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前編

「はぁ…こんな事ならやっぱり馬車に乗るべきだったぜ…」






窓の外の吹雪を眺めながら誰もいない暗い部屋で俺はグチをこぼした。




俺はウルツ。旅商人をしている。




今、南方の国で仕入れた香辛料やら魔石を売るためにに雪山を越えて北方の国へ向かってた。




占いで『徒歩での旅が大きな利益をもたらすだろう』という結果が出たので、占いを信じ徒歩での旅をしていたが、こうして吹雪で雪山の中腹にある宿屋で足止めをくらっていた。




占いを無視して馬車に乗っていれば、きっとこの吹雪に遭う事もなく、今頃は雪山を越えていたのではと思うと無性に腹が立った。






今日で足止めをくらって既に3日目。




俺は吹雪が止めば直ぐにでも出発出来るよう、日の出前に起きて窓の外を確認するのだか、もはや窓に向かってグチの独り言を呟くのが早朝の日課になりつつあった。






同じように何名かがこの宿に泊まっているようだが、彼らもまた連泊を余儀なくされていた。








「クソッ、今日も出発は無理だな。これじゃ泊代が嵩んで利益が減っちまうな」






また一つグチがこぼれた。




頭の中で商品をいくらで売ればいいか、価格設定をし直している時だった。










「ヒィ…ヒェェェエエエーーー!!」






恐らく隣りの部屋から、若い男の悲鳴とともに壁やらドアやらにぶつかったような騒がしい音がした。








すぐに逆隣りの部屋から思い切りドアを開ける音が聞こえた。






「何事だ?!」






「ひぇぅぉあ…ほほ…」






ドア越しでよく聞こえないが、若い男が必死に応えようとしているようだ。




俺もドアを開け、廊下を見るとこの宿の下働きの男が腰を抜かして尻餅をついていた。




震えた指で室内を指差している。








なんだ?まるで人が死んだ時のリアクションだな、と思いながらドアの空いた隣りの部屋を覗き込むと、人が死んでいた。




死んだ人を発見した時は本当にそんなリアクションをするのか…と感心したが、すぐさま冷静に現実を受け入れた。












「ギィャァァァアアアーー!!!」






理解が追いついた途端、俺も叫んだ。




血塗れの人間だったであろう物が部屋の入ったすぐのところに横たわり、俺の悲鳴を浴びせられていた。








腰の抜けた俺と下働きの男は他の宿泊客達によってロビーまで運ばれた。




それから気づくと食堂に宿泊客が全員集められていた。






最後にこの宿のオーナーと腰に剣を下げた物騒な男がロビーに現れた。




剣を下げた男が我々と同じテーブルに座ったのを確認して入口近くに立ったままのオーナーはみんなを見ながら話し始めた。








「皆様、私はここのオーナー兼料理を担当していますラージンと申します。先ほどそちらの騎士様とご遺体を確認しましたところ、亡くなられた方はここに滞在中のワンディー様と言う方でした」






ラージンが騎士様と呼んでいたのは先程ラージンと一緒にここにきた剣を持った男のようだった。




ラージンが騎士に目配せすると、今度は騎士が話を続けた。






「騎士のブライトだ。ラージン殿よりは遺体を見慣れているということで遺体の確認をさせていただいたが、ワンディー殿の死因は喉をかっ切られた事によるものだった」






ブライトは一息おいて、室内にいる者の顔を見渡しながら






「これは自殺ではなく、殺人と思われる。殺した者は素直に名乗り出れば楽に処刑してやろう。直ちに名乗り出るがいい!」






とんでもない事を言いやがるヤツだ。正義感の塊か?もしくはただの脳筋か?




殺されるためにむざむざと名乗り出るヤツなんていないと思うぞ。






しばらく沈黙と不穏な空気が立ち込める室内だったが、左奥に座っていたメガネの男が手を挙げた。






「いいかな?」






名乗り出たよ。全然いいよ。こんなトラブルに巻き込まれるのはごめんだ。何でワンディーさんとやらを殺したと言うのかはわからないが、目的も叶ったのならさっさと自首してくれ。






皆がその殺人願望と自殺願望を兼ね備えたメガネに注目した。






「私はサティーと言います。記者をしています。あ、もちろんワンディー氏とは全く面識はありませんよ。ところで、殺人鬼が自ら名乗り出るとは思えないので、皆さんのアリバイを聞いていくってのはどうでしょう?それに、名前も知らない者同士で話し合うよりも少しは安心しませんか?」






皆はそれぞれの顔を見合わせた。




確かにこのサティーという男の言う通りかもしれない。いつかもわからない奴らとこれからこの密室で話し合わないといけないのだ。誰が味方で誰が敵なのか見定めておきたい。










ブライトが腰にさげている剣には派手な装飾が施されていた。その剣をちらつかせながら皆に向けて鋭い視線を送った。






「いいだろう。殺人鬼を見つけだして叩き切るまでだ」






「そうですね。では私から…」






そう言いながら話し始めたのはオーナーのラージンだった。






「私は今朝早くに起き、キッチンにて皆様の朝食のご用意しておりました。料理に集中しており、物音は気にしておりませんでしたが、特別大きな音というのは聞こえませんでした。朝食のご用意を終え、そちらのアルバートにお客様一人一人へ朝食のご用意が出来ている事を伝えてくるように命じました」






ラージンの目線のアルバートを一斉に皆が見た。視線の集まったアルバートはビクッとしながら席から立ち上がり背筋を伸ばして話し始めた。






「は、はいっ!オヤジ様のおっしゃる通り、お客様へお伝えに行きました。ワンディー様から順にお声かけさせていただこうとしましたが、ドアをノックしてもお返事がございませんでしたのでドアを開けたところ…ヒィィ」






「ふむ。自分はそのアルバート殿の悲鳴を聞き、すぐに廊下に出たという事だな」






アルバートが言葉に詰まったところでブライトが話をつないだ。






「わたしは占い師をしてるクララよ。占い師と言っても見習いだけどね。わたしは朝に弱いの。悲鳴すら気づかなかったわ。わたしを起こしにきたそちらのおニイさんが証明してくれるわ」






同意を求められたブライトがこくりと頷いた。




それにしても占い師か。しかも美人だな。未だに眠そうな目をしていて、そこがまたセクシーだ。どれ、一つ俺とキミの未来を占ってみてはくれないか?






クララを眺めながら現実逃避の妄想をしていると多少気が紛れた。と、皆の視線が俺に向いていることに気づいた。






この空気は、次は俺に話せという事なのだろう。それともまさか、俺の妄想が声に出てたわけではないよな?クララを見るが眠そうな目でテーブルをぼーっと見つめていた。心の声は漏れていなかったようで安心した。




さて、この流れからいくと自己紹介までした方がいいのだろうか?




やれやれ、面倒だが挨拶をした。






「俺はウルツ。旅商人をしてる。死んだワンディーさんとやらの隣りの部屋だった。早めに起きていたが別に物音なんて聞こえなかったぜ。寝てる時間に殺されてたんならわからないが」






俺はお手上げのポーズで軽くため息をついた。








「なるほどなるほど」






サティーが皆の話をメモ帳にとりながら返事をした。






「えー、私は悲鳴で飛び起きたのでとくにアリバイと言うほどのものもありませんね。廊下に出たらアルバート氏とウルツ氏が同じポーズして尻餅ついていて、そしたら廊下からラージン氏が駆けてきた、という感じですね」








みんなが「うーーん」と深いため息をついた。








「みんながみんな、大したアリバイも無く、死因から殺人鬼の特徴を推測出来るわけでもない。みんなほとんど初対面と考えると、殺す動機も特に無さそうですよね?…誰か動機あります?」






皆がふるふると首を横に振ったのを確認してサティーが続けた。






「こういう事件ってのはですね、一般的には…一般的にはですよ?第一発見者が犯人って相場が決まってるんですよね」






一斉に皆がアルバートを見たものだからアルバートはたじろいだ。






「ヒィ…ぼぼぼ僕じゃないですよ。ここ殺す理由がまず無いじゃないですか!」






「そりゃあみんな同じ事を言うでしょうよ。でもワンディー氏は殺された…」






「アルバート…お前…」






ラージンが疑いの目でアルバートを見る。




ブライトは腰にある剣に手をあてた。派手な飾りがキラリと光った。








「違います違います!そもそも僕はオヤジ様の指示で皆様に朝食のご用意が出来た事を伝えに言ったんです!オヤジ様が僕を第一発見者にさせたんじゃないですか?」






「アルバート!この期に及んで人のせいにするとは何事だ!」






「ヒィィ…」






しばらくラージンとアルバートの言い争いが続いたところでクララがおもむろに話し始めた。






「占ってみたんだけどねぇ…」






みんなが静まり、クララを見た。








「占った結果を言うわね。




『青い海。重い荷を持ち忍び寄る。闇夜に光る爪』…だそうよ」






「わたし見習いだからね。今持ってる道具じゃこの程度の占いが精一杯よ」








皆が占い結果を神妙な顔で噛み締めている。






「おいおい、待てよ。いくらなんでもこの占い結果で判断しようと考えてんのか?」






俺は皆が考え込んでいるので思わず言葉にした。






確かに俺達の生活に占いは欠かせない。俺もこの旅に出る前に占いをしてもらった。占いの結果が悪ければ出発の日を見送る事だってあるし、良い結果が出れば荷造りも無しに旅に出る奴だっている。




もちろん俺も占いを信じる人間なのだが、今回ばかりはさすがにいかがなものかと思った。






「クララ自身も占い結果に自信無さそうだし、あまりこの結果について深く考え無い方がいいって!なぁ?」






俺はあまりにもバカげているので皆を説得しようと話しかけた時だった。






「確かに。本来占いとはもっと明確な結果が告げられる。申し訳無いがクララ殿の占い結果は具体性に欠けているものだ。」






ブライトが同意した。騎士も戦の前には占いをすると聞いた事がある。






クララが眠そうな顔で占いで出た手元の結果を眺めている。








「アルバートは捨て子なのでございます…」






ラージンがぽつりと言葉を漏らした。






「10年程前、大きな荷物を抱えた夫婦に連れられてこの宿に泊まっておりました。夫婦は夜中のうちに何も言わずに宿から消え、置き去りにされていた子供…それがアルバートなのです。あの日もこんな吹雪が続きました。吹雪が止んだら近くの村に連れて行くつもりだったのですが、当時人手も足りなかったのもあっていつしか住み込みで働くようになりました…」






ラージンはアルバートの方へは目を向けずに語りだした。






「なるほどなるほど。『重い荷を持ち』ってのはそのご両親の事でしょうね。その後の『忍び寄る』というのは今朝、ワンディー氏の寝室に行った事を意味しているのでしょう。『青い海』ってのは…アルバートさんの洋服、ちょうど青いですね?偶然でしょうか?『闇夜に光る爪』と言うのは何を意味しているのかはわかりませんが、もしかするとあまり意味の無いのかもしれません。ただ、これだけの共通点がある方、他にいらっしゃいますか?」






サティーが憶測を口にして、アルバートを見た。






「ちっ…違っ……」






目に涙を浮かべてどうにかしようと周りを見渡し、ふと俺と目があった。






「はっ!そういえばウルツさん!!ここへ来られた時、荷物多かったですよね?」






皆の目が、ブライトの剣がこちらを向いているような気がした。






「あぁ、確かに今は荷物が多いがな。これは一時的なものだぞ。商品を売って金に換えれば片手で持てる程度になる事だってある。商品次第じゃ荷物の大きさも変わるからな、なんとも言えないぜ?」






「確かにそうですね」






サティーが頷きながら続けた。






「仮に占いの『重い荷を持ち』には当てはまりますが、他に合致する点はあるのですか?」






「さぁ?どうだろう?その程度で俺が疑われるんなら、『闇夜に光る爪』ってのはブライトの腰にあるご立派なキラキラした剣の事を指してるんじゃないのか?」






俺が指差した先のブライトの腰の剣に皆の視線が 集まる。






「むむ」






まさか自分に疑いがかけられると思っていなかったブライトが唸った。






「ブライト様はこの辺りでは有名な騎士様でございます。とても無闇に人を殺めるような事をなさるお方ではございません。」






ラージンがブライトを庇った。






「すまんな。別に俺も疑ってるわけじゃねぇよ。そのくらい、この占い結果の一部分だけで犯人を断定するのはよくねーんじゃねぇか?って思ってな」








「なるほどなるほど。しかし、今のウルツ氏の発想を飛躍させた発言を聞いてピンときましたよ。確かに占い結果の一部分だけで断定するのは良くないですね。ですが、これならばどうでしょう?




『闇夜に光る爪』というのは、アルバート氏がみんなを起こしに来た際に持たれていた蝋燭の事ではないでしょうか?」






またも占い結果が自分に当てはまっている事にビクリとするアルバート。








「『青い海 。重い荷を持ち忍び寄る。闇夜に光る爪』つまり、青い服を着たアルバート氏は蝋燭を片手にワンディー氏の部屋へ忍び寄った…」






「全てが占いと一致するのである。」






「そういう事になんのかよ…?」






クララは無言でサティーの方を見ていた。






アルバートが必死に救いを求めようとするが、ラージンはもはやアルバートと目も合わせようとしていない。








「アルバート……お前は大切なお客様になんて事を……見損なったぞ」






「オヤジさ…」






「黙れ!!!」






ラージンの怒鳴り声に室内が静まり返った。






「これ以上見苦しい姿を晒すな!」






アルバートを睨みつけた後、ふっと怒りを抑えて ブライトを見た。






「ブライト様、お手を煩わせて申し訳ございませんがどうか制裁をくだしてくださいませ。」






「うむ」






ラージンの合図でブライトが立ち上がり、アルバートへと近づいた。






「違います!僕じゃ無いんです!本当です!信じてください!!」






必死に釈明をしているが、表情を一切変えずゆっくりと近づいてくるブライト。






皆はその光景を静かに眺めていたが、ラージンには耐えられなかったのだろう、自分の背面にあるドアから部屋を出た。そのラージンを追うように皆が剣を抜いたブライトと泣き喚くアルバートを置いて部屋を後にした。 








数時間後、戻ってきたブライトはこの吹雪の中にワンディーとアルバートの遺体を埋めてきたと言った。










その夜、夕食は用意こそされていたがラージンの姿は見かけなかった。




皆、1人でいるのは不安だったのだろう、食堂に集まってきたが誰一人として食事をとれる気にはなれなかった。




ただ、この空気に堪えられなかった俺は、占い師のクララに話しかけた。






「あんたがさっき占いに使ってた石って、魔石じゃないか?」






「…ええ、そうよ。でも占いの結果からも分かったでしょうけど、魔石の質が悪かったわ。…わたしが見習いと言うのもあるのでしょうけど」






「いや、魔石は確かに良質とは言えないようだが、占いの腕は自信を持っていいと思うぞ。当たっていた。でも何でこんな粗悪な魔石なんかで占いをしてたんだ?」






「ありがとう、褒めてくれて。今わたしの国では魔石不足でね。わたしは南方の国で質の良い魔石を買ってくるように師匠からお使いを頼まれてたのよ」






「魔石ってこれの事だろう?」






そういって俺は腰に付けた小袋の中から魔石をいくつか出した。






「そう!これよ!なんであなたが持ってるの?」






「俺は旅商人って自己紹介しただろう?魔石や香辛料なんかを取り扱ってるぜ。俺は魔石が沢山採れる南方の国からやってきたから品揃えは豊富だぜ!」






「あなた旅商人なのね!眠くて自己紹介を聞いてなかったわ。それにしてもすごいわね!これ、売ってくれたらわたしはこの吹雪が落ち着いたらそのまま自分の村に帰れるんだけど、譲っていただけないかしら?」






「俺もこの吹雪で宿代が嵩んだからな。渡りに船だ。買ってくれればこの先の旅賃の足しになるから助かるな」








そういってクララは魔石を吟味し始めしばらく値段交渉が続いた後で無事交渉は成立した。






「ありがとうね。これでもっとマシな占いが出来るわ」






「こちらこそ。久々の商売で気も紛れたぜ。また仕入れたら連絡させてもらうよ。今後とも贔屓にしてくれ」








懐が温かくなったところであとは吹雪が止むのを待って、こんな物騒なところ1日でも早く出ていきたいものだ。








結局俺達全員が食堂を出るまでラージンとは顔を合わせなかった。




無理もない、自分の宿で殺人が起こり、さらにその犯人というのが長年一緒に働いていた者とされ、さらには罪を認めないまま処刑されたのだ。    もしかしたらラージンはアルバートの事を家族のように想っていたのかもしれない…








どんな人かも知られていないまま殺されたワンディーさんとやらも気の毒だが。










…そもそも何故ワンディーさんは殺されたのか?動機が不明だった。アルバートは何を考えていたのだろう。もはや知る機会は失われた。






そう考えながら俺は目を閉じた。





読みいただきありがとうございます。


他にもいくつか短編を中心に書いていこうと思います。


よければこちらの作品もお読みください♪




「俺の妄想に割り込んでくるの止めてもらえる?」


https://ncode.syosetu.com/n1150gh/



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