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5月13日〜5月14日

□ 五月一三日 夕方 同窓会会場


 夕方、高校の同窓会に出席するため、再び母に駅まで送ってもらう。


 車の助手席に乗り込んだ時、運転席に座っていた母は目を丸くした。


「ちょっと博美、もしかしてそんな格好で行くの?」


 母の視線は、わたしの紺のパンツスーツ、いつも大学へ持って行く肩がけ鞄、そして申し訳程度の高さしかないヒールへと、ゆっくり動いていった。


「何か変?」

「変って……、貴女、入社面接にでも行くつもり? もう少し良い服はなかったの? せっかくの同窓会でしょ」

「スーツなら無難かなって」


 むしろトレーナーにジーンズでないことを褒めて欲しいくらいだ。それに今は口紅だってつけている。


 しかし母は呆れたように首を振った。

「やめてよ、そのサラリーマンみたいな言い方。もう少し派手でも良いと思うけど」

「別に、結婚披露宴に出るわけじゃないし……」


 そして会場について驚いた。地元では一二を争う洒落たレストランを貸し切って行われる同窓会に集う人々は皆華やかな格好で、まるで結婚披露宴のようだった。


 窓ガラスに映る、テストの試験官みたいな堅苦しい自分の格好を見て、急に場違いなところに来てしまったんじゃないか、母の忠告を素直に聞いておけば……、無性にその場から逃げ出したくなった。


 回れ右をして会場を後にしようとしたその時、

「あっ、博美じゃん!」「本当だ、久しぶりー!」

 引出物の袋を持っていても全く違和感のない格好をした二人の女性が駆け寄って来た。


「……もしかして、千恵に茜!」

「そうそう、覚えててくれた?」「博美変わらないね、すぐにわかったし」


 二人は、高校時代バレー部で一緒になった、最も仲良しの同級生だ。しかし声をかけられなかったら気づかず通り過ぎていただろう。それくらい千恵も茜も見違えていた。二人ともわたしと違って高校時代はとても可愛くて、何人もの男たちが彼女たちに挑んで玉砕していったと噂が立つほどだったが、十年経った今、やはり二人は可愛いのだけど、それ以上に大人らしい魅力的な女性になっていた。


「あそこに席確保してあるから。さっ、博美、行くよ」


 わたしは二人に引っ張られ、テーブルに座った。会場ではすでにあちこちでグループが出来上がり、早速昔話に花を咲かせたり、名刺交換したりしていた。


「とうとう俺、主任になったぜ」「あっ、俺は課長代理。部下が全然言うこと聞いてくれなくて困ってるよ」「お前が上司なんて、部下になったやつは不幸だな」


「引っ越そうと思ってるんだけど、一戸建てとマンション、どっちがいいかな?」「貯金は大丈夫?」「まあ、投資信託がそこそこうまく回ってるし」


 などなど、周りから漏れ聞こえてくる話に耳を傾けていると、ますます自分が場違いな気がして来て、帰りたくなってきた。


 そうこうするうちに、バレーボール部の中でも特に周りの面倒見が良くて、三年生の時には部長も務めた千恵が、早速ビュッフェボードからビールと食べ物を運んで来てくれた。


「じゃあ、あたしたちの再会を祝して、乾杯!」

「乾杯!」

「あっ……、乾杯」


 わたしはワンテンポ遅れて、グラスを掲げた。


 グラスを一気に半分空にした茜がこちらに視線を向けた。

「どうした博美? せっかく会えたってのに、あんまり元気ないな」

「えっ、そんなことないよ」

 ぶるぶると首を振って、グラスを傾けた。


「でも、博美って昔からこんな感じでしょ」

 と、海鮮サラダとローストビーフを各人の小皿に取り分けながら千恵が言った。

「そうだっけ? あっ、ありがと」茜が千恵から小皿を受け取る。

「突然、心あらずっていうか、意識が飛ぶっていうか。ほら、高二の時の紅白試合で、コートの上で突然博美が動かなくなって。そしたらボールが頭に……」

「あった、あった。で、綺麗なヘディングが決まって、サッカーやってんじゃねえぞって顧問の先生が爆笑してて」

「えっ、そんなことあったっけ?」

「覚えてないの! ……はい、これ、博美の分。……滅多に笑わない先生が、目に涙を浮かべて腹抱えてたんだよ、他の部員だった子たちも覚えてるよ。あっ、そう言えば、顧問の先生といえばさ、この話覚えてる……」


 こうして気づけば、すっかり高校時代の昔話に花を咲かせていた。部活のこと、修学旅行で生まれて初めて飛行機に乗って大騒ぎしたこと、文化祭で演劇をやって台詞を噛みまくったこと、そして普段の教室での出来事……、たわいのない会話だったが、千恵と茜と話しているうちに、高校時代の出来事を次々に思い出し、だんだん楽しくなってきたわたしは、心の底から笑った。そしてふらりとテーブルに近づいてきた同級生たちと挨拶して、更に昔話は盛り上がる。その頃には、会場に来た直後の憂鬱な気分はすっかり忘れてしまった。


 同窓会に来て本当に良かった。持つべきものは友だちだ。


 ようやく、話題が落ち着いた頃、茜がなんと日本酒を注文した。


「あれ、茜って日本酒飲むの?」ビールからカクテルに変わっていた千恵が驚いた声を上げた。「この前会った時はワイン一筋って言ってなかったっけ?」


 わたしと違って、千恵も茜も地元の企業に就職しているので、ちょくちょく会っているようだ。


「そうなんだけど。最近日本酒もいいかなって思い始めてて。歳を取るとわかることもあるのね」

「やめて、そんな話聞きたくない」千恵がわざとらしく耳を抑える。

「だめだ千恵、現実に目を背けちゃ。三十路への入り口はすぐそこにまで迫っている」

「きゃー!」


 わたしも悲鳴をあげそうになったが、ぐっと我慢した。


 茜は徳利からお猪口に透明な液体を注いだ。「まっ、半分冗談として。日本酒に目覚めたのは、旦那の影響も大きいかな」


「「えっ!」」


 わたしと千恵は目を合わせ、それから茜に視線を向けた。茜はお猪口を口につけて、言った。


「あたし、先月とうとう籍を入れたの」

「本当に! なんて言ってくれなかったの!」

「二人には今日直接会って知らせようと思ってたから」

「もしかして相手は、この前言ってた、銀行員の?」


 茜はこくりと頷いた。


「なんてこった、まさか茜がわたしたち三人の中で一番乗りだなんて」千恵が身を乗り出し、茜の手をがっちりと両手で握りしめた。「結婚、おめでとう!」


「おめでとう、茜」


 わたしもお祝いの言葉を述べると、茜は顔を赤くしてはにかむような笑みを浮かべた。


「秋に式と披露宴するの、来てくれる?」

「当たり前じゃない。あたしたちが祝わなくて誰が茜のことを祝うと思ってるのよ。たとえ招待されなかったとしても強引に押しかけるわ。ねっ、博美?」

「うん、もちろん。絶対参加するから」

 と口にはしていたが、心臓はどきどきと激しく高鳴っていた。昼間の母の言葉を思い出してしまったからだ。


 千恵は席に座ると、デザートの小さなチョコレートケーキを口の中に放り込んだ。「そっかそっか。残りはあたしと博美だけってことになるのね」

「千恵だってあと少しじゃないの。この前言ってた、合コンの彼氏は?」

「ああ、あいつ? 顔は悪くなかったけど、マザコンだってわかって、別れたわ。あたし、マザコン、オタク、長男、身長百七十センチ未満、年収五百万未満はお断りなの」

「相変わらずの高望みね。そんなに遊んでばっかりじゃ、気づいたら貰い手いなくなってるよ」

「大丈夫だって。その気になればなんとかなるわよ。遊べる時に遊んで、男を見る目を養っておかないと、本当に良い人とは巡り会えないわ。博美もそう思うでしょ?」

「えっ、ええ……、そうね」


 未だかつて、合コンすら参加したことがないとはとても言えなかった。大学時代は部活やサークルにも入らず、ひたすら勉強とバイトに勤しみ、今は研究とバイトで忙しい身としては、そんなことをする余裕は時間的にも経済的にもない。たとえ、万難を排して合コンに参加できたとしても、同窓会に紺スーツで参加するようなわたしの器量では連絡先交換すら難しいだろう。


 そんなわたしの気持ちなど知る由もなく、千恵はわたしの手を握り、「お互い頑張りましょ」と言った。


「うっ、うん。頑張ろうね」


 わたしは曖昧に頷いた。同じ未婚同士でも、千恵とは雲泥の差だ。わたしには彼氏も……男性経験もないのだから。



□ 五月一四日 実家


 同窓会の翌日、昼過ぎまで寝て——つまり二日酔いだ。旦那が待ってるから早く帰らなきゃと言い残して茜が去ったあと、千恵との二次会に付き合わされた——、あとは、母の買い物に付き合って郊外の大型スーパーへ行ったり、祖父が残した資料に目を通したりで一日が過ぎた。


 夕食はクリームシチュー、わたしの大好物だった。

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