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本音が裂く

 ベルは彼らと行かなかった。あんな会話をしたみんなの前でシェリーを追いかけることはできなかったし、かといって彼らと一緒に遊んでも楽めそうになかった。結局、食べようと思っていたはんぺんのコロッケだけを買って、一人で帰った。

 その道中も、家に帰ってからも、ベルはずっと考えふけっていた。どうしてみんなで仲良くできなかっただろうか。シェリーとばかり遊んでいた自分が悪かったのだろうかと。

 

 実際、あの場において悪かった人など誰もいない。みんなはベルと同じ島の仲間で、この島に生きる限りあのグループは決して崩れない。それはベルも思っていることだ。急に心変わりしたように離れたのはベルの方だし、それに対して彼らが違和感を抱くのは当然だった。

 だからといって、ベル個人の意思をないがしろにする理由にはならないのではないだろうか。ベルはシェリーに会いに行くことが楽しかったし、会う度にシェリーのことを知っていくのが嬉しかった。お茶もお菓子も美味しいし、自分の話も楽しんでくれる。日を追う毎にシェリーが自分を慕ってくれているのも感じていた。同じように運動できないことを理由に、シェリーを仲間はずれにして外で遊ぶことはひどいことのように思った。

 シェリーが自分たちと一緒に遊ぶことができたら、なんて考えもなかった。それでボートの上でシェリーを苦しめてしまったし、何よりベルは彼女の部屋で彼女が作ったものを見ることが好きだった。シェリーはベルにできないことができる。逆にベルはシェリーにできないことができる。島の子供たちだって、みんながベルと同じようにできるわけじゃない。その特技や長所の違いは誰にだってあるのだ。シェリーが特別なわけじゃない。

 

 何かないだろうか。みんなが仲良く遊べる方法は。

 祭があった週の明け、ベルは学校でそのことをみんなに相談してみた。元々みんな、旅行者の子供を仲間に引き入れて遊ぶくらい分け隔てない性格をしているのだ。シェリーのことを話すと、下級生の女の子は貝殻でネックレスを作ってみたいと言い、リーダー的存在の背の高い男の子は、秘密基地の生簀から魚を取るくらいはできるだろうと提案した。思いつかなかった様々なアイディアを聞いてるうちに、これならみんな仲良くできるとベルは確信し、目を輝かせてその時を待ち望んだ

 

 いつものように家に鞄を放り出した後、宿屋に向かって走る。通りがかりにフロントに向かってお邪魔しまーすと元気に投げかけ、階段を上る。一番奥の部屋をノックすると、いつもの通りロットがドアを開けた。いつもなら、そのまま中に通される。だが、ベルが部屋に足を踏み入れる前に、シェリーがドアまで近付いてきた。

 

「もう来なくていいわ」

 

 え、と言おうとして声が出なかった。そして混乱した頭で、入る部屋を間違えただろうか、と、そんなわけないとわかりきっている疑問が浮かんだ。

 シェリーのその声は、それはもういらないから捨てて、と誰かに伝える時のような響きに聞こえた。それをベルに言ったのは間違い無いのに、何故そんなことを言うのか、それは本当に自分に言っているのか、咄嗟にそのことがわからなくてベルは何も言えなかった。

 固まっているベルからそう考えていることを察したシェリーは続けた。

 

「私、友達なんか作っちゃダメだったのよ。ずっとそうだったのに、ベルといると楽しくて、忘れてたの」

 

 理由が述べられていくと、それが本当にベルに向かって発せられた言葉なのだと理解していく。ただし、まだ混乱は消え去ってくれなかった。

 

「なんでダメなの? ちゃんと言ってよ、わかんないよ」

 

「私はベルみたいに力一杯遊べない」

 

 その言葉の端には、返事は聞きたくないと突き放す冷たさがあった。暴力的な拒絶に聞こえた。もうこの部屋に入るなと言っているようでもあった。否、実際そう言っているのだ。

 何故そんなことを言われているのだろうと、訳がわからない中で考えた。だって祭の前までは、自分たちは互いにないものを相手に見て、友達でいたはずだ。それに今日はシェリーもみんなと遊べるように色々考えたのに。

 なんでこんなことを言われているんだろう。なんでシェリーはそんなことを言うんだろう。そう混乱を回しているうちに、思考の糸が一つ繋がる。

 きっとシェリーは疎外感を持ったのだ。ベルがシェリーに話してきた冒険譚は全部シェリーにはできないこと。だけど島の子供はみんなそれができる。そのことを実際彼らに会って感じた。少なくともシェリーよりは、みんなベルと同じように力一杯遊べる。だから仲間に入れないと思ったんだ。ベルにはそう想像できた。

 だけどそんなの、シェリーの思い込みじゃないか。

 

「……シェリーはたぶん、私がいろいろな場所で遊んでたり、探検してる方がいいって思ってるんだよね」

 

「うん」

 

「私のそういうところ好きなんだもんね」

 

「……うん」

 

「うん」

 

 ベルはその次の言葉をしばらく慎重に考えた。危ない遊びをして、親や先生から叱られてる時の神妙さに似ていた。言葉を一つでも間違えたら一生許されないような。そして頭の中の言葉を全て言うべきなのかまたしばらく迷う。ただ、みんなはシェリーを仲間に入れて遊ぼうとしていると、今日学校であったことを話せばよかったかもしれない。だけど聞いてもらえない気がして、沈黙の後、結局考えたことを口にした。

 

「……でもさ、だからって、シェリーが一緒に遊べないから友達やめるとか、私がそれ以外を楽しくないんだって思うのは違うと思う。シェリーはここに病気を治しに来たのに、治らないって決めつけてるよ。だからそんなこと言うんだよ」

 

 言葉の途中から、シェリーの顔が熱くなっていった。不安定だった積み木を指先で触れて崩してしまった感覚があった。だけど、それはベルが思う本当のことだ。ぐっと唇を結んで、今度は自分の積み木を崩される覚悟をした。

 治らないと決めつけている。それはシェリーの胸を無慈悲に貫いた。図星だ。治らないと思っている。だけどどうして、それを人から言われると身を焼くほどの恥になるのだろう。それを認めたくなくて、反論したい一心で口を開いた。それはただの防衛と虚勢だった。

 

「私の何がわかるって言うのよ」

 

 震える声は恨めしそうだった。ベルが何か迷った後、また何かを言おうとしたのが見える。何も聞きたくなかったから、何もかもをかき消すように叫んだ。言葉を選ぶ余裕はなく、気持ちがぐちゃぐちゃのまま声になった。

 

「だってしょうがないじゃない! 私は一度もベルみたいにやったことないもの! また倒れちゃったらどうしようって、怖くて走れない! 泳げない! ベルに私の気持ちなんかわかるわけない!」

 

 ああ、言ってしまった。思考を挟まずに出てきたそれはずっとシェリーが思っていたことだ。素直に言ったらきっと嫌われるから、ずっと卑屈な心に隠していたのに。格好悪い。ひどい言い訳だ。いつか治ると言われ続けているのに、いつまで経ってもそのいつかは来ない。希望が届かないと知るのが怖い。だから最初から諦めている。治ると信じなければ、傷付かないから。

 

 本当はベルみたいになりたい。だけど、そうなる自分を想像するのが怖い。部屋の中で作り物のお話や絵ばかりを見て、本当の景色を知らないまま生きていく方がいい。それが私には似合っている。ベルは眩しすぎる。こんな人と一緒にいられない。友達なんかにならなければよかった。優しくされても惨めなだけだ。

 

「出てってよ! もう来ないで! みんな出てって!」

 

 口から出た言葉に自分でショックを受けて、シェリーは立ち尽くした。ベルのことなんて見れなかった。自分に失望して、部屋の中に逃げてベッドに潜った。

 ベルもロットも数秒その場にいたが、やがて静かにドアが閉められた。それが聞こえた時、シェリーは誰かに慰れてもらいたい自分に気付いて、だけど今更誰を呼び止めることもできないと、胸の奥にぐるぐるしたものを抱えたまま泣いた。

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