30 踊る〇ンポコリン
パイカウンターでパイ測をしてきた俺は、満ち足りた気分で宿屋の部屋にいた。
シヤとシヤママはいないようだ。
つまり、俺は今この部屋に一人でフリーダム。
何をしても良いし、何をしなくても良い。
俺こそがこの部屋のルールである。俺がこの部屋であるまであるかもしれない。
あっという間に全裸になった俺は、フルティンマグナムがぶるんぶるん揺れるのもお構いなしに、ダンスを踊っていた。
ムスコは激しい躍りに合わせてペチン!ペチン!と太腿を叩く。
まるで芸術と錯覚させるほどに堂々とした俺の全裸ダンスは、この部屋を狂気で満たしていく。
しかし、そんな自由な世界はいつまでも続くものではなかった。
わかっていたはずだ。そのリスクがあることは知っていたはずだ。しかし、壊れてしまったテンションは、わかっていたはずのことを意識させてはくれなくなる。
――ガチャッ
自由の園に唐突に聞こえる無粋な音。現実へと繋がるその扉が開かれ、シヤとシヤママが部屋に入ってきた。
――ペチンッ!
慣性の法則に従って、ムスコが最後の音を奏でる。
目が合う現実の住人と自由の民。
その混ざり合う視線に言葉はなくとも、それがどんな意味を含んでいるのかは察することができる。
完全に俺を変人だと思っている感じの目だ。よく知っている。俺はこの視線の意味をよく知っている。
なんでかって?それはもちろん、今までもさんざんその視線にさらされてきたからさ。
まあ俺にそんな視線は通用しないんだけどな。
「ちんちん!!」
この一言はこの瞬間には武器になる。
そう、俺は言葉だけで、シヤと、シヤママの行動を封じて見せた。
何せ、完全に固まってしまっている。部屋に入ったらフルチン野郎がわけのわからない踊りを踊っていて、第一声が「ちんちん!!」だからな。
まあ常識人なら思考が止まってしまうのも無理はないだろう。
しかし、ここは俺という変態がいる戦場。気を抜いていたらいつ下ネタが飛んでくるかなんてわからない場所だ。
いや、まあ今回気を抜いていたのは完全に俺なんだけどさ。
「あの……何をしているのですか……?」
最近では俺の奇行に慣れてしまったせいで、何でもないかのような対応しかしてこなかったシヤが、ゴミを見るような目で俺のことを見ている。
俺はシヤの想定を超えた奇行をしてしまったようだ。まったく、自分の才能が怖い。
「何をしていたと思う?」
きっとこんな質問は困るもの以外の何物でもないと思う。
若いですねと言ってみたら、何歳に見える?とか女性に聞かれてしまった時の答え難さ。
言った年齢が実年齢よりも高かった時は普通に失礼なことを言ってしまったような気持ちになってしまうし、かといって若すぎる年齢を言ってしまっても、それはそれでお世辞を言っていると思われてしまう可能性まである。つまり、誤差の少ない範囲で当てなければいけない悪魔の質問なのである。
答えはきっと、「1か月くらいですか?」と適当に答えて、「え!?赤ちゃんみたいな卵肌だからそのくらいかと思っちゃいました!」と最初からふざける前提で答えるのが良いだろう。保証はしない。
そして今俺は、そんな回答し難い質問をしている。自覚はあるが、今更この質問を取り下げるつもりはない。
「……」
静寂が支配する部屋の中で、1人の変態と2人の女性が突っ立ったまま会話もなく佇んでいる。
忍者ですら歩くのを躊躇するのではないかと思われるほどの静けさの中、誰も動こうともせず、口を動かそうとする者もまたいない。
真剣に質問に対する答えを考えている、ということはまずないだろう。ではこの静寂は何のためなのだろうか?決まっている。俺が変態だからだ。
へんたいという者は静寂に好かれる傾向にある。自然と、本当に自然と、周りからやかましい人間が減っていくのだ。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、俺の周りには変態しか残っていなかった。
俺は変態じゃないとうそぶく者もいたが、俺の周りにいる事それ自体が既に変態の所業なのである。
自覚症状のない変態は何をやらかすか分かったものではないので、本当に危険である。絶対に近づかない方が良いタイプだ。
「あの、正直、何をしていたかを真面目に答えるつもりもありませんし、何をしていたかを知りたいとも思いません。なので、できればその……それ以上近づかないでください」
本気の拒絶反応がきた。ドン引きである。完全に俺を歩く猥褻物として認定しているのだろう。
仕方ないか。すっぽんぽんで踊っていたのだから、最早踊る〇ンポコリンと言ってしまっても過言ではないだろう。
「すみませんでした。そういえばシヤママにこんなところを見られたのは初めてだったかもな」
「こんなところとはどこのことでしょうか?」
「え?」
シヤママがどこを見せてしまったことを詫びているのだと追い打ちをしてきた。
こんなところというのは別に部位を指していったわけではなく、こんな場面をという意味で言ったのだが……。
「こんなところとはどこのことでしょうか?」
あれ?これ答えないといけない感じのやつなのかな?「はい」を押さないと同じ言葉を繰り返し見ることになる感じのやつなのかな?
「ππとティンティン!」
まあ恥など生まれた時に母親の腹の中に忘れてきてしまった俺には答えられない質問ではない。
「ぱ……」
「ππとティンティン!!」
こんなにも堂々と答えるとは思っていなかったのだろう。シヤママが完全に停止した。
「ご主人様。私はご主人様が変態だと知っています。ですが、できればもう少し変態を抑えていただきたいと思うのです。もちろん、私のような奴隷の立場にある者が言って良いことではないというのは重々承知しているのですが、ご主人様がただ変態であるだけの方ではないというのは、流石にこれまでのワタシへの対応を見ていればわかります。ですので、どうか、どうか、変態をもう少し抑えていただけないでしょうか……?」
「シヤ、俺もシヤがそういうなら変態を抑えたいと思う。でもな、俺から変態を取ったら何が残るんだ?」
「ご主人様から変態を取っても、変態が残るのではないでしょうか?私には、ご主人様の変態が取り切れるとは思えません。とる側にも容量はあるものです」
「確かに……」
そうか。俺は変態を抑えたとしても、変態でなくなることは無いというのがシヤの俺に対する評価なのか。当たっているのではないだろうか。
「とりあえず、服を着てください。早くそのプラプラしてるものをしまってください」
あ、俺全裸だったわ。
俺はシヤの言葉に対して、ジャンプからの着地で息子が内腿にぶつかる音で返事をした。
――ぺチンッ!!