしたことを確認した響は、残り二人の男を対処するために視線を向けた。そこには肩を腫れた男は動かなくなって倒れていて、鉄パイプを持った男と男性が格闘している現場だった。
「カカカァ!」
奇声を上げながらも鉄パイプを振り回す男が、響に対して背を向けた瞬間、響は男に向かって走り出した。
そして鉄パイプを持った男の背中に、全力でドロップキックをしかけた。
「グェ」
ドロップキックを受けた男はカエルが潰れたような声を上げて、そのまま地面に頭からぶつけて転がっていた。
男が大の字で倒れている内に、男性は男の腕に手錠をかけた。そして響に頭を下げるのであった。
「君のおかげで助かった。礼を言わせてほしい」
「いえいえ、それよりも大丈夫でしたか?」
「ああ、ちょっと打撲はしたかもしれないがな」
男性は明るく笑うが、殴られた部分が痛むのかすぐに手で押さえるのだった。
痛みを耐える男性を見て響は、焦って駆け寄り心配する。
「大丈夫ですか?」
「ちょっと無理したかもしれないな、私はこうゆう者だ」
男性がジャケットの内ポケットから出したのは、小さな手帳程の大きさの革であった。それが開くとそこには、厚生労働省と麻薬取締官の文字が記載されていた。
「おまわりさん!?」
「ちょっと違うかな、でも似たようなものさ」
響は相手が警察と思い込んでしまい、先程の戦闘を咎められると思い焦ってしまう。しかし男性は少し笑いながら「暴力は駄目だよ」と、注意するのみだった。
「ところで、なんでリンチを受けていたか聞いたら駄目ですよね?」
「ははは……ちょっと教えられないな。でも君学生だろ、ならBlood Wineってのには手を出さないでくれよ」
男性は朗らかに笑うが、Blood Wineについて語るときだけは強い語尾で、明らかに否定して喋るのであった。
男性は響に名刺を渡すと、そのまま男性は倒れている三人を車に乗せてその場を去って行った。
翌日、響は教室で達也に昨日あったことをかい摘んで話した。
話を聞いた達也は、真剣な表情をすると響を教室の隅に連れて行く。そして小声で話し出すのであった。
「響、Blood Wineは最近出回っている薬物のことだ」
「マジ? ってことはあの人薬物絡みで捜査してたのかね……」
達也からBlood Wineについて聞いた響も、真剣な表情になり小声で話し始める。達也は「そうかもな」と同意するのであった。
「Blood Wineは近隣の県を中心に広がっている薬物で、老若男女に幅広く売られてるらしい」
「詳しいな達也」
「生徒会の方に注意喚起が届いていたんだよ、それで名前の由来はワインや血のように赤いからだそうだ」
「物騒だなー」
響の呟きを聞いて達也も、「全くだ」と同意するのであった。