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後編

翌朝、まだ吹雪は止む気配はなかった。


昨日クララに魔石を売ったおかげで多少心にゆとりがあったが、吹雪が止めばすぐにでもこんな物騒な宿とはおさらばしたかった。



しばらく窓の外を眺めて物思いに耽っていたが、腹が空いてきた。もうこんな時間か…。


昨夜夕食があまり喉を通らなかった事と、安全な一夜を過ごせた事への安心感か、意識しだずとますます腹が空いてきた。


アルバートがいなくなったので朝食が出来たという連絡がなかったので気づかなかった。




食堂のテーブルには食事だけが並べられていた。ラージンは料理だけは作ってくれていたようだったが、昨日までとは違いかなり質素というか、お世辞にも褒めがたい簡素なものだった。


普段ならこんな食事に金なんて出せるか!と言いたいところだが、ラージンの心中を察して黙っておく事にした。空腹は最高の調味料という事もあり、用意してくれているだけ感謝せねばなるまい。



朝食らしきものを食べていると、ブライトがやってきた。少しブライトと近隣の国の情勢などについて情報交換をしていたら、随分と後にサティーもやってきた。


 


「ずいぶんとお早いお目覚めで」



俺の皮肉に笑って答えたサティーは椅子に座りながら話し始めた。



「昨日の出来事を記事にしてたんです。これが飯の種ですからね」



「あまり心地の良い仕事とは思えぬな」



「あはは、まぁそうでしょう。書かずにはいられない。それが記者の宿命なんですよ」


 


サティーはブライトに苦笑いしながら答えた。



「そういえばクララはまだなのか?」



二人に聞いてみた。とは言っても食堂に一番乗りしたのは俺なので二人が知っているとも思えなかったが。するとブライトが



「ならば起こしてこよう」



と、言いながら席を立った。


正直羨ましかったが我慢した。



ブライトが迎えに行ったにしてはかなり時間が経っていた。


さてはブライトの野郎、クララと…


いや、彼女は確か朝が弱いと言っていたから、単純になかなか起きてこないだけでは…?


ソワソワが限界を迎えた頃にブライトが機嫌の悪そうな表情で一人で戻ってきた。



「よ…よう、遅かったじゃねーか。クララはどうしたんだ?」



「…クララ殿が殺されている……」




てっきり朝が弱い彼女はなかなか起きず、ブライトが諦めて帰ってきたものだと期待していたが事態が急変した。



「え?クララ氏が殺された…と?本当ですか?」



混乱している俺の前に座っていたサティーが聞き返した。



ブライトが頷いた。



俺とサティーは立ち上がり、ブライト先導のもとクララの部屋へ向かった。


部屋のドアは開いており、中を覗くとベッドの上には首元が赤く染まったクララが目を瞑っていた。俺の脳裏にワンディーの遺体がフラッシュバックしていた。似たような殺され方…。



何故だ?事件は解決したんじゃなかったのか?


俺達は室内を軽く見渡したがこれといった手がかりもなかった。



「この事はラージン氏はご存知なのですか?」



サティーがブライトに質問した。



「いや、まだである」



「なら、まずはラージン氏にもお伝えしましょう」



「ラージンさんも殺されてなきゃいいがな…」



俺の言葉に二人が唾を飲むのが聞こえた。



急いでラージンの部屋へ向かった。


部屋のドアを何度かノックするとドアを少し開けラージンが顔を覗かせた。目を腫らしていたところを見ると随分とまいっているようだった。


気の毒ではあるが、事実を伝えまた昨日集まったロビーに来てもらうよう頼んだ。


俺達がロビーに到着して少ししてラージンが現れた。



生存者は4人…



「私と、ラージン氏、ブライト氏、ウルツ氏…この中の誰かが犯人…ということになりますね」



「事件は昨日解決したんじゃなかったのか?」



ラージンの方を見たが俯いていて顔がよく見えなかった。



「どうやらそうでは無いようですね」



と、サティーが応えた。



「解決してないのか…それとも、新しい犯人がいるのか…って事か?」



「もしくは…犯人はまだ生きている…のかもしれませんよ?」



サティーは横目でブライトの方を見た。


ラージンはハッと顔をあげすぐさまブライトの方を見た。ブライトは険しい表情で



「貴殿、我が剣の腕前を愚弄しておるのか?」



「いえいえ、あくまで可能性の話しですよ。私達は昨日アルバート氏の最期は見てはいません。もちろん埋めたところもね」



確かにそうだ。


命乞いをしたアルバートとブライトの間になんらかの取引があったのかもしれない。もしくは致命傷では無かったため、埋められた場所からアルバート自ら這い出してまた殺人を続けているとでもいうのだろうか?



どちらにせよ、この宿に殺人鬼が潜んでいる事は確かだ。ここにいる4人か、どこかで身を潜めているアルバートか。



「あ…アルバートは生きているんですか?」



ラージンの問いにブライトは即答した。



「あり得ん。この剣で確実に命は絶ったし、この手で埋めたのだ」



「なるほどなるほど。となれば、埋めた場所をこの目で確認するのが一番手っ取り早そうではないですか?」



俺はサティーの提案に納得したが、ブライトはかなり不服そうだった。自分の腕を疑われていると思ったのだろう。



ラージンは遠慮する、と言ったので俺とサティーとブライトの3人でアルバートの遺体を確認しに行く事となった。



外へ出て、ブライトの案内されアルバートが埋められたとされる場所へ向かった。


しばらく3人で掘り起こすと、アルバートの着ていた青い服が見えた。



「決まりだな」



寒いのと疲れたので、アルバートの遺体がすぐに見つかってくれて助かったと思っていた。


ブライトはこんな吹雪の中ら一人でアルバートとワンディーの二人を埋めて戻ってきたというのか?こいつなら吹雪に足止めされる事も、こんな事件に巻き込まれる事もなく、この吹雪の中を歩いて雪山を越えられていたんじゃないのか?


ブライトの体力を勝手に推し量っているとサティーが言った。



「これだとアルバート氏かどうかはわかりませんね。顔が確認出来るまで掘りましょう」



マジか…サティーの言い分は十分納得は出来たが、勘弁してくれと思った。正直もうヘトヘトだった。


自分の剣の腕前を疑われていると思っているブライトもイライラとしているのが見てとれたが、これで疑いが晴れるのであればと思ったのか、掘る手を止めない。先ほどから実は理性的なのだな、と関心した。



少しするとアルバートの顔が見えてきた。確かにアルバート本人だ。


ワンディーの遺体もこの近くに埋まっているという事だったが、ワンディーに関しては数名が死亡の確認をしているとの事で掘らなくてもいいだろうという結論に至った。



宿に戻り、ラージンに状況を説明した。どこかでアルバートが生きていて欲しかったのだろうか、複雑な表情をしていた。



体が温まるようにと、ラージンから振る舞われたスープを飲みながら少しすると、ブライトが話し出した。



「サティー殿、今朝は随分と朝食が遅かったが本当に部屋にいたのだな?」



ポカーンという表情を浮かべた後、すぐさまその問いの意味を理解したようでサティーは応えた。



「ええ、朝方まで執筆をし、少し仮眠をとっていましたよ」



「どうだかな…」



「しかしそれを言っては皆さんも同じ事ですよね。それに、第一発見者はブライト氏です。そもそもあなたは私達とは違い、剣を持っている」



先程からサティーに煽られているように感じていたブライトの表情がますます険しくなっているのがわかったが気にせずサティーは続けた。



「それに、昨日の一件以降全く姿を見せていなかったラージン氏はどうでしょう。朝食を頂いていてなんですが、なかなか酷いものでしたよ。料理に手を回せないような事をしてたんではないですか?」



「料理に関しては申し訳ございません。昨日の出来事を考えるとどうしても仕事をする事が出来ませんでした。」




「ウルツ氏、あなただってそうです。一番無害そうですが、逆にそこが怪しい」



「はぁ?俺はお得意様を殺されて一番被害を受けているんだぞ?」



「つまりです。皆さんそれぞれ怪しいと思いませんか?」



そう言ってサティーは少し余裕の笑みをしてみせた。



「しかし、あなたのせいで…アルバートは……アルバート、疑ってすまない…ううぅ…」



「そうである。貴殿に騙されてしまい、無闇な殺生をしてしまった自分が情けない。さらにここにきて混乱させようとしているように思える」



「自分に疑いの目が向いた途端、自分の疑いを晴らす事よりも俺らを疑わせる事で誤魔化してるんじゃないか?」



今度は一気に皆の反感がサティーに向いた。



「俺達はこの商人顔負けの口の達者なサティーのペースに乗せられた事でアルバートを死なせてしまったんだ」



俺にはサティーがいたずらに場をかき乱しているように思えた。




「また初日の自己紹介みたいによぉ、話させてもらうぜ?俺はもちろんワンディーとはなんの接点もないし、アルバートについても何も知らない。ただな、クララに関しては立派なお得意様だった。商人としての俺にとって、ここの客の誰より有り難い存在だった!大したもんじゃねーが俺の自己弁護はそんなもんだ」



言い切ったところで、この際だから思った事を全部ぶちまけておこうと思った。



「ついでに俺がお前らに思ってる事を言うぜ!まずラージン!」



涙を流していたラージンが名前を呼ばれてこちらを向いた。



「あんたはアルバートの事を嫌っていたわけじゃない。出来ればアルバートの事を信じてあげたかったんじゃないか?そんな優しいあんたが殺人鬼だとしたら、アルバートに罪を擦り付けるなんて考え難い。そもそもワンディーやクララを殺す動機はあるのか?ワンディーに関しては謎だが、クララに関しては、占いの結果に対する不満なのか?いや、それよりも占いの読み違えをした事でアルバートが犯人であるかのように誘導したサティーを殺しているはずだ。」



「確かにその通りであるな」



返事をしたブライトに向けて俺は話を続けた。



「ブライト、あんたは正統派という感じだ。陰湿に一人一人殺すなんて考えにくい。かなり主観だが、そうとしか思えない。直情的な奴かと思っていたが、サティーから煽られているにも関わらず感情を抑えているところを見ると、確かにラージンの言うように立派な騎士のようだ。俺はあんたを信じるよ」



それからサティーの方を見た。



「こいつのミスリードのせいでアルバートは死んだ。そもそもこいつは記者だ。先程昨日の事件を早速記事にしていたと言っていたな?それが仕事だから仕方無いと思っていたが、自分から記事を書くために事件を起こしてる様にも見えるぜ?」




俺はサティーをジロリと見た。



「よ、よしてくださいよ。さすがにそんな記者の風上にもおけない事するわけがないじゃないですか!記者というのは真実を伝えるのが仕事ですよ。自ら事件を起こすなんて捏造です!」



「あぁ、そうだな。あんたは記者の範疇を越えて探偵まがいの事をした。真実だけ伝えておけばよかったのにな。そして、捏造された憶測のせいでアルバートは死んだんだ」



「そうである!貴殿の言う事は矛盾してるではないか!」



俺の意見にブライトが続いた。



「アルバートの名誉の回復の機会が訪れたのでしょうかね」



「ま、待ってくださいよ。皆さん、冷静に話し合いましょう?私の武器は剣ではない、ペンだ!」



あぁ、確かにみんな冷静じゃないのかもな。だが、冷静じゃないのはお前もだ。




ブライトが剣を抜いた。


今度は誰も部屋を出ようとせず、このイカレた事の終わりを見届けようとしていた。



「確かに私のミスでアルバート氏を死なせてしまいました!しかし!他の二人は私が殺したんじゃない!本当だ!信じてくれ!」



ブライトは剣を握ったままサティーを見ている。



仮にワンディーを殺す目的があったとして、その罪をアルバートに擦り付ける事に成功したとしよう。ならばクララを殺す動機があるのだろうか?



「ほ…本当に…私はやってませんよ…。ひとまず剣を下ろしてもう一度話し合いませんか?」



ブライトが話し合いの余地があると判断したのか、剣をしまおうとした時だった。



サティーが突然吐血した。



「ア…アルバートを死に追いやった…それだけであなたは十分死に値する…」



サティーの背後からラージンが話しかけた。



サティーは後ろを振り向こうとしたが力尽き膝から崩れ落ちた。その背中が真っ赤に染まっていた。



「ちょっ…うわぁぁぁ!!」



俺の悲鳴が響く室内。


血まみれの包丁を両手に握りしめ小刻みに震わせたラージンの手からブライトがそっと包丁を奪い取った。



「わ…私は…許せなかった……アルバートを死においやったサティー様も…アルバートを疑ってしまった私自身も…」



「我々は皆、サティー殿の策に踊らされ、犯罪の片棒を担がされた被害者だったのかもしれないのだ」




皆、サティーの死体を見つめていた。


少しして無言でブライトが死体を運び出そうとするのを見て、俺達もそれを無言で手伝った。死体を埋め終わり、部屋に戻るまで誰も喋らなかった。皆、それぞれに何か考えていたのかもしれないし、何も考えたくなかったのかもしれない。



部屋に戻り一眠りした。


夕食はこれまで通りの料理が用意されていた。ただ、食堂は閑散としていて3人だけで静かに食事をした。




翌朝、吹雪は多少弱まっているように思えた。


食堂に行くと既に料理が用意されていた。ラージンがブライトに朝食の用意が出来た事を伝えに行き、二人が食堂に戻ってきた。昨日に続き、今日は誰一人欠ける事なく無事だった。



ラージンの話ではこの様子なら今夜中に吹雪は止み翌朝には出発出来るだろうとの事だった。


落ち着きを取り戻しつつあったので今日は遺品をどうするかと言う話し合いになり、俺が旅商人で色んな国を旅しているという理由で、クララやワンディーの遺品を預かった。


クララの遺品は主に占いに使う魔石や乾燥させた草や水晶などだった。ワンディーは東の国への帰路の途中だったらしいとラージンから説明があった。遺品は主に日用品だった。


サティーの遺品は少なかったし、記事は燃やしてしまおうかと言う話も出たが、アルバートを殺してしまった落ち度を感じていたラージンがこの宿で保管する事となった。



その日俺は自分の商売道具と彼らの遺品の荷造りをして過ごした。翌朝日の出前にここを出れるようにと考えていたので、完璧に準備を済ませ今夜は早く床についた。ここ数日の心労ともう命を狙われるかもしれないという心配が無くなり、安眠出来た。




翌朝、日の出前に目覚めた俺は窓の外を見た。確かに吹雪は止んでいた。


急いで荷造りを済ませ、ラージンに別れの挨拶をしに行った。



「朝食のご用意をしているのですが、召し上がられませんか?」



「いや、腹は減ってない。気遣いありがとう。世話になったな」



「左様でございますか。これからどちらに向かわれるのですか?」



「本当は北方の国に行く予定だったんだがな。ただでさえ多い荷物がさらに増えたからこの雪山を越えるのはキツそうだしな。南方の国に行こうと思うよ」



「南方の国でございますか。あそこはとても暖かく海が綺麗と聞きます。ただ、人の形をした魔物が夜な夜な変化して人を襲うという怖ろしい噂があります。どうかお気をつけて」



「ありがとう。知っているさ。俺はそこに住んでるからな」



去り際に一つ思い出したので言葉を続けた。



「あぁ…あと、せっかく朝食の用意をしてくれているようだが、ブライトに朝食は必要無いと思うぞ。あいつは食べないだろう」




ラージンはキョトンとしていた。



俺は背中の荷物が重さで少し下がってきているのを感じたので背負い直した。剣というのはどうしてこうも重いものなんだろうか。だが、労力がかなりのものだか高くで売れそうな気がするので期待の方が上回っていた。何せ派手な装飾が施されているんだ。




そんな事を考えてながら宿を後にした。






お読みいただきありがとうございます。

他にもいくつか短編を中心に書いていこうと思います。

よければこちらの作品もお読みください♪


「俺の妄想に割り込んでくるの止めてもらえる?」

https://ncode.syosetu.com/n1150gh/



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