1 女神なんだぜ、これで
俺は現代日本における会社にこき使われ命を削り続ける社畜、25歳だ。
社畜歴はそんなに長くないが、会社のためにその命を捧げる姿勢に関しては、社畜の鏡と言ってもいいだろう。社畜の最上級、シャチケストだ。いや、だったと言うべきか。
俺は子供が赤信号で渡ろうとしていたので、その腕をつかみ、子供を引っ張った。
子供にはけがもなく「良かった」と思ったその時、足元に落ちていたバナナの皮を踏んずけて滑り、俺は赤信号の道路へと頭部が飛び出し、そして、頭部脳物公演。
きっとその場にいた方々にはトラウマを植え付けてしまったに違いない。
そんな記憶を最後に、今俺はここにいる。
目の前には壊れたラジオみたいに「ここは女神の部屋です」と何度も何度も口にする自称女神がいる。
一応斜め45°の角度で叩いてみたが、治らなかった。それよりも、一応自分を女神と言っている相手を叩いてしまったという背徳感にドキドキしている俺がいる。
奇麗な顔してるだろ?嘘、みたいだろ?女神なんだぜ?これで。
そうこうしていると、何が良かったのか、自称女神が、女神っぽい光を放ち、女神っぽい声で話しかけてきた。女神が直ったのだ。
「お前は何をしてくれる。馬鹿になったらどうしてくれるのだ」
「いえ、すみません。でも一つだけ言わせて頂けるのであれば、あの状態からそうなっても、"馬鹿になったら"は手遅れだと思いますよ?」
あれ?なんか体が勝手に……。
跪かされた。多分なんか女神パワーみたいなので跪かされた。
「女神に対して何たる無礼。少しは立場というものを考え――-」
「黙れ女神!お前に俺が救えるか!?」
絶句している。あの顔は完全に絶句している。
たぶんあの女神は俺をそんじょそこらの一般人として見ていたのだろう。
甘い、実に甘い。お砂糖に蜂蜜ぶっかけてホイップクリームで喉の奥に流し込むくらいに甘い。
俺ほどの変神奇神はそうそういないだろう。いや、いないと思いたい。世の中こんなので溢れたら、色々とまずい。お巡りさん大変になっちゃう。お巡りさん!俺はここだ!!
「お前は本当に……。まあよい。お主は死んだ。じゃがなんの因果か、お主は異世界に転移する権利を得た。本当に……なぜ……こんなやつが……」
たぶん最後に漏れていたのが本音だろう。俺にはわかる。すごく悲しそうな顔してたもん。女神。
「それで女神様。俺が転移できるというのは本当でしょうか?」
「本当だ。これからお前は剣と魔法の世界に転移することになる。お主に拒否権は無い」
「女神カンパニー入社の社畜になるということですね?福利厚生はどんなものがあるのでしょうか?」
「ない。お主は自分で、自分のために、自分で動くのじゃ」
俺はその言葉に驚愕していた。今、女神は、なんと言った……?
「申し訳ございません女神様。俺の利き間違いでなければ、あなた様は先ほど、自分のために、自分で動くとおっしゃいましたか……?」
「そうじゃ」
その無慈悲な一言に、俺は未来に対する圧倒的な不安感を抱く。
「そ、そんな!?そんな馬鹿な!?プロ社畜であるこの俺が!!現代クソ社会人代表格である指示待ち人間であるこの俺が!!自分で動くだと!?馬鹿にするのもたいがいにしろよクソ女神!!」
その瞬間 ぱぁーっ! と俺の体が光り始めた。
おいおい冗談じゃないぞ?まさかこのまま俺を転移させるつもりか?
「お前には特別な能力を授けてやろう。もういってくれ……頼む……お願いじゃから……ほんとに……」
あ、女神泣きそう。これあれだ。嫌なやつでも相手しないといけない時に限界きちゃったときの顔だ。
「最後に、お前の一番大事なものはなんだ?」
そう問いかけられ、俺はふと自分のかぁいいかぁいい愚息を見てしまった。
女神、顔。その顔はさすがにやめなさい。
光は際限なく強くなっていき、俺は、異世界に転移した。