11 染みるティクビ
シヤの親の件を冒険者ギルドに頼んだ翌日。俺は町で噂されている話を聞いていた。
なんでも、勇者が魔将を倒したということらしい。
町の皆は勇者のその偉業をたたえ、興奮したようにそれを話している。やれ勇者様はすごいとか、やれ勇者様は強いとか。
俺も他人事のように(へー、勇者も魔将倒してたんだなー)とか軽く考えていたのだが、勇者の倒したという魔将の名前を聞いてその考えが一変した。
「勇者様が倒したのはなんて魔将なんだい?」
「それがよ、マダナイって魔将らしいんだ。かなりの強敵だったらしく、勇者様もてこずったと言っていた」
マダナイ。正直思い出したくないその名前が、耳に入ってくる。
しかし、勇者とマダナイが戦った?どういうことだろうか?マダナイは死んでいなかった?いや、あれは死んだだろう。確かに殺した。殺してしまった。間違いない。うっ……。
まさか不死性を持っていて生き返ることができるとか?勇者にしか倒すことができないとか?実は2人いたとか?
ダメだ、考えても憶測にしかならない。本人に直接聞いてみればまだ何かわかるのかもしれないが、特にかかわるつもりもない。それに、今あったとして、俺がいることが不都合だと思われると、どうしようもない。
今の俺は、怖くて技を使えない。自分が自分で制御できないあの技では、きっとまた……。
「ご主人様?どうかされましたか?」
心配そうな顔でこちらを見てくるシヤ。気付かず悩ましい顔でもしていたんだろうか。よし、正常思考滅却、正常思考滅却。
「うん、ティクビだよ」
ダメだ。なんかティクビが条件反射になってる。これはいけない、こんな逃げのようにティクビを使うことは断じて許されない。
そしてシヤの目が3年間夏の日差しを乗り越えたヨーグルトを見るような目をしている。痛々しいのだろう。俺が痛々しい奴に見えているのだろう。今「痛いの痛いの飛んでけ」とかされたら俺ごと飛んで行ってしまうくらいには。
「ごめん、まちがティックビ!」
やばい、このタイミングでしゃっくりは無い。まさかここでしゃっくりが来てしまうなんて。
「ティックビ。ティックビ」
ああ大変だ、シヤの表情が1ティックビごとに死んでいく。
「ティックビ、ティックビ、ティックビ」
「あの、ふざけてるんですか?」
「いやティックビ、そんティックビなことはティックビないんだティックビけど」
「なんなんですか!さっきからそのティ……ティ!……ックビ……って!!」
恥ずかしそうな顔しながら言うくらいなら言わなければいいのにと思いつつ、その恥じらいの表情にドキッとさせられました。
「いや、ごめん、信じられないかもしれないけど、これしゃっくりでさ……ってあれ?治った?」
「やっぱりふざけてたんじゃないですか!」
「嘘じゃないんだってば!!何ならティクビに直接聞いてくれたって良い!!」
「なら直接聞くことにします」
俺はシヤの言った言葉が一瞬理解できなかった。しかし、だんだんとその言葉が脳ミソに染み渡っていき、
「ポッ///」
「あの、気持ち悪いので頬を赤らめるのはやめてもらっていいですか?あと頬を赤くする時の擬音を自分の口で言うのもやめてください。あと死んでください」
「でも俺のティクビは君に話を聞いてほしいって言ってるよ?」
――ドゴッ
的確にリバーをえぐられた俺は、その場にひざを折って悶絶する。どうやらおふざけゲージの許容量を超えてしまったようだ。痛い。
「もうしりません!!」
どんどんと先に行ってしまうシヤの背を、涙と鼻水で顔を濡らす俺が見つめているが、シヤは一度も振り返らずに行ってしまった。
シヤの姿が見えなくなってから、俺は立ち上がって後ろを振り返り声をかける。
「さて、さっきから何の用があってつけてきてるのか話を聞いてもいいですかね?」
「ほう、気づいていたか。流石と言ったところか」
「いや、後ろ向いた時にあからさまに視線逸らす奴が数人いたら、誰でも気づくだろ。で、何の用ですかね?」
なんとなくの想像はついているため、シヤには先に行ってもらっていた。多分、それ関係だろう。
奴隷を連れて歩いてるのだから、金を持っているだろうとでも思われたんだろう。
「俺たちちょっと金に困っててな、ちょっとだけ貸してくれねーかと思ってよ」
「あいにくと、俺も今は手持ちがなくてね」
「嘘ついたって良いことはないぜ?奴隷をつれてんだから金持ってんだろ?」
「言っても信じるとは思ってないけど、持ってないんだよ、本当に」
冒険者ギルドに大半は預けてあるからと後には着くけど。
「まあ確かめればわかることだろ。お前ら、やっちまえ」
「「へい!!」」
そして俺はボコボコにされた。
ボコボコにされた俺はお空とにらめっこをしていた。パンティ型の雲がこちらを見て笑っている。あ、手を振ってる。あれ?パンティって手生えてるっけ?
「にしても、なさけねえな……」
どうにもボコボコにされたせいか思考がまとまらない。でも、あんな雑魚中の雑魚を体現しているような連中に、俺はボコボコにされ、持っていた金も持っていたかれた。
あんな奴らにボコボコにされても、俺は能力を使えなかった。やっぱり使ったら殺してしまうんじゃないかと思って、どうしても使うことができなかった。
「ほんと、なさけねえ……」
今の俺は無力だ。もちろんあの力が俺の力だとも思っていないが、少なくとも何とかできるだけの力があるという安心感があったのは確かで、その安心感に甘えてしまうような思考になっていたのだろう。
何とかなる。実際、それまで何とかなってしまった。魔物相手には嬉々として使用していたあの力を、人に向けたとたんにこの有様だ。
こんなんじゃ、守れない。恩を返すまで生きていてもらうことができないかもしれない。
何か。何かあの能力に頼らない力を手に入れないといけない。人を生かしたまま、人を守れるような力を。探すか、強くなる方法を。能力に頼らない、俺自身が手に入れる俺自身の力を。
ボコボコにされた体で冒険者ギルドに入った俺を見て、シヤが驚いたような顔をして近づいてきた。
「ど、どうされたんですか!?」
「いや、ちょっとおっPを触らせてもらったらやられてな。2つも持ってるんだから片方くらい良いと思わないか?」
「……」
とても呆れた顔をされた。でも、シヤはこれで良い。こういう反応をしてくれていれば、それで良い。頑張らないといけないのは、努力しないといけないのは、シヤじゃない、俺だ。
「で、どうだった?親の情報は何か見つかったの?」
「いえ、まだ何も見つかっていないそうです」
「まあ仕方ないか。じゃあ、今日はもう帰ろう。お風呂に入るときにティクビが染みそうだから、ぬるめの湯に長くつかりたい」
「そう、ですね。わかりました」
そしてその日は宿屋に帰り、追加料金で入れる風呂をもらい、ティクビに染みるお湯の痛みに情けない絶叫を上げるのだった。