14 旅ダち
準備を終わらせた翌日の早朝。俺とシヤは町の門に止まっている一台の馬車のところにいた。その馬車の周りには何人かの人が集まっている。
多分、馬車の持ち主と、馬車に乗る人物と、護衛だろう。冒険者ギルドで乗り合いの馬車を紹介してもらったので、乗ることにしている。
王都には他の村で仕入れた物を売りに来ており、帰りは荷物が少なくなるため、人を運んで収入を得ているそうだ。
今回俺たちは乗る側なのでお金も払っており、護衛としてついていくわけではない。
「あんたで最後だな。準備が良ければ乗ってくれ」
「わかった」
2人で馬車に乗り込むと、既に何人か乗っていた。俺たちも端の方にお邪魔する。
座ってしばらくすると、馬車が動き出した。以前王女様の護衛としてくっついていた時に乗った馬車よりも揺れるし、ケツが痛い。痔になりそうなくらいケツが痛い。
乗っている人の中には親子がいて、その子供が俺の方に近づいてきて「何か面白いことして」とか言ってくる。無茶ぶり甚だしいが、そこは俺、応える男。
「よし、良いか。ケツの呼吸でまずは外界に存在する空気を腸に取り込む。この時のポイントとしては、ケツ筋に力を入れないことだ。受け入れるのだ全てを、この世界を取り巻く空気を。今、君が吸っているのと同じ空気が、俺のケツに入っている」
「なんかきたねえ!!」
「決して汚くはない。確かに、この瞬間、俺の発したガスが少年の口に入っているかもしれないが、大丈夫だ、問題ない。俺の発したガスだからな」
「なんの問題も解決してねえ!!きたねえ!!」
「充填完了。ぅてええええええ!!」
――ブウウウウウウウウウウウウ!!
俺は思い切りはたかれた。子供の親にものすごい形相ではたかれた。本気のはたき方だった。容赦なんて欠片もない、ものすごいスイングだった。しかし、俺には通用しない。
通用しないことが、心に痛い。罰せられても罰せられたと感じられない俺を、誰か裁いてくれ。
でも子供大喜び。少年っていうのはこういうお下品なもの大好きな子は大好きだからね。
でもね、少年。真似をするのはその辺でやめておきなさい。君の親、もう手を握りしめてプルプルしてるからね。君は痛みに耐性がないんだからやめておきなさい。
いや注意すべき点はそこじゃないんだけどさ。
少年が泣いているところを見ていると、馬車が止まって外から話し声が聞こえてくる。
「おい!!持ち物全部置いて降伏しろ!!そうすりゃ命だけは見逃してやるかもしれねーぞ!?」
明らかに命も見逃してくれなさそうな感じのことを言ってるが、何なのだろうか。車窓から外を覗いてみると、盗賊です!と自己主張しているような集団がいた。盗賊ならこれで2度目だ。勘弁してほしい。
というか王都から村に行くときは比較的安全だと聞いていたはずなのだが、これである。盗賊も切羽詰まっているのだろうか?
まあ盗賊事情はどうでも良いのだ。それに、こちらには頼りになる護衛様がいらっしゃる。
やっておしまいなさい護衛さん。
「ぐあっ!!」
「ぎゃっ!!」
「ブモオッ!!」
護衛さんがやられてしまった。マジか。しかもなんか1人?1匹?変な悲鳴の奴混ざってたと思うんだけど。牛君かな?カエル君もいるのかな?
しかし、護衛はあと1人になってしまった。その1人も怪我をしていて、これ以上の戦闘は厳しそうだ。
護衛料をもらっているわけではないが、仕方ないかと思い出ていこうとした俺の横を、槍を持った男が通り過ぎていく。
「俺がやろう」
槍の男が馬車の外に出て手負いの護衛に話しかけた。
「他の護衛を手当てしてやると良い。あとは任せろ」
すごい、強者の風格がすごい。あいつは雰囲気からしてかなりでいると感じる。修行をする前では感じ取ることができなかったであろう何かを感じる。
「なんだぁ?てめえは?1人で俺たちとやろうってのか?ああ?」
盗賊は護衛が倒したものを含めて13人。残りはまだ7人いる。
「そのつもりだ、容赦はしない」
そう言うが早いか、男の持つ槍が閃く。次々と槍を操るその男は、時に横薙ぎに振り、時に突き出し、時に槍を半回転させ、相手のスキを作る。
そして的確に突いていく。突いて突いて突いて。的確に、そう、的確にティクビだけを突いていく。なんで?
「あああぉ!」
「んぽおお!」
「ぷぁふぉん!」
「いーぷし!!」
一瞬で4人のティクビが刈り取られた。4人の両ティクビ。計ハティクビが刈り取られた。
「あ……あいつはもしや……」
「知っているのかお頭殿!?」
「ああ、噂が本当だったとはな。間違いねえ、あれは"狂気の乳頭狩り"ニプラーだろうよ」
「あ、あいつが……?」
盗賊たちは恐れ慄いている。当然だろう。俺だって相手盗賊側だったら慄く。狙われてんのティクビだもん。今まさにティクビ刈り取られそうになってんだもん。恐怖でしかない。
それと同時に、ああ、俺が感じたのは強さとかそういうのではなくて、これだったのかと妙に納得した。
「ほう、俺の名前を知っているとはな。そうだ、俺が"狂気の乳頭狩り"ニプラーだ」
いや、それどや顔で宣言できる二つなじゃ無いと思うんだけど。狂気だし、狩ってんの乳頭だし。
「お前たちは既に俺の領域に入っている。逃げることはできん。この"絶対B地区"からはな」
前半かっこいい感じの名前なのかと思ったけど、絶対ティクビってすげえなおい。
「行くぞ。黒地区敏敏槍流奥義、頂天動地!!」
ニプラーの持つ黒い槍が無数に閃く。1撃1撃にとてつもない威力が込められているのが見ていてもわかる。
まるで黒いいくつもの線が盗賊達に向かっていると錯覚させるほどの速さで放たれたそれは、狙い違わず、的確に対象を刈り取る。速く、しかし1粒1粒丁寧に刈り取られていく様は、一種の芸術と言ってもいいのかもしれない。少なくとも俺にはそう見えた。完成された技だった。
ティクビを失った盗賊たちは、今は全員お縄についていた。幸いなことに、最初にやられていた護衛に関しても、手当てできたのが功を奏し、一命はとりとめている。
「すまない、助かった、それと、護衛の報酬はもちろんそちらに渡すつもりだ。だから……」
護衛の最後の1人がニプラーに礼を言っているが、続く言葉は言いにくいのか、何やら言いよどんでいる感じだ。
ニプラーは少し考えるしぐさをして、合点がいったように頷いた。
「……そうか。わかった。ならばここからの道中の護衛は俺が引き受けよう」
「……感謝する」
なるほど、金渡すから護衛代わってくれないかって話だったわけね。
まあニプラーならそうそう遅れをとることもなさそうだし、安心してケツの痛みに集中できそうだ。
俺はそんなことを考えながら、そっと、自分のティクビを隠すのだった。