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1. 腐女子の誕生

よろしくお願いいたします。

気が付いたら、洞窟で倒れていた。

ぴちょん、と頬に水滴が打たれるのを感じてむくりと起きる。

きょろきょろと周りを見回すが、薄暗く湿った洞窟であるということ以外は、普通のおどろおどろしい場所だった。


(…酷い目にあった)


ここでこうして目が覚めるのは、二度目になる。

一度目に目覚めた時、私は自分が見慣れない場所にいることに呆然とした。

ほんのつい数分前まで、待ちわびていた新刊を手にるんるん気分で本屋から出た私は、大通りに出るなり人生で初めて味わう強い衝撃にぶつかってふっとばされた。

文字通り空を飛んでいたのだと思う。…ほんの数秒だけだけど。

後で考えてみれば、おそらくトラックにでもぶつかったのだろう。浮かれすぎてロクに周囲を見ることもせず、スキップしたまま大通りを渡っていたのが悪かったのか。

再び強い衝撃にみまわれ―多分、地面に激突した時だろう―次に気が付くと、この世界にいた。


異世界。

昨今ではよくある物語だと思う。

かくいう自分も異世界物を取り扱った物語は大好物で、先ほど購入した本もその類だった。

だが、いざ自分がその世界に行くとなると―想像以上にダメージを受けることになった。


なにせ、なにもないのだ。

正確には何一つ持っていない。

水も食糧も、パソコンも携帯も、生活必需品ですらも、何一つ持ってきていない。

友人も家族もここにはない。

それどころか、この世界に生きるにあたり、必要最低限な知識すらないのだ。

物語のように、転生前に神様に会うだとか、チートな能力もない。

ただ、身一つで突然放り込まれたのだ。呆然とするしかなかった。


更に不幸だったのは、どうやらここが人里ではなかったということだろう。

気が付いたのは、見たこともないほど大きな木が立ち並ぶ、薄暗い不気味な森の中。

どこからともなくギャアギャアと気味の悪い動物?らしき声もする。その声に慌てて立ち上がると、ふと顔を上げた先、トラのようなライオンのような、―それらを20倍にしたかのような三つ首の魔物がいた。


唸り声を上げて襲って来ようとしたその魔物から必死に逃げて飛び込んだ先がこの洞窟だった。すぐに中に入ってきて殺されるのかと思いきや、なぜか魔物はグルグル唸るだけで中に入ってこようとはしなかった。だが、怖いものは怖いわけで、私は魔物から遠ざかるために洞窟の中、奥へと向かい、そこで―


思い出した。

できれば忘れてしまいたかった生前(・・)の出来事。

それは、アンデッドモンスターに襲われて呆気なく死んだ、ということだった。


「あ”あ”~!」


思わず上げた自分の声の不気味さにぎょっとする。

なんだこの声。

あれだ、よくやるホラーゲームに出てくるゾンビが呻く声をもっと気持ち悪くしたような、そんな声。


「…あ”?」


おそるおそるもう一度声を出してみる。だが、やはり不気味な声は変わらない。

思わず口を手のひらで抑えようとして―視界に入った手、らしきものに思考が止まった。


茶色、というよりは、腐りかけた赤色のような気色の悪いソレ。

赤黒い、気味の悪い色なのに、変に血の気のないかさついた肌は、明らかに腐りかけていた。指先はボロボロで、白いものが見える。爪などではない。爪なんか、一枚もない。それらはおそらく、本来露出していてはいけないもので。


思わず、叫んだ。

その声も、まるで普段の自分とはかけ離れている不気味なもので。あわてて立ち上がり自分の身体を見てみる。―惨状は、手だけではなく、見渡す限り全身に広がっていた。


「あ”ぁあ”~~~…」


不気味な、でもどことなく哀愁漂う声が洞窟に響き渡る。

それが、二度目の生の始まりだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「あ”~あ”~あ”~あ”~♪」


不気味な洞窟内に、不気味な声が響き渡る。

声は、不気味ながらも音程を刻んでいるようだった。

発生元は、洞窟の端に蹲っている―よくよく見ると、体育座りをしている―一体の、ゾンビ。俗にいうアンデットという類の魔物だ。…私なのだが。


自分がゾンビになっているという事実には、さすがの自分もしばし落ち込んだものだが、じきに立ち直った。

なってしまったものは仕方ない。それより、この先どうすればよいのか考えるのが先決だった。


とりあえず、適当に体を動かしてみるが、特に問題なく動くようだ。ゾンビという種類のせいか、身体から色々と落とし物(・・・・)をするのが難点だが、身に着けていた服のおかげで大分助かっている。


(ジャージ、万歳!!)


身に着けていたのは、生前着ていたジャージだった。それも、名前入りの学生ジャージだ。

色は、明るい緑。ジャージらしく、両サイドに白い線が二本ずつ並んでいる。

学生ジャージという性質上、普通のジャージに比べて造りはよく、丈夫だ。その甲斐あってか、こんな姿になってもジャージに大きな破損はない。

ただし、ところどころ穴はあいていたり、ちぎれていたり、血やそれ以外の汚れがついていたりはしているが、ファスナーを上げて閉められるおかげで、落とし物は少なくて済む。


(…文字通り、身は軽くなるんだけど)


落とすものは内臓なので、落とすと物理的に軽くなる。が、だからといって落としたままなのは気分が良くない。ゾンビなので動くのに支障はなさそうだが、一応は自分の大切だったものなのだ。できる限りなくしたくはない。かといって、落とすたびに詰め込む作業もなんだか悲しい。いずれもっとなんとかしたいものだが、とりあえず今はジャージでしのぐほかなさそうだ。


身体を動かすことには支障はなかったので、次は発声練習をすることにした。

だが、こちらは思ったようにはいかなかった。声帯自体が潰れているせいか、まともな声が出せないのだ。ゾンビのようなうめき声しか出ず、意味のある言葉を発することができない。


(って私、ゾンビだった)


しかたなく言葉を発するのは諦め、とりあえず不気味な声をどうにかしようと音程を変えながらうなってみた。不気味な声には変化はないが、慣れてくると音程を刻むことはできる。嬉しくなって、あ”~あ”~言いながら歌を口ずさんでみた。


「あ”う”あウ”ァ~~♪」

(おお、わりといい感じ!)


思わず喜びの声を出してみたが、残念ながらゾンビ的なうめき声にしかならなかった。

だが、前世で大好きだった歌を口ずさんでいるうちに、なんとなく楽しくなってきて、思わず身体を揺らしてしまう。それでも足りずに、立ち上がって身体を揺らし始めた。


薄気味悪い洞窟の中、妙に明るい不気味な歌声が響き渡る。それは、外の世界が暗くなるまで続いた。

明日も投稿します。

別作品も投稿しています。よろしければ下記リンクからご覧ください。


https://ncode.syosetu.com/n9310ed/

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