6. 腐女子と騎士2
腐女子、ひらめく。
「あ”ぅ~…」
(さすがに、疲れた…)
肉体的にではなく、精神的な話だが。
いくらゾンビとはいえ、人の形をしたものを斬り続けるのは正直堪える。
相手が痛みを感じておらず、血を噴き出すことも、泣き喚くこともないのが救いだが。
幻想的だった泉の周りが、ゾンビの死体だらけになってしまった。
ため息をつきながら、それらを入口の傍に重ねる。死体の山で入口が埋まってしまったが、ひとまずこれで新たなゾンビは入ってこれないだろう。
彼らの落とし物もできる限り死体の山へと放り投げ、女騎士へと振り向くと、彼女は呆然とした顔で私を見つめていた。
「あ”~?(え、なに、どうしたの?)」
「…なぜだ?」
「あ”?(へ?)」
低い声で問われた言葉の意味がわからず首を傾げると、彼女は硬い表情を向けた。
「貴様は、アンデッドだろう。なぜ、あいつらを斬った?仲間であろう?」
「あ”ぁ”~!(まさか!)」
ぶんぶんと首を横に振ると、彼女は戸惑ったように私を見た。
「…仲間ではないのか?」
「あ”~(仲間じゃないよ!だって私、人間だし!)」
今度は大きく首を縦に振り、胸を張って見せる。
それを見てますます困惑したように、彼女は問いかけてきた。
「お前は、一体なんなのだ?」
「あ”ぅ~(なんなのだ、と聞かれましても)」
元人間としか言いようがないのだが、どうしたら伝わるのか。
彼女と自分を指さしながら、同じということを私なりにパントマイムしてみたが、相手は首を傾げている。どうやら伝わらなかったらしい。
「あ”ぅ~…(言葉が話せないとやっぱり不便だなぁ)」
イエス・ノーだけなら首を上下左右に振ることで伝えることができるが、それ以外のことを言葉なしで伝えることは難しい。
ふと思いついて、地面に字を書いてみたものの、彼女はやはり首を傾げるばかりで伝わらなかったようだ。やはり、日本語では駄目らしい。
なまじ言葉が通じる(一方的に)せいか、がっくりきた。
「…まぁいい。お前がなんなのかはわからぬが、言葉が理解できるのは確かなようだ。一つ、聞きたいことがある」
「あ”ぅ~?(はいはい、なんでしょう?)」
気を取り直して彼女を見つめると、彼女は震える両手で腰のポーチから財布を取り出した。
「…彼女に、心当たりはないか?」
「あ”~…」
財布の中から出てきたのは、あの写真だった。やはり、彼女が探していたのは、そこに写っている少女らしい。
ゆっくりと彼女に近づいて、あらためて写真を見つめる。
「見たことはないか?…まさか殺したりしていないよな?」
「あ”ぅあ”~!(ままままさか、とんでもない!)」
凍えそうな殺気に慌ててぶんぶんと首を振ると、彼女はホッとしたように肩の力を抜く。
「ならいいが…心当たりはないのか?」
「あ”ぅ~…(知らない)」
ゆっくりと首を横に振ると、彼女は「そうか」と呟いて小さく息をついた。
表情から、がっかりしているのがわかる。気の毒に思えて、「元気を出して」と伝えようと可能な限りパントマイムをしてみた。パントマイムの最中にいっぱい落とし物をしたが、それも一興。
私の渾身の身振りに思うところがあったのか、彼女は少しだけ表情を和らげる。
「ひょっとして、慰めているつもりか?」
「あ”~!(そのとおり!元気を出して!)」
大きく頷くと、彼女は「おかしなやつだ」と苦笑した。
そして、手に持った写真を見て、「…妹なんだ」と小さく呟く。
「ギルドの依頼でモンスター退治に来たのはいいが、妹とはぐれてしまってな。どうやら、『開かずの森』に入ったらしいことはわかったのだが、そこからの足取りがつかめん。…無事でいてくれるといいのだが」
「あ”ぅ~…」
なるほど、必死になるはずだ。
『開かずの森』とは、おそらくこの洞窟の外に広がる森のことだろう。
危険なモンスターが闊歩する場所で、可愛い妹が行方不明ともなれば、彼女が自身の命の危険を顧みずに探し続けるのも理解できる。
「そうだ…こうしてはおれん。妹を探しに行かなければ…!」
話しているうちに不安が高まったのか、彼女は自由に動かない身体を必死で動かそうともがきだした。…いやいや、さすがの騎士様でもそれは無理だろう。
つい少し前まで瀕死状態だったのだ。その上、失血がひどく、瀕死状態から脱したとはいえ、本来なら絶対安静レベルだろう。起き上がることさえ不可能なほどで、よしんば妹を探しに行ったとして、さっきのゾンビに襲われるのが関の山だ。
(…それならいっそ、私が探す?)
ピコン、と思いついたアイディアに、思わずうん、と大きく頷いた。
これは、彼女に信用してもらうためのチャンスではないか。
打算的だが、もし妹を見つけることができれば、彼女に信用してもらうことができる。
見つからなかったとしても、彼女に協力することで同様に信用してもらうことができるかもしれない。いずれにせよ、腐女子な私がこの場所から出るには、誰かの協力が必要なのだ。できる限りのことはすべきだろう。
「あ”~!!」
「な、なんだ?」
突然叫んだ私を、ぎょっとしたように彼女が見た。
彼女の視線を引き付けたことで、彼女の持っている写真と自分を示しながら探しに行く旨をパントマイムで伝えてみる。
彼女はしばらく首を傾げていたが、やがて驚いたように聞いてきた。
「お前が探すというのか?」
「あ”~!(イエス、マム!)」
昔テレビで見た兵士のようにビッと敬礼してみせると、彼女はぽかんとした顔を見せた。
あら。そんなおマヌケな顔もするのね。
「…信じられん」
呟きながらしきりに首を振る彼女に、「写真を貸して」とパントマイムすると、彼女は少し躊躇った後、そっと差し出した。
受け取ろうとして、自分の手を見てひっこめる。
「…?どうした?」
きょろきょろと辺りを見回した後、私はジャージのポケットを探ってみた。
(あ、あった!)
ひっぱりだしたのは、タオルハンカチだ。少々汚れているものの、素手で写真を持つよりはマシだろう。
彼女の差し出した写真をタオルハンカチに包み込むように載せ、私はこれでよし、と頷いた。
その仕草に驚いたように私を見つめてた彼女は、「本当におかしなやつだ」と呟いた。
「あ”~!(よし、では行ってきます!)」
意気揚々と告げると、私はその場を後にした。
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