22 おかえりんこ
シヤ達と別れてからそんなに時間は経ってないけど、もう外でなんかしてようって気分でもないし、宿屋に向かうことにした。
もしかしたらまだ感動の再開が続いているかもしれないけど、その場合は、まあ何とかして時間をつぶそうかね。
とりあえず借りてる部屋まで戻ってきたけど、ドアを開けようと思って中から聞こえてくる会話に耳を傾けてしまった。
「シヤは、あの人のことが嫌い?」
「嫌いではないです。お母さまに会えたのもご主人様のおかげですし」
嫌われてはいないようで少しホッとする。
「じゃあ、嫌いなところがあるのかしら?」
「いつも変態なことをしてくる変態なんです」
「シヤ、あなたはあの人が変態だと言うけれど、本当にそうかしら?私にはそうは思えなかったの。私には恥ずかしがりやに見えたわ。……そうね、シヤがそういうことをされる時ってどんな時だった?」
あらやだ恥ずかしがり屋だなんて。そんなことありませんのよ。オホホホホ。
「いつも私がご主人様を心配したり、真剣な話をしようとしたりしたときにふざけたことをしてきます」
「それはどうしてか考えたことはある?」
「どうして……?ただご主人様が変態なだけなのでは?」
「まあ、そこは否定はできないわね」
否定してくださいシヤママ。俺は変態では……あ、変態か。
「でも、それだけならいつでも変なことされておかしくないはずなのに、どうしてシヤはこのタイミングでっていう印象を持っているのかしら?あの人が変態するのはシヤにだけなの?」
変態するって、なんか俺が第二形態になってるみたいだな。まあ普通の男なら変態するのかもしれないが、あいにくと俺は不能だ。
「いえ、ご主人様はいつも変態しています」
俺の息子を常時開放型みたいに言うのはやめなさい。
「だったらシヤにだっていつも変態しておかしくないのではないかしら?」
「それは……そうですけど……」
2人の中で俺がいつでも変態であることは確定事項となっているらしい。俺だってやるときはやる変態なんだけどな。
「ほら。だったら、どうしてシヤにはそのタイミングで変態をするのかしら?」
――バンッ!!
「ただいま〇こ!!」
俺の突然の乱入に完全に静まり返る部屋の中。まるで絵本の中の絵を1枚だけ切り出したかのように動かないその部屋に、変態的言動を伴ってパンイチで入ってきた俺がしっかりと描かれている。
動かない。何も動かない。お巡りさん俺です!と叫んでしまいたくなるような静寂に耐えていると、まるでまた新しい扉を開いてしまいそう感覚に襲われてしまう。
「大丈夫ですか?そのような恰好では風を引いてしまいますよ?」
シヤママは優しかった。こんな変態な俺に対しても優しかった。なんだろう、この心に温かくともるような微かな感情は。これが、もしかしてこれが……
「結婚してください」
「あら、ごめんなさい。私はこんな状況になったとしても、旦那様だけと決めていますから」
振られてしまった。シヤママに振られてしまった。なんと一途な人なのだろう。
そして突然変態的言動で入ってきた変態に冷ややかな目を向ける人物がいる。そう、ご紹介しよう。目の前で突然変態に求婚された母親を見ていた娘のシヤさんだ。
「ご主人様、お母さまに求婚するのはやめてください」
「え?じゃあシヤになら求婚してもいいの?」
「ごめんなさい、変態は無理です。ごめんなさい」
なんか2回謝られたんだけど。
「あ、そうだ、もう1部屋借りたから、シヤとシヤママは、今日はそっちで寝なよ。流石に3人じゃ狭いしね」
無理すればいけないこともないけど、まあ無理するほどのことでもないだろ。
とりあえずまたお金稼がないと金がなくなるのは早そうだ。
「とりあえず、お腹すいてない?ご飯食べに行こうよ。シヤママも一緒に」
「いいのですか?」
「いいんですよ、突然求婚してしまいましたからね。まあ振られてはしまいましたが、愛する女性には幸せになって欲しいですからね。まずは食欲を満たすという幸せを、俺に提供させてはくださいませんか?」
「あら、じゃあお願いしちゃおうかしら」
ふっ、決まったぜ。これは完ぺきに決まっただろう。
「ご主人様。とりあず服を着てください」
パンイチだったぜ。
***
娘を救ってくれた人の背中を見ながら、娘と並んで歩く。
少し前までは絶対にありえないと思っていたことが、今こうして実現している。
それがうれしいし、娘がとてもやさしい人に買われて良かったと心から思っている。
「シヤ、私にはやっぱり恥ずかしがり屋にしか見えないわ」
「そうでしょうか?」
シヤは「ただの変態にしか思えません」と言いながら怪訝そうな顔をしている。
当人と言うのはやっぱり気づきにくいものなのかしら?
「あの人はどうしてあのタイミングで入ってきたのかしら?」
「ちょうど帰ってきただけなのではないですか?」
「たぶん、ドアの前で聞いていたと思うわよ?そして、自分に都合の悪いと思ったタイミングで入ってきたのではないかしら?」
「都合の悪いタイミング、ですか?」
「そう。さっきも聞いたと思うけれど、どうしてシヤにはそういうことをされるタイミングがあるのかしら?」
シヤは私の言葉を受けて、考えている。
あ、何か思いついたみたい。
「私に、心配や真剣なことを話させたくないから、ですか?」
「そうね、そして、今考えていることが、あの人にとって都合が悪かったことなのでしょうね」
私には詳しいことはわからないけれど、きっとシヤに余計な心配などはさせたくないと思っていたのでしょうね。やり方はとても不器用だとは思うけれど、それでも娘を大切に考えてくれていることは伝わってくる。
「それに、今だってそうよ?」
シヤはまたわからなそうな顔をしている。
「私は奴隷から解放されたけど、これからどうしようか悩んでいたもの」
「そんなの私達と一緒にいればいいじゃないですか!」
この子は、自分の立場を理解して言っているのかしら?いえ、それだけあの人がこの子に遠慮させないようにしてきてくれたということなんでしょうね。
「シヤ、あなたはそんなことを言える立場なの?」
「え?」
「あなたは今、奴隷なのでしょう?私は、あなたのご主人様の奴隷ではないのだから、あなたのご主人様が私に食事を与える必要なんてないのよ?」
「あ……」
「変態変態と言っているけれど、そもそも奴隷の立場ならそういうことをされるのは当たり前ではないのかしら?文句を言えるような立場ではないと思うの」
「はい……」
「きっと変態的なことをして怒られるように仕向けて、そのお詫びとして色々してきてもらったのではないかしら?本来は怒ることこそが罰せられるべきであるのに」
「そう……ですね……。ですが、なぜお母さまはそこまでわかるのでしょうか?あって間もないのに」
「当たり前よ。大切な娘の近くにいる男性なのだから。よく見て知っておくべきことよ?奴隷のために親探しをしてくれるような人が、悪人であるとは最初から思っていなかったけれど」
「そういうものなのでしょうか?」
「そういうものなのよ。良い人で良かったわね」
「はい」
私は娘と一緒に歩く。今までそうできなかった時間を埋めるかのように。
私は娘を見ている。ずっと会いたいと思っていた娘を。
けれど娘は私を見ていない。その視線は前を歩くあの人に向かっていた。その瞳に、今までにはなかった感情を湛えているのが見て取れた。