バリケードの中
そのまま眠っていた。ノックの音で起きて、シーツから顔を出すと部屋は真っ暗だった。目が慣れた後に、窓から微かに入る明かりで部屋の中の物をうっすらと視認する。常夏のこの島で暗い時間ということは、もうすっかり夜ということになる。
はい、と声を出すと掠れていた。ドアが開き、電気が点く。眩しさに目を閉じて、まぶたを手で隠した。カラカラとカートが近付く音が聞こえてきて、サンドイッチと紅茶を運ぶロットが姿を見せた。
「お目覚めになりましたか」
「今起きたわ……」
寝るつもりがない時に寝た後は、寝る前のことが夢現になる。今は頭がすっきりしていて気分が良かった。しかしそれは記憶と夢が混ざり合っていたからで、ぼんやりと心地よい頭に現実が追いついてくると、シェリーは身を打つような罪悪感にばつが悪くなった。
「……ベル、帰ったわよね」
わかりきっていることだ。ベルはいつも暗くなる前に帰る。そして他ならぬ自分が出ていけと言ったのだ。冷静になった今となっては、あれは自分ではない誰かの暴言と思えるくらい、無神経な言葉だった。そして卑怯だった。自分が傷つかないために、ベルが何かを言う前に、ベルにひどいことを言った。
ロットの返事はやはり肯定で、あの後すぐに帰ったらしい。それを聞いてまたベッドに潜り込みたくなった。せっかく用意してくれたロットには悪いが何も食べたくない。お腹も空いていない。せっかくできた友達を、自分の不甲斐なさのせいで突き放したなんて馬鹿だ。あんなこと言わなければよかった。
この空虚さに懐かしさを感じる。寂しくてつまらなくて、いつも同じ灰色の景色ばかり見える。そしてこれが自分のいるべき場所なのだと、引き戻されている気がした。それは病気が治らないこととも深く繋がっている。蟻地獄のようにずっとここの中にいなければならないのだ。
友達なんかできたことない。仲直りなんて、性格が正反対の自分には許されてない。彼らのように、ベルと同じように遊べる子にしか許されていないことだ。シェリーはそうとしか思えなかった。
閉口したシェリーに、ロットはポットからお茶を注いだ。温かい音が優しく部屋に響く。
「お嬢様があのように叫ばれているところを、私は初めて拝見しました」
陰鬱な自己嫌悪で鈍くなっていた頭が、その言葉をぼんやりと聞いた。どうしてそんなことを言い出したのかロットを見る。ロットはいつも通りだったが、彼にも出ていけと言ったことを思い出して視線を伏せた。
「……ごめんなさい」
「いえ。嬉しかったのですよ」
「嬉しい……?」
聞き間違いではないかと、半信半疑で小さな声で聞き返す。嬉しがるようなことは何もなかった。ロットと自分で思い浮かべている記憶が違うのだろうか。シェリーはその言葉の真意を確かめたくてロットを見た。ロットはいつものように穏やかで、シェリーの暴言にも怒っていないし、これからシェリーが何を話しても黙って聞いてくれそうに思えた。
「お嬢様は、ベルさんと一緒に遊びたかったのではないでしょうか」
優しい声は、ぐちゃぐちゃの心の隙間に容易く入り込んで、不格好なバリケードの中をそっと静めた。温かい紅茶の香りを心の奥にまで届けるようだった。しばらくその言葉を反芻して、思考がその言葉に染まっていく。
「……うん」
自分であれこれ考えるより、シェリーの本音に近い言葉だった。どうして自分が探しても見つけられなかったものがロットにはわかったのだろうか。
そして、ベルに言わなければいけなかったのは、本当はそのことだったんじゃないか。