6月23日〜6月26日
□ 六月二三日 大学
悪い話は続く。
クレメンスがグロウ川の調査から帰ってきた。
成果は得られなかった。
魔導書探索計画の会議中、クレメンスは突然何かに取り憑かれたかのように、わたしたちの前で机を強く蹴り、絶叫した。
「くそっ! 一体、魔導書はどこにあるというのだ! そもそも本当に魔導書なんて存在するのか!」
「枢機卿!」
すかさずドミニクが窘めた。頭を激しく掻いていたクレメンスはハッと顔を上げ、しばらく唖然とした表情であたりを見渡していた。そして「ゴホンッ」と小さく咳払いした。
「すまない、聖職者としてあるまじき発言をした。どうか私に懺悔の時間を。ドミニク君、続きを頼む」
クレメンスは逃げるように会議室から去っていった。
それからも会議は続いたが、会議室は重々しい空気に包まれていた。もはや打つ手なし、といった様子だ。大勢の教授、大教授たちがしきりにわたしの方へ視線を向けてくる。今こそ伝承の賢者による助言が求められていることは、嫌という程わかっている。しかし、わたしの方も正直手詰まりに近かった。古い文献を調べ続けても有力な情報は依然として見つからない。
もっと調査に時間をかけないと。
□ 六月二四日 大学の大図書館
わたしは今日、図書館の窓から朝日を拝んだ。
まさか異世界においても、文献調査で徹夜する羽目になるとは思わなかった。
わたしの隣には、テーブルに突っ伏し涎を垂らしているアランの姿があった。さすがにこれ以上付き合わせると本当にパワハラで本人あるいはマリエルから訴えられそうだ。しかし、彼の献身は本当に嬉しい。魔導書調査が終わったら、今度はわたしが彼の論文作成を手伝ってあげたい、と強く思う。
しかしいつ終わるだろうか? 夜通し文献を確認し続けたが、これと言った情報は手に入らなかった。クレメンスでなくとも叫び出したい気分だ。
神聖騎士団からの連絡は今日もなかった。
□ 六月二五日 大公屋敷
二日連続図書館で夜を明かす、という気にはさすがになれなかったので大公屋敷へ帰ってベッドで寝たが、頭痛と体のだるさは残ったままだ。
「少しは休んだらどう?」
と、マリエルは言ってくれたが、現状を打開しようとみんな必死になっている状況で、わたしだけ休んではいられない。
「アランと一緒で、ヒロミもトコトンのめり込むタイプなのね」マリエルは呆れたような表情を浮かべつつも、「せめて何か元気になる料理を作ってもらうように頼んでくるわ」と言ってくれた。
しばらくして、マリエルはお椀を持って調理場から戻ってきた。差し出されたお椀の中を覗くと赤黒いネバネバした液体が入っていた。
「ヒロミの話をしたら、料理人がこれをくれたの。彼の話だと、これを飲めば滋養強壮、精力増進、朝から晩まで野生解放! 兵士たちも戦いの前に飲むんだって」
「へぇ」
どうやら栄養ドリンクの類らしい。まさか異世界に来てまでこいつの世話になろうとは……。
わたしはゆっくりと口に含んだ。この世のものとは思えないほどの苦味が襲って来た直後、身体中の血管という血管が膨張した。瞬く間に、全身が熱くたぎってきて、頭痛も体のだるさも吹き飛んだ。こいつの前では三千円級の栄養ドリンクもただの水だろう。これまで幾多の種類を試し、木坂研の栄養ドリンクマイスターと称されたわたしが言うのだから間違いない。
「やだ、何これ、凄い。まさかこれも魔法ってやつ?」
「さあ」マリエルは首を振った。「あたしも料理人に材料を訊いたんだけど、『お嬢さんたちは知らない方がいい』って」
「……」
わたしは改めて、まだ中身が残っているお椀を覗いた。赤黒い液体に無数の小さな粒々が浮かんでいた。そして、かすかに卵が腐ったような匂いも漂ってくる。
——なるほど、確かに知らない方が幸せなこともあるのだろう。
そしてわたしは目をつむり、残りの液体を一気に飲み干した。
□ 六月二六日 大学の大図書館
日付が変わってもまだ目が冴えている! 恐るべし、異世界の栄養ドリンク。
しかし昨日から今日にかけての調査も進展なし。そもそもの方法論が間違っているのではないか? そう思えてきた。
神聖騎士団からの連絡は今日もなかった。




