4. 腐女子と部下
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彼女の治療を芋虫に任せ、時折彼女の様子を窺いながら、私は自分にできることを考えた。芋虫が治療しているとはいえ、怪我の具合も気になる。彼女は人間だし、清潔な水や食べ物が必要になるのは間違いないだろう。
だが、ここは洞窟だ。探索した中に食べられるようなものは見当たらなかったし、外に水場はなかった。
ふと視線を向けた先には、幻想的な泉がある。この水には魚も生息しているし、これらが食用になれば言うことはないのだが。
(…とりあえず、私が毒見をしてみるべき?)
この身体になってから、飲食物はなにも口にしていない。そういう欲求もないのだが、同じくなかったはずの睡眠らしきものは、彼女に会う前にしていた気がする。となれば、別に飲食できないわけではないだろう。
(その方が面白いしね)
三大欲求は大切なものだ。少なくとも人間にとっては。
私もほんの数日前までは普通の人間だったのだし、できるならそれにこしたことはない。
そういうわけで、試してみることにした。
とりあえず、彼女の肩当になっていた鎧を一つ手に取る。これは、湾曲する肩に沿う形になっており、ひっくり返せば深皿のようになる。これなら水くらい汲めそうだ。
汚れもないが、泉の隅で丁寧に洗って――なんだかぽろぽろ汚いのが落ちるな、って私の手の皮膚らしきものだった!?
慌てて水から引き上げると、綺麗になった鎧が姿を見せた。
「…あ”~…」
まずは一献、というわけでもないが飲んでみた。
「あ”ぅ”~…」
味がしない。水だからと言ってしまえば簡単だが、本当にそうだろうか。
確かめるようにぐびっと飲んでみる。するとぴゅっと腹から音がして水が漏れた。
慌ててジャージを見ると黒っぽく染まっている。
そういえばお腹には穴があいていた。どうやらそこから水が漏れたようだ。
…漏れた場所が下半身でなくて良かった。この歳になってお漏らしはさすがに恥ずかしい。
これ以上水を飲むことは諦めて、水中にいる魚をじっと見つめた。
肩当を手に、そうっと水中に入れる。音もなく入ったそれを動かし、近くにいる魚をすくおうとするが、魚はあっという間に逃げてしまった。
やはり、そうそううまくはいかないらしい。
まあいい。とりあえずは水だ。すくった水を手に、さてどうしようかと考えた。
一見綺麗に見える水でも、有害物質が溶け込んでいる可能性は否めない。それを確かめる術はないので、このまま彼女に水を与えるのは避けたいところだ。せめて煮沸くらいはしたいところだが、そもそも火の気もなく、火を起こす道具すらない状況だ。
(さて、どうするべきか…)
横たわる女騎士を見る。視界に入った青白い芋虫の存在に眉をしかめ――落ちかけた眉を慌てて押さえつつ、ふと思った。
(…アレって、私が出したんだよね…?)
自分の身体から零れ落ちた芋虫。…いっておくが、私が産んだわけじゃない。人はあんなもの産まないのだ。普通の人じゃないけど。でも、いくらゾンビでも産まないのだ。
だからアレは、私が作った?のだ、きっと。無理矢理自分を納得させて、次の思考へとうつる。
(…もし、それが私の能力なのだとしたら―)
虫を作るなんて能力、欲しくはないというか心底嫌なんだけど、でも、女騎士の命を繋いでくれているのは、紛れもないあの芋虫で。だからこそ、迷いながらも願った。
(この水を浄化して、人が触れて飲んでも大丈夫なようにしたい…!)
強く強く、願った。
(できれば虫以外でお願いします!)
ぽとん。
小さな音がして、ぎゅっと瞑っていた目を開ける。と、そこには。
「あ”ぁ”~…」
小さな青い芋虫が、出現していた。綺麗な青色。深く、はっとするような。それが芋虫でなければ感動していたかもしれない。ムシのいい願いは叶わなかったようだ、虫だけに。少々がっかりしつつも、うごうごと蠢いているそれの近くに水を入れた肩当を置いた。先ほどより小さな芋虫とはいえど、虫は虫。直接触ったらゾンビなのに気絶してしまう。
芋虫はすぐに肩当に近づくと、器用に身をくねらせながら肩当を上り、水の中に入った。
(えっ入るの!?)
内心ぎょっとしたが、芋虫が入った途端、青白く輝きだしたのを見て、なんとなく浄化中なのかと理解する。
しゅわしゅわしている水を覗き込むと、芋虫はしばらくじっとした後、また蠢いて這い出してきた。どうするのかと見ていると、そのまま私の足元に這ってきて顔を上げる。
そのまま蹲ると丸くなった。芋虫の不思議な動作に面食らう私の前で、芋虫はそのまま動かなくなった。動かないが時折身じろぎするところを見ると、どうやら寝ている?らしい。
芋虫が這い出てきた肩当を見ると、驚くことに新品のようにピカピカになっていた。
水で落ち切らなかった汚れもなくなっている。さすがに、ついている傷はそのままだったが。中を覗き込むと、心なしか水の透明度があがっているかのようだ。ほんの一瞬の間にこの小さい芋虫は浄化をしたのだろうか。
「あぅあ”~~!(すごいじゃん、芋虫!)」
思わず声を上げると、丸まった芋虫がぴくりと反応した。そろそろと頭を上げて、まるでえっへんとでも言うように背を反り返らせる。その仕草がまるで自慢している人間の子供の様で思わず吹き出した。なんとなく、可愛い。
「あ”~あ”ぁ~(ありがとね)」
まだ怖くて触れないけどそう声をかけると、芋虫は頷くように頭を下げて、また丸くなった。一仕事を終えたので休むのだろうか。ゆっくり休んでほしい。
(というか、仕事を終えても消えないのか…)
人でなしなことを思いながらも、浄化された水を手に女騎士のもとへと向かう。
まだ健康には程遠い顔色だが、先ほどよりは随分良くなったようだ。呼吸もきちんとしている。
その様子に安堵すると、口元に水を近づけた。
「ぅ…んくっ」
(あ、飲んでる)
いまだ意識がないのでどうかとも思ったが、喉が渇いていたのか無意識に喉を鳴らす様子に嬉しくなった。
こうしてじっくり見ると、本当に美人さんだ。
意識のない美人さんに無理やり液体を飲ませる腐女子―…端から見ると事案だが、誰もいないから大丈夫だろう。
用意した水はすぐになくなった。気のせいか、女騎士も満足そうな顔をしている気がする。
しばらく様子を見ることにするとしよう。
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