5月18日〜19日
□ 五月一八日 教会堂の自室
今日も日の出とともにアランが起こしに来て、紅茶を一緒に飲んだ。アランは午前中、村の仕事があるということで、一人出かけていった。わたしは自室に戻って、昨日の出来事をメモ帳にまとめていたら、突然、画面がブラックアウトした。
スマホのバッテリーが切れたようだ。
当然だろう。昨日一日、翻訳ソフトを使いまくって、村中の風景を写真に収めていたのだから。
しかし、慌てることはない。わたしと共に異世界へやってきたリュックサックには、現代フィールドワーク七つ道具の一つ、モバイルバッテリーが入っているからだ。
悠然とバッテリーを取り出し、ケーブルをつなぐと、しばらくしてスマホは復活した。
こうして、今回は事なきを得たが、モバイルバッテリーもそんなに残量があるわけではない。あと、一、二回で尽きてしまうだろう。
もちろん、コンセントなどという文明の利器はこの世界に存在しない、日の出とともに起き、日の入りとともに眠るこの世界の主たる照明はランプである。つまりこのまま残りのバッテリーを使い果たせば、スマホは漬物石にすらなれない、ガラクタと化す。
アランやマリエルとのコミュニケーション手段を翻訳アプリに頼っている現状、バッテリー充電方法の確立は死活問題だ。
何か良い方法は無いだろうか? 打開策を求めリュックサックを漁ると、奥から太陽電池が出てきた。スマホを充電できない環境に何日も置かれたらどうしようと思って、大昔に買ったけど、結局ほとんど使わず、そのまま忘れてしまっていた。
しかし今のわたしにとっては、これぞ天の恵みだ!
とりあえず荷物は持てるだけ持っておくものだ。わたしはパンパンに膨らんだリュックサックを見て、大きく頷いた。
本日は快晴、絶好の充電日和である。
わたしは教会前庭の花壇の隣で太陽電池を広げた。しばらくして、バッテリーの充電中を示すランプが点灯した。
それから、近くの石に腰掛け、メモの続きをスマホに入力していると、
「おーい」
と、声がした。顔を上げると、マリエルが手を振りながら庭に入ってくるところだった。
「ヒロミ、今何やってるの? って、あっ。ちゃんと着てくれたのね」
マリエルはわたしの服を指差した。さすがに何日も同じ服を着るわけにはいかないので、昨日もらった服の一つを着ていた。スカートでしかも丈が短いせいで、足元はだいぶスースーして、かなりの違和感がある。
「似合ってるよ、それ」
「本当に? ありがとう」
半分世辞だろう、それでもわたしが服で褒められるなんて滅多にない。今後はジーンズ以外も選択肢に入れていいかもしれない。
「それでマリエル、今日はどうしたの?」
「実はアランに用事があって」マリエルはきょろきょろとあたりを見渡した。
「彼なら村の用事で出かけているけど」
「そう、……困ったなあ」マリエルは悩ましげに頰に手を当てた。「畑手伝ってもらおうと思ったのに。おじいちゃんが腰を痛めちゃったから」
今こそ一宿一飯の恩に報いる時だろう。わたしは申し出た。
「わたしが手伝いましょうか?」
「えっ、良いの?」
「もちろん」
「本当に! じゃあ、お願い」
マリエルの家の畑は予想よりも広く、確かに人手が要りそうだった。
わたしの他に、昨日の着せ替え大会でも姿を見せていたおばちゃんが二人手伝いに来ていた。わたしたちは手分けして、エンドウ豆のようなものを収穫していった。このあたり一帯で一般的に食されるものらしい。わたしが真剣に黙々と豆を摘み取る横で、マリエルとおばちゃんたちは器用なもので、おしゃべりしながらも収穫する手は全く止まらなかった。
その様子を見て、ふと、そういえばマリエルの両親は? と思った。彼女の祖父は何度も見かけているのに、両親を見かけていない。ちなみに、アランはもともと孤児で、赤ちゃんの頃から、ここの教会堂の本来の主であるフランシス司教に育てられたと、昨日の夜の食事の席で教えてくれた。
もしかしてマリエルにもいろいろ事情があるのかもしれない、訊くのはためらわれた。
昼前に収穫が終了した。「ありがとう、助かった」と、マリエルは言ってくれたが、結局、ほとんどマリエルとおばちゃんたちが収穫してしまい、わたしはお世辞にも力になれた、とは言い難かった。
普段は椅子に座りっぱなしのわたしにとっては重労働だったけど、無心で体を動かすことなんて久しぶりで、存外心地よかった。
田舎で農家生活というのも悪くないかもしれない。
□ 五月一九日 教会堂
き、筋肉痛だ~。
昨日のマリエルの手伝いで、普段使わない筋肉を使ったからに違いない。
今日は午後からアランの授業がある。わたしは這うように本堂へ向かうと、隣に座る女の子が、
「おばちゃんの動き、変なの」
と、言ってきた。
運動不足のわたしが悪いのだ、面目次第もない。しかし……、
——おばちゃん、言うな!
体の痛みと精神的な痛みでアランの授業はあまり頭に入ってこなかった。