2. 腐女子の嗜み
「あ”~…お”ぇ、げほげほ」
どのくらい歌ったのか。カラオケのような伴奏など望むべくもない不気味な洞窟が真っ暗になる頃、私はようやく歌うのをやめた。さすがに声を出しすぎたのか、思うように発声できなくなったのだ。ゾンビといえども限界はあるということだろうか。
それにしても、なかなかに充実した時間だった。前世でのヒットソングは勿論のこと、大好きなアニメソングやちょっとマイナーなジャンルまで、色々歌った。
相変わらず唸るような声しか出せなかったが、少しコブシをきかせたり、切なそうな声を出したりと、工夫はできるようになった。あくまで自分の感覚ではあるが。
最終的に身体を大きく動かして完璧に振り付けた曲を熱唱し、一人カラオケものまね大会は私に惜しまれつつも終了した。次はもっと歌いたい。
さて、これから何をしよう。
時計を持っていないので時間はわからないが、いつの間にか辺りは真っ暗になっている。歌い始めた時はそこそこ明るかったので、少なくとも数時間は歌っていたということだろうか。本来ならそろそろお腹がすいたり、喉が渇いたり、はたまた眠くなったりと深刻な事態になっているところだろうが、そこはこの身体。お腹もすかないし、喉の渇きや眠さもない。そういった欲もないようだ。内心複雑さはあるが、こんな状況である以上、むしろ今の状態に安堵した。
安心したところで、洞窟内を探検することにした。
どういうわけだか、真っ暗な洞窟の中でも、辺りの様子は良く見える。
まるで夜目が利く猫のようだ。やはりゾンビだから暗闇には強いのだろうか。
洞窟は、かなり奥まで続いている大きなものだった。
私がいるところは、入口から奥まで行く道の最中にある枝分かれした道の一つである。
ここ自体が少し小さめの細長い洞窟になっていて、奥にはなんと小さな泉まであった。
こんな場所にある泉だからどれほどおどろおどろしいものかと思ったが、近くに小さな沢のようなものまであり、水が外へと流れているらしく、透明度の高い美しいものだった。水質まではなんともいえないが、よく見ると水の中には魚まで泳いでいるので、有害ではないのではないだろうか。
ここの岩肌は他の違うのか、きらきらと光っているため、水面も反射して幻想的に見える。
他に誰もいないこともあり、まるで秘密基地のようで少しわくわくした。…現実には、外にモンスターが漂う超危険地帯なわけだが。
そうなのだ。
この枝分かれした洞窟を出ると、そこには様々なモンスターが闊歩していた。
大きな豚や猪のような、それらを10倍以上凶悪化させたようなモンスター。
形のよくわからないゼリー状の明らかにやばそうな青いモンスター。
さらに奥に行くと、私を襲ったアンデッドなモンスターがうようよと…
「…あ”~…」
(うっぷ、思い出すだけで気分が悪い)
腐りかけたモンスターの集団は、まるで三流ホラーを見ているようだった。
私のように意志があるようには見えず、ひたすら呻いて獲物となる標的を探すだけの存在。
あまりにも醜悪で、すぐに引き返した。
とりあえず、最初の入口まで戻ってみる。すると入口には、最初に私に襲い掛かってきたモンスターがいたが、私の姿を見るとなぜか逃げた。…どうやら、ゾンビはお気に召さないらしい。
他のモンスターも、私を襲うことはなかった。まったく興味を示さないどころか、むしろ避けられているような…。
おかげさまで、人間にとっては超危険なこの洞窟内も、私は自由に歩き回ることができた。最初はおそるおそるだったが、襲われないということを認識してからは、積極的に探検してみた。その結果、この洞窟はまるで迷路のようになっている巨大なものだということがわかった。下手に奥まで潜ると出てこられなくなりそうだ。なんの準備もせずに深入りするのは避けたかった。
入口のモンスターがいなくなったので、洞窟の外に出ると、明るい月が辺りを照らしている。月明かりは地球で見たものと変わらない。冷たいようで温かい光。鼻の奥がツンとなったが、おそらく気のせいだろう。涙は一粒も出なかった。代わりに右目の上瞼が落ちたので、慌てて拾って貼り付けた。
一通り探検を終えると、とりあえず私は元の場所に戻ることにした。
奥へと続く途中で枝分かれした、細い洞窟。池の近くにある岩に腰を下ろす。
身体に疲れはないけれど、精神的になんか疲れた。しばらく休むとしよう。
眠るわけではないけれど、瞼を閉じて―あ、瞼が落ちた。強引に貼り付けて目を瞑ると、視界が本当の意味で真っ暗になった。
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