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7月8日

□ 七月八日 大公屋敷


 頭痛で目を覚ました。


 ……二日酔いだ。


 しかし、のんびり寝てはいられない。わたしは素早く準備を整えると、部屋を出た(マリエルが来てくれなかったのは、きっと彼女も二日酔いだからなのだろう)。


 玄関先で、同じく外出しようとしていたテレーズとばったり出くわした。


「おはようございます、テレーズさん」

「おはようございます」


 昨日は、店主から「このままじゃ、酒蔵が干上がっちまうから帰ってくれ」と泣いて頭を下げられるまで飲み明かしたにもかかわらず、彼女は顔色一つ変わっていなかった。わたしもお酒は強い方だが、彼女は遥かに上だ。やはりこの女性だけは敵に回してはいけない、と改めて悟った。


「あの、昨日はありがとうございます。おかげでだいぶ気が楽になりました。それにしてもテレーズさん、実は結構饒舌なんですね。びっくりしました」


 テレーズはわたしから視線を逸らした。

「昨日とは、何のことですか?」


「えっ? 何言ってるんです。マリエルとアランと一緒に飲みましたよね。で、いろいろアドバイスをくれて……。でも結局最後は、愚痴の言い合いになったじゃないですか。テレーズさんも隣国の大使のことを強欲古狸って、何度も叫んでて」


「ごほん」テレーズが大きな咳払いをしてから、小声で囁いた。

「昨日はわたしと貴女の間で、何もなかった。酒はもちろん愚痴も口にはしていません。よろしいですね」


 テレーズの強烈な眼力にわたしはぎこちなく頷いた。……完全なオフレコにしたいらしい。


 テレーズの馬車が先にやってきて、彼女は馬車に乗り込んだ。そして出発する直前、窓から顔を出した。

「では、魔導書調査を引き続きお願いします。無理はしないでほしいですが、でもわたしは、……ヒロミに期待しています」

 そう言い残し、馬車は行ってしまった。


 走り去るその姿を見ながら、わたしは、テレーズとはこれからもっと仲良くなれるかも、と思い始めていた。



□ 七月八日 大学の大図書館


 大学の図書館に向かうと、アランが青白い顔をして立っていた。論文の方でまた問題でも? と一瞬思ったが、すぐに彼も二日酔いだと気づいた。お酒上等の女子三人の中に放り込まれた、唯一の男子にしてほぼ下戸の哀れな子羊……、ご愁傷様としか言いようがない。


 さて、と気合を入れなおし、文献調査の続きを始める。

 しかし、気合と根性だけで光明が得られるほど研究は甘くない。結局、泣きたくなる気分を必死に堪えながら、一行一行、必死に文章を辿っていくしかないのだ。


 昼を過ぎた頃、軽食を持ってマリエルがやってきた。


「ようやく起きたのね、メイドさん」


 わたしの一言に、マリエルは「えへへ……」と照れ笑いを浮かべながら、料理を配っていた。


 そして、三人で食事を始めた直後、彼女は言った。

「でも久しぶりにヒロミの軽口を聞けたわ。いつものヒロミが戻ってきてくれた感じがする」

「軽口って……。わたしってそんなに皮肉屋だと思われてるの?」

 マリエル、アラン二人そろって頷かれた! いたって真面目に生きているつもりなのに、ショックだった。


 でも、いつもの調子を取り戻せたのは、二人のおかげだ。わたしは改めてお礼を言った。

「ありがとう、二人とも」

「気にしないで、ヒロミの辛そうな顔を見てたら、あたしも辛いし」


 にこりと笑いながら、マリエルはパンをちぎって口の中に放り込んだ。


「ところで、実際のところどうなの? 魔導書探しってやつは」


 わたしは肩をすくめ、正直に現状を語った。

「今は文献を調べて仮説を絞り込もうとしてるのだけど、とにかく数が多過ぎて、とてもじゃないけど終わる気がしないわ。正直、わたしたちも鍬を持ってしらみ潰しに穴を掘ったほうが早く見つかるんじゃないかしらって、思い始めているとこ」


「へえ……」マリエルはぱくりとソーセージにかぶりついた。


「マリエル、意味わかってる?」胡乱な表情でアランがマリエルを見た。


「もちろんよ」マリエルは自信たっぷりに言った。「本を読んでるんでしょ」


 アランはだめだこりゃ、と言いたげに頭を振った。が、そんな様子もお構い無しに、マリエルは間近にあった本を開いた。

「あたしだって本くらい読めるわ。ああ、これ『赤いマフラーの小さな女の子』のお話ね。昔よくお母さんに聞かせてもらったっけ」

「マリエル、邪魔するなら、もう帰ってよ」とアラン。

「邪魔してないわよ。本を調べるんでしょ、だから手伝ってあげようと思って。これって、凄く悲しい話よね」

「人の話を聞け……」


「でも、そういえば」

 わたしはふと思い出したことを口にした。

「わたしもヘッセ村でその話を読んだけど、元の世界にも似た話があるの。『赤ずきん』って言うんだけど」


「へえ」アランは一転して興味深げな顔つきになった。「偶然にしては面白いですね」


「ええ。それで記憶に残っていたんだけど、その本の主人公の女の子、四歳くらいなのにおばあさんに会いに山を登ったって書いてあって、どれだけ健脚なんだよって、思わず突っ込んじゃった」

「確かに、言われてみれば」と、マリエル。

「ああそれですか」一方、アランは何でもない様子で言った。「あれ、僕たちの言う山じゃありませんよ、今の言葉で言えば、丘です」


「えっ?」

 わたしとマリエルは顔を見合わせた。


「昔、と言ってもまだ数十年くらい前ですけど、山も丘も同じ山と呼ばれていた頃があります。ほらマリエル、村の老人たちが、村にある高台も山って言っているだろ」

「そうだそうだ、あたしのおじいちゃんもよく言ってる」マリエルが納得した様子で頷いた。


「なるほど、そういう話ならわたしの世界にも……」

 と、言いかけたところで、わたしの脳裏に激しい電流が走った。


 一つの仮説が、瞬く間にわたしの頭の中に構築されていく……。


「アラン!」


「はっ、はい!」アランは背筋をピンと伸ばした。


「聖典とか関係なく、古代神聖文字で書かれた書物をありったけかき集めてきて」


「ヒロミさん、突然どうしたんですか?」


「もちろん調査よ。わたし……、魔導書の在り処がわかったかもしれない」

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