謎の敵、暗躍する影
よく晴れた土曜日響は宿題を消化していたが、唐突に口が寂しくなったためにコンビニに向かった。
響が珍しく間食がしたいと思った罰なのか、彼がコンビニに入って数分後に目出し帽を被った男が入店する。そして店にいる全員に聞こえるように叫ぶのであった。
「おい! この店の有り金を全部出せ!」
一瞬で恐慌状態になる店内、コンビニ強盗は刃先の長い包丁を店員に突きつけると、「金を出せ!」と脅す。そしてそのまま近くに居た響に包丁を近づける。
(神様、俺は何か悪いことをしましたか?)
最近のイヴィルダーとの戦いのせいで、刃物よりも恐ろしいものを知っていた響は、全く動じずにいた。そんな響を見たコンビニ強盗は、怒り狂って響に包丁近づける。
「お前これを見ても怖くないのか!?」
「いや、もっと怖いものを知ってるし」
「ふざけんなよ、お前みたいなガキに舐められたらお終いなんだよ!」
冷静で恐怖のきの字も見せない響に対して、コンビニ強盗は更に脅しを続ける。人質となっている響を見て店内の客は、悲鳴を上げるが恐慌状態までにはなっていなかった。
思い通りに動かない客達に対して、コンビニ強盗は苛つき始める。そして彼はポケットに手を突っ込むのであった。
「ふざっけるなぁ!」
コンビニ強盗がポケットから取り出したのは、イヴィルキーであった。コンビニ強盗の腰にベルトが生成されると、イヴィルキーを起動させる。
〈Demon Gurtel!〉
〈Valefor!〉
「憑着!」
そしてベルトにイヴィルキーをセットするコンビニ強盗、彼の体はライオンのような強靭な体とたてがみ、そして爪を持ち、そしてロバの頭を持つウァレフォルイヴィルダーに変身した。
「きゃー!」
突如現れた怪物に店内の人間は、甲高い叫び声を上げる。ただ一人の例外を除いて。
(相手がコンビニ強盗かと思ったら、イヴィルダーに変身しました。普通展開が急すぎない?)
ウァレフォルイヴィルダーに最も近い男、響であった。全く動じない響を見て、ウァレフォルイヴィルダーは脅しをかける。
「なんだ! 俺が怖くないのか!」
しかしそれは失敗だった。響は無言でウァレフォルイヴィルダーに対して、両足で勢いよくドロップキックを放つ。
ドロップキックを受けたウァレフォルイヴィルダーは、そのままコンビニの窓を突き破って店の外に転がっていく。
「くそ、なんでうまくいかないんだ」
ウァレフォルイヴィルダーは悪態をつくと、そのまま逃げ出していく。化け物を蹴飛ばした場面を見て騒然とする店内を、響は後にしてイヴィルダーを追うのであった。
「逃さねえよ!」
響は人がいなくなった事を確認すると、キマリスのイヴィルキーを取り出す。
〈Demon Gurtel!〉
ベルトが響の腰に巻かれると同時に、イヴィルキーを起動させてベルトに挿入する。
〈Kimaris!〉
「憑着!」
〈Corruption!〉
キマリスイヴィルダーに変身した響は、逃げていくウァレフォルイヴィルダーを追っていく。そしてウァレフォルイヴィルダーが角を曲がった瞬間に、コンビニ強盗の悲鳴が轟くのであった。
「なんだ!?」
悲鳴を聞いて、より速く走ってその場に向かう響。
そこに居たのは倒れているコンビニ強盗と、まるでサメのような風貌をしたイヴィルダーであった。イヴィルダーの左手には、青色の体にそぐわない黒のガントレットを装備していた。
「おや、他にもイヴィルダーが釣れるとは幸運ですね」
イヴィルダーは響を見てそう呟くと、ノコギリザメの頭部を模した剣を手に生成する。
「悪いけどお宅は何者さ」
響はイヴィルダーに対して、警戒を解かずに質問する。
「ふふふ、そうですねあえて名乗るなら私は……」
謎のイヴィルダーは響に近づくと、そのまま剣で斬りつけようとする。
「貴方の敵ですよ」
警戒を解いていなかった響は、サイドステップで攻撃を回避すると、謎のイヴィルダーの懐に飛び込みストレートを叩き込む。
謎のイヴィルダーは響の攻撃を受けて少しだけふらつくが、すぐに体勢を立て直す。
「痛いじゃないですか」
「先にやってきたのはそっちだろ」
『響大丈夫かい?』
『おうキマリス、ところでアイツの正体は分かるか』
『アレだけ特徴的だからね、奴の名前はフォルネウス! 二十九の軍団を従える侯爵だ!』
キマリスと情報交換した響は、謎のイヴィルダーの正体がフォルネウスイヴィルダーだと知る。
そのまま響はフォルネウスイヴィルダーの首を掴むと、顔面に向けて膝蹴りを何度も叩き込む。
フォルネウスイヴィルダーも首の拘束を外そうと剣を振り回そうとするが、連続して放たれる膝蹴りによってうまく動けなかった。
「この、調子に乗る……」
「セイヤー!」
苛ついているフォルネウスイヴィルダーの言葉を、響は頭にハイキックを叩き込んで遮る。
蹴り飛ばされたフォルネウスイヴィルダーは響の連続攻撃のせいか、頭を抑えながらも響から距離を取る。
「貴様よくも」
「言ってろや、サメ野郎!」
響はフォルネウスイヴィルダーに向かって走って行く、そして大きくジャンプすると両足で首を挟んでいく。そして勢いよく後ろにバク宙するように回転して、フォルネウスイヴィルダーの頭を地面に叩きつける。
人呼んでフランケンシュタイナーと呼ばれる技をくらった、フォルネウスイヴィルダーは痛みに耐えながらも地面を転がっていく。
そのまま響との距離を取ったフォルネウスイヴィルダーは、ベルトのキーを一度押し込む。
〈Unique Arts!〉
ベルトから起動音が鳴り響くと共に、周囲から轟音が響き渡る。それと同時に地面から巨大な波が発生する。
「Shaaaak!」
大きな叫び声と共に地面から現れたのは、全長十五メートル程の巨大な鮫だった。
鮫は響に向かって噛みつこうと襲いかかるが、響には回避される。しかし鮫は地面に潜ると、まるで海を泳ぐように移動するのであった。
「鮫ぇ!」
突如として現れた鮫に驚く響であったが、すぐに調子を取り戻す。しかし目の前から飛び出してきた鮫に、響は丸呑みされるのであった。そして鮫は地面の下を悠々と泳ぐのであった。
「さて、少し待てばイヴィルキーを吐き出してくれるかな」
響が丸呑みされたことを確認したフォルネウスイヴィルダーは、イヴィルキーが出てくるまで待とうとする。
しかしその時フォルネウスイヴィルダーの耳に、僅かな音が聞こえた。
〈Slash Break!〉
「ん?」
音が聞こえると同時に鮫が苦しみ始め、地上へと飛び出し始める。そして地面の上で悶え苦しんでいき、仰向けになって腹を上に向ける。
すると鮫の腹の中から剣が出てきて、鮫を二枚卸にするのであった。
そこから出てきたのは、キマリススラッシャーを手にした響であった。響は親指を立てて、フォルネウスイヴィルダーにサムズアップする。
「アイル・ビー・バックってね」
「貴様ぁ!」
挑発されたことに気づいたフォルネウスイヴィルダーは、激昂すると響に向かって剣を振り下ろす。
ぶつかり合う二つの剣、しかしすぐにその拮抗はフォルネウスイヴィルダーによって瓦解する。
「ふん、はぁ!」
フォルネウスイヴィルダーの斬撃が響を襲い、響は衝撃で後ろにどんどん下がっていく。
そのスキを逃さないフォルネウスイヴィルダーは、距離を詰め響の腹部に向けて剣を突き出す。
「ぐううぅ」
ダメージに苦しむ響であったが、フォルネウスイヴィルダーの攻撃が大振りになった瞬間、一気に距離を詰める。
「うおおお!」
フォルネウスイヴィルダーとの距離がゼロになった響は、そのまましゃがみ込むと肩車をする。
「何!?」
響のセオリー外の行動を読めなかったフォルネウスイヴィルダーは、驚きを隠せなかった。
肩車した響はそのまま大きくジャンプすると、フォルネウスイヴィルダーの頭が下になるように体を後ろにそらす。
「くらえ!」
そのままフォルネウスイヴィルダーの首を地面に叩きつける響、叩きつけた後はすぐに距離を取るのであった。
「があああ」
叩きつけられたフォルネウスイヴィルダーは、二人分の体重が乗った致命的な一撃をくらって苦しんでいた。
「これで終わりだ!」
響はフォルネウスイヴィルダーがすぐに立ち上がらないのを見ると、間髪入れずにベルトのキーを二度押し込む。
〈Finish Arts!〉
ベルトから起動音が鳴り響くと共に、ベルトから響の右足にエネルギーが送り込まれていく。
フォルネウスイヴィルダーに向けて走り出す響、そして勢いをつけると大きくジャンプするのであった。
「ぐううう」
唸り声を上げながら立ち上がるフォルネウスイヴィルダーであったが、時既に遅し目の前には両足を突き出した響がいた。
響の必殺の一撃をくらったフォルネウスイヴィルダーは、そのまま凄まじい勢いで吹き飛び壁に激突する。
「ははは、驚きましたよ。こんなに実力のある野良のイヴィルダーがいるなんて」
フォルネウスイヴィルダーは立ち上がろうとするが、全身に蓄積されたダメージのせいか立ち上がることもままならない。
しかしフォルネウスイヴィルダーは懐から別のイヴィルキーを取り出すと、起動させて左手のガントレットに差し込む。
〈Buer!〉
〈Buer!Ability Arts!〉
ガントレットから起動音が鳴り響くと、フォルネウスイヴィルダーの背後にライオンの頭にヤギの足が五本生えた異形が現れる。
「なんだ!?」
『あれはブエル! 十番目の悪魔で五十の軍団を率いる総裁だ』
『別の悪魔を呼び出した!?』
ブエルはフォルネウスイヴィルダーの周囲を回る。するとフォルネウスイヴィルダーの体が発光していき、何事も無かったように立ち上がる。
「さっきまで立ち上がれなかったのに……」
「ふふふ、ブエルには治癒の力があるのですよ」
フォルネウスイヴィルダーは先程以上の速さで響に近づくと、勢いよく蹴りを叩き込む。
吹き飛ばされた響が見たのは、ウァレフォルのイヴィルキーを持ったフォルネウスイヴィルダーが去っていく姿であった。
フォルネウスイヴィルダーが去って数分後、変身を解除した響は地面に大きく大の字で寝転がっていた。
「手酷くやられたね、響」
そんな響の視界に実体化したキマリスが、顔を覗かせる。
「ああ、だが今度は勝ってみせる!」
「そんな僕の契約者に教えないといけないんだけど……」
響の横に座ると、珍しく淀んだ口調で喋るキマリス。そんな彼女の様子を怪訝な顔で響は見つめるのであった。
「あのイヴィルダーが持っていたガントレット、あれはこの時代で作られた物だ」
キマリスが告げた内容に、驚いた表情をする響。そんなリアクションを見たキマリスは少しだけ微笑む。
「僕の知っている限り、悪魔の力を実体化できるのはデモンドライバーと悪魔の権能で作った武器のみ。でもあいつはブエルの力をそれ以外で引き出していた」
「つまりイヴィルキーを活用できるツールを作成できる奴がいて、しかもそいつはイヴィルキーを最低三つ持っていることになる……」
「前途多難だね響」
キマリスは苦笑しながらも、響の耳元に顔を近づけると、「全部投げ出して僕と一緒に何処かに逃げちゃう?」と誘惑する。
しかし響は「ごめん」と、きっぱり誘惑を断るのであった。
響の答えを聞いてキマリスは、「やっぱり僕の契約者は最高だよ」と響に聞こえないように呟くのであった。