5. 腐女子と騎士
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注意深く見守っていたが、女騎士に異常は見られなかった。どうやら、水の浄化は成功したらしい。その後も何度か芋虫に水を浄化させ、彼女に水を与えた。
そうこうしているうちに、彼女の身についていた芋虫の状態に変化が訪れた。
黄色い光が消え、ぼとりと芋虫が落ちたのだ。そして、なぜか私の方に這ってくる。
「あ”~~~~!!(ひぃぃぃぃなんで来るの!?)」
慌てて逃げるも、芋虫は追いかけてくる。浄化の芋虫とは違い、こちらはサイズが大きい。突進してくるその様は私にとって恐怖でしかなかった。
スピードはなかなかだが、やはり芋虫なので本気で逃げれば追いつかれることはない。
だが、なんど逃げても諦めずに這ってくるので、とりあえず止まって様子を見ることにした。すると、芋虫は私から数メートルのところで止まると顔を上げてこちらを見た。
「あ”…?」
ぺこり、とお辞儀のようなものをして、そのまま丸くなる。
青い芋虫と同じような仕草だ。ひょっとして、治療完了の報告のつもりだろうか。
「あ”、あ”ぅあ~あ”ぁ”?(仕事、終わったの?彼女、もう大丈夫?)」
わかるわけがないと思いつつも、一縷の期待をして声をかけてみる。
すると、芋虫が顔を上げ、頷くように首(?)を傾けたではないか!
「あ”~!あ”ぅ~あ”ぅーあ”?(ありがとう!ところで、私の言ってることが理解できるの?)」
芋虫は再び顔を上げると、こくりと頷く。
おお!人間である女騎士には元人間の私の言葉は通じなかったのに。
なんということでしょう、こんなところに私の言葉を理解できる存在がいるとは!
…芋虫だけど。
でも、これならコミュニケーションがとれるということだ。勝手なことをしないよう注意することも可能だろう。
ひとまず芋虫をねぎらうと、女騎士に近づいた。
まだ意識は戻らないようだが、呼吸は力強く安定している。一見すると、ただ眠っているだけのようにも見えた。
(うん、顔色もだいぶ良くなったな~)
この様子なら、もう少しすれば目が覚めるだろう。
それはいいのだが、このまま目が覚めれば私は間違いなく斬り殺されてしまう。
それは勘弁してほしいので、とりあえず彼女の西洋剣と盾をとりあげ、離れた岩陰へと隠してみた。これで即殺される心配はなくなった。
安心したところで、先ほど芋虫が張り付いていた彼女の腹あたりを見ると、小さなポーチのようなものがあるのに気づく。
彼女を起こさないようにそっとポーチを開くと、中には財布らしきものと、ミニタオル、携帯食料らしきものが入っていた。
(おお。食料があった、よかった!)
あくまで携帯食料なので、1、2回賄えるくらいだが、ないよりはマシだろう。
少し躊躇ったが財布を覗くと、中には数枚のコインとカード、写真が入っていた。
(…これが、探していた人なのかな?)
写真に映っていたのは、彼女自身と幼い少女の姿。
家らしき建物の前で、二人で笑って映っている写真。
大事にしまわれていたが、少し色褪せた様子から、写真は少し古いものだと思われた。
女騎士は今より少し幼い顔、短い髪で隣りの少女を守るように立っている。
少女は腕にぬいぐるみのようなものを抱えて、嬉しそうに笑っていた。
親密そうな様子と、写真の二人がどことなく似ているように思えることから、家族なのかなとぼんやり思う。
それは幸せそうな写真で、家族を失った自分は、少しだけ胸が苦しくなった。
写真を戻し、1枚だけ入っていたカードを見る。
彼女自身の顔写真がついたそれは、身分証明のようなものに見えた。
そこには字が書かれているが、生憎と読むことはできない。コインも銀色でずっしりと重い、いわゆる銀貨というもので、ここが本当に異世界なのだと改めて感じた。
見たことのない柄の銀貨を戻すと、改めて彼女の身体を確認していく。
命の危険があるような大きな怪我は芋虫が治したが、それ以外の傷もかなりあるようだ。
まあこの程度の傷なら、しばらくすれば自然と治癒するだろう。
そう思いながらふと彼女の顔を見た。…あれ、視線が合ってる―――
「あ”ぐぅっ~(ぐえっ!?)」
ぎょっとしたように目を見開いた女騎士にふっとばされた。
気が付いたら目の前に腐女子がいたら、そうするのも無理はないとは思う。
でも私、何もしていないのに。むしろ助けようとしていたのに。痛くはないけどひどい。
でんぐり返しの途中みたいな恰好になった私は、自分の股の間から怒れる彼女の顔を見た。
女騎士は、すかさず剣を取ろうとして、自身が剣を持っていないことに気づき、また鎧を脱がされていることに気づくとより一層険しい顔をしてこちらに向かってきた。
(って怖い怖い怖い!)
思わずぴょんっと飛び上がると、私を捕まえようと(殴ろうと)突き出された彼女の腕から逃げた。
「このっ…アンデッドのくせに素早いやつめ…!瀕死の私から剣や鎧を奪い、喰い殺そうとでも思ったか!だが、残念だったな、私はまだ生きている。化物の思う通りになると思うな!」
「あ”ぅ”あ”~!!(ひぃぃ!すんごい勘違いされてる!)」
喰い殺される前に殺すつもりなのだろう。
鬼のような形相で追ってくる彼女からひたすら逃げ回る。
「待てっ―…!」
「あ”ぅ”~!!(いやどす!)」
思わず心の中で舞妓言葉が出てしまうほど、結構切羽詰まったところで、息を切らした彼女の身体がぐらりと傾いた。
「くっ―…」
「あ”~…?」
見ると、彼女の顔は青白いというよりは白く、唇は真っ青だった。
考えてみれば、怪我は治したが、失った血液は回復されてないのだろう。
貧血を起こすのは当然だった。むしろ、この状態でここまで暴れられたのはさすがというべきか。
耐えきれなくなったのか、膝を崩した彼女が心配になりそろそろと近づく。
「くる、な―っ…!」
ぶんっと右腕を振られるが、弱々しいものだった。
それ以上近寄らずにしばらく様子を見ていると、彼女は諦めたかのように腕をおろす。
腕を持ち上げることすら難しくなったのだろう。しかし、視線だけは決して諦めまいとするかのように、私を睨みつけている。
「あ”~~?(この匂い…血?)」
漂ってきた鉄臭い匂いに思わず顔を顰める。すると眉毛が落ちたので、慌てて拾ってぺたりとつけた。どうやら、派手に動いたせいで彼女の傷口が開いたらしい。
怪我の場所は、右腕か。先ほどまで白かった袖の部分が赤くなっている。
見つめていると、足元に芋虫がやってきた。どうやら、血の匂いを嗅ぎつけたらしい。
私の顔を見上げるようにして止まった芋虫に頷くと、指示を出した。
「あ”ぅ”あ”~、あ”~あ”ぅ~(彼女の右腕、治してあげて)」
芋虫は、了解!というように頷くと、彼女の方へと這っていく。
女騎士はその様子を呆気にとられたように見ていたが、やがて自分へと近づいてくる芋虫に顔を引き攣らせた。
「な、なんだ!く、来るなっ!」
「あ”~…」
必死に芋虫から逃げようとしている彼女に同情するが、仕方がない。
これ以上血を失わせるわけにはいかないのだ。怪我はさっさと治すに限る。
「やっやめろ!来るな―ひぃっ!?」
まともに動かせない手足をばたつかせながら逃げようとする彼女を気にかけることなく、芋虫は非情にも(?)彼女の腰にしがみついた。
悲鳴を上げた彼女が一瞬、助けを求めるかのように私を見たが、私は黙って視線をそらす。
「あ”ぅ~…(ごめんなさい、でも頑張って!)」
無責任に心の中で声援を送りつつ、ちらりと彼女の方を見ると、芋虫は彼女の腕へと這っていた。力ない腕を必死に振ろうとしている彼女は、だが振り払えず泣きそうな顔になっている。心が痛い。
やがて目的の場所にたどり着くと、芋虫は先ほどと同じように丸くなった。
そして、傷口を覆う芋虫の身体が神々しい光に包まれる。
「これは―…」
その様子に、彼女は目を瞠った。先ほどまで泣きそうだった顔が驚きの表情に変化し、なぜか私を見る。
「まさかとは思うが…治療、しているのか?」
独りごちるかのように、でも何かを確かめるかのような声音で、小さく呟く。
「あ”~!(そうだよ!だから怯えないで!殺しちゃダメだよ!)」
こくこくと頷きながら懸命に伝える。
相変わらずまともな言葉は出せないが、力強い声が出た。
すると彼女は、更に驚いたように目を瞬かせた。
「…貴様、私の言葉がわかるのか?」
「あ”~!!(うんうん、わかるよ!私、こう見えても人間だし!)」
元人間だという事実は置いておく。普通の人よりちょっと外見が怖くて言葉が話せず、落とし物が多いだけの単なる腐った人間だ。
ぶんぶんと首を振って肯定すると、彼女は戸惑ったような顔をしたが、すぐにキッと睨みつけた。
「アンデッドの上級種か…!町に被害が出る前に、殺さなくては…ッ!」
「あ”~?(あれぇ!?)」
おかしい、ここは感動的な場面になるはずではなかったか。
『なんということだ!人間とは知らず、申し訳ないことをした。非礼を詫びよう』
『あ”ぅ~!(いえいえ、大したことないからお気になさらず)』
『ああ!この芋虫も治療をしてくれたのだな!なんとお礼を言ったらいいのか…!』
『あ”~♪(お礼なんてそんな!…この世界にBとL的な腐った薄い本はありますか?』
『そんなことならたやすいことだ!』
…なーんてな具合に。
この世界の男性はどんな感じなのだろう。
目の前の彼女を見るなら、西洋的な感じか。それもまた趣がありそうだ。
阿呆なことを考えているうちに、腕の治療は終了したらしい。
ぽろりと落ちた芋虫が、先ほどと同じようにこちらに這ってくる。
それを見た彼女は慌てて怪我をしていた腕を見ると、苦労しながらもう片方の手で触れた。
「…信じられん…!」
ここからではよく見えないが、おそらく完全に傷口がふさがったのだろう。
呻くように呟いた彼女をよそに、近づいてきた芋虫が私を見上げる。
「あ”ぅ~(治療、ご苦労様)」
まだ直視をすることには抵抗があるが、きちんと仕事をした部下は労わないといけない。
声をかけると、芋虫は頷くように顔を傾け、また丸くなった。
「私を治療してどうする気だ?」
訝るように私を睨む女騎士。
残念ながら、妄想のような展開はないらしい。
少々がっかりしながらも、仕方がないかと諦める。
彼女からすれば、理解ができないだろう。
通常なら命を脅かす敵でしかないゾンビに命を助けられ、怪我まで治療されたのだ。
なんらかの目的があると考えるのが普通だし、怪しまれるのは当然だ。
「あ”~…(う~ん、どうしたものか)」
どうすれば、彼女に信用してもらえるだろうか。
殺されるのはごめんだし、仲良くしたいとまでは言わないけれど、せめて害がないことくらい理解してほしい。そしてできるなら、この場所から連れ出してほしい。
せっかく第二の人生が始まったのだ。…腐女子だけど。できれば楽しみたい。
そんなことを考えていた時だった。
「あ”~~~~!」
「あ”?」
洞窟の入口から、不気味な声がした。
見ると、2、3体のゾンビがおかしな歩き方でこちらにゆっくりとやってくる。
おそらく、彼女の血の匂いを嗅ぎつけたのだろう、腐って今にも崩れ落ちそうな口から汚い涎を垂らしつつ、女騎士へと近づいていく。
近くにいる私のことなど眼中にないらしい。意味のないうめき声を上げながら歩くそれらは映画でよく見るようなゾンビで、実際は、それ以上に醜悪だった。
「くっ―…!」
自身を食糧としてしか見ていないそれらの姿に、彼女は焦ったように身体を動かそうとするが、限界まで痛めつけた身体は動かない。
涎を垂らし、腐臭をまき散らしながら近づいてくる存在は恐怖でしかないはずなのに、彼女は泣きわめくこともせず、気丈に睨みつけている。見事だった。
とりあえず、せっかくの仲間(仮)をゾンビに殺させるわけにはいかないので、隠してあった彼女の剣と盾をとり、戦うことにした。
初めて手にした剣と盾はずっしりと重く、本来のか弱い女性である私の手にはあまるはずだが、この身体のせいか簡単に扱えたことに複雑な気分になる。
こんなごつい剣を軽々とかついでいたら、世の素敵な男性にはドン引かれてしまうかもしれない。
だが、目の前にいるのは文字通り腐った男どもなので、問題なし。
ということで、手始めに女騎士に伸ばしていた一体のゾンビの腕を斬り飛ばした。
「あ”~~!!」
それでも気にせず彼女を喰らおうとするのはさすがゾンビというべきか。
彼女に群がるゾンビの群れを背後から斬り飛ばし、頭が無くなっても動く身体を盾で突き飛ばすと、ひとまず危険は去った。
「あ”ぅ~!!」
「あ”~?(うげっ)」
不気味な声が聞こえて入口を見ると、また新たなゾンビが数体出現している。
慌てて剣と盾を持ち直し、彼女を庇うように前に立つと、邪魔だと言わんばかりにゾンビ達が群がってきた。
先ほどより剣や盾の扱いに馴れてきたせいか、割とスムーズにゾンビ達を斬り飛ばすことができた。ホッとしたのも束の間、また入口にゾンビの群れが見えた。
洞窟の奥にアンデッドの群れがうようよいたことを思い出したのは、それからかなり時間が経ってからだった。
別作品も投稿しています。よろしければ下記リンクからご覧ください。
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