常識人だと思っていたら、人じゃなかった
「はぁ・・・・・・」
携帯で一通りの手続きを済ませた俺は、ため息を吐きながらベッドの上に寝転がった。
転入手続きに生年月日を入力する項目があったが、2001年で登録するのにスクロールにすごく時間が掛かったのだ。
そういえば、ふと気になって携帯を手に取る。現在時刻を確認するためだ。
時刻は16時30分。ホログラフィックの画面にまだ違和感を覚えつつも、俺は一通りの操作は出来るようにしておいた。
外の景色はどんなものだろうか。
思えば起きて転入手続きをしただけで、カーテンに遮断された外の景色を見ていない。
怖さ半分、興味半分で、俺は起き上がるとゆっくりと窓の方へ歩いて行き、そして思い切ってバッとカーテンを開けた。
「なんだこれ・・・・・・」
滅茶苦茶に広い庭が、まず最初に目についたものの。それよりもそこから先の景色に俺は驚いた。
見た目は2018年の頃のビルと変わらないが、高さがおかしい。
上を見上げると、一番近くのビルでさえ天辺が見えない。
それに、道路らしきものは視認出来たが、車のエンジン音は聞こえなかった。
どうやら本当に未来であることは確かなようだった。
と、ここでもう一つ。
俺はこの部屋以外の部屋の配置を理解していない。
仕方がない。目の前の風景から逃避しつつ、家の中を散策しよう。
俺はカーテンを閉めると、自身の部屋のドアを開けて出てみた。
「館みたいな広さだな、これ」
自分が居る場所はどうやら二階の様で、長い廊下の途中に階段があった。
何故二階だと分かったかと言うと、エントランスが下に見えたからだ。
俺はドアを閉めると、ゆっくりと階段に向かった。
その途中に見かけた部屋の数は4つ、一番階段から遠いところが俺の部屋だった。
しかし、近未来とはいい難い、古風な家だと思った。
手すりは木製だし、階段で上り下りもするのだろうから。
そんなことを思いながら階段に一歩足を踏み込むと。
「うおわぁ!?」
いきなり自分の立っている段が動き出し、俺は転がり落ちそうになった。
どうやら、自動で動くエレベーターの様だ。
なるほど、階段の上り下りは気にしなくて良さそうだ。
だが、それよりも今の俺の叫び声を聴いた誰かが、近寄ってくる足音が聞こえた。
俺はエントランスの中央に移動して、その誰かが来るのを待った。
「あ、咲さん?」
「何やら叫び声が聞こえたので、慌ててまいりました」
と言う割には息を切らせるどころか、顔色一つ変えていない。
「いや、階段だと思ってたら自動エスカレーターだったみたいで、落ちそうになったんですよ」
「そうでしたか、もう少し早めに部屋に向かって。館内を説明するべきでしたね。申し訳ありません」
そう言って咲さんが頭を下げる。
「いやいや、勝手に出た俺が悪いですから」
「そう仰るならば、何の用事で出てきたのでしょうか?」
「いや、どんなところなのか気になって、あと実を言うとお手洗い探してました」
俺が言うと、咲さんは背を向けて。
「こちらです、ついてきて下さい」
そう言ってゆっくりと歩き出した。
カツカツと、咲さんの履いたブーツの音だけが響き渡る。
俺は裸足なので音は出ない。
「あの、聞き忘れてたことあるんですけど」
歩きながら、俺は咲さんに話しかける。
「美代は、何歳なんですか?」
そう、そんな肝心な事さえ聞いていなかった。
「17歳。亮太様と同じ高校二年生になったばかりです」
なるほど、同級生と言う事か。
「それで、今本人はどこに?」
「入浴中です」
未来の風呂はどんな物なのか気になった。そこで聞こうとした矢先。
「こちらがお手洗いです」
咲さんはそう言って、真横のドアを指さした。
ご丁寧にトイレと書いてある。これなら今後は場所も分かったし大丈夫そうだ。
「ありがとうございます。それじゃ」
俺は用を足すためにトイレに入った。
中に入ると、不思議と驚きはなかった。
2018年のトイレと大差がない。俺は気兼ねなく小用を終え、手を洗って出た。
「あ、待っていてくれたんですか」
「はい、一応」
咲さんはドアから少し離れた場所に立っていた。
「あの、咲さんは家政婦なんですか?」
ふと、咲さんの事も何も知らない俺は聞いた。
「はい。一年前から」
「へぇ、そうだったんですね」
次はどんな質問をしようか、そうだ。
「美代の両親はどこですか?」
「禁則事項です」
俺が聞くと、無表情で咲さんはそう言った。
「え? 両親はここに居ないんですか?」
「禁則事項です」
また同じ返答。
何か事情があるのだろうと思った俺は、別の質問を投げかけた。
「咲さんは外国の方ですよね、容姿でそう思ったんですけど」
「はい。私はアメリカで生まれました」
「なるほど」
俺がそう言って笑いを浮かべていても、咲さんの方は相変わらず表情が無かった。
「え、えっとですね」
気まずさから、俺は話題を振ろうとする。しかし、中々内容が思い浮かばない。
咲さんから何か振ってくれれば助かるのだが。
そうしていると、ぺたぺた、とまた別の足音が聞こえてくる。
今度は誰だろう。と思っていると隣のドアが開いた。
「咲~、シャンプー切れた~」
そう言って美代が現れた。バスタオル一枚の姿で。
「……」
俺は無言で何も見なかったように目を逸らす。
「なっ・・・・・・」
しかし、美代はそういうわけにはいかなかったようで。
「変態原始人!!」
そう言って思い切りビンタして来た。
「痛ってぇ! 勝手に出てきた方が悪いだろ!」
俺が顔を上げると、美代はこっちを見るなと
「変態!」
足で蹴ってきた。めちゃ痛い。
「分かったよ! 目を瞑ってるから早く戻れって!」
「あんた後で覚悟しなさいよ! 咲! シャンプー取ってきて!」
そんな言葉を投げつけて、バタンとドアが閉められた。
バスルームとドアに書いてある。
「あー、痛かった……」
俺が頬をさすっていると咲さんが近寄ってきて。
「今のはお嬢様の理不尽でしたね」
そう言って、手を差し伸べてきた。
「氷水で冷やしましょう」
なんて優しくて常識のある人なんだろうと、俺は感動した。
いや、普通なのかもしれないが、美代があんまりにもあれなのだ。
咲さんに連れられて館の台所に向かう。
「ん?」
ここで俺は違和感を覚えた。
台所だというのに、食材らしきものが全く無い。
咲さんが自動で開く冷凍庫らしきものを弄っているが、そんな程度ではもう驚かない。そんなことよりも、俺は気になって食堂と書かれた大きな扉を開けてみた。
「っ!? げほげほっ!」
何時から使われていないのだろうか、開けただけで埃が口に入ってきた。
「駄目ですよ。そこはもうずっと使われていないところなので」
そう言って咲さんは扉を閉じる。そして俺に氷水の入った袋を渡してきた。
「あ、ありがとうございます」
俺は氷水入りの袋をぶたれた頬に当てる。
「もしかしてお腹が空いているのでしょうか?」
「ま、まぁ多少は」
「でしたらお待ちください。ここに……」
そう言って咲さんはまた自動で開く冷蔵庫を開け、そして何かを取った。
「こちらをお飲みください」
「え? これは?」
ウィ○ーインゼリーのような物を渡された。
軽食としてだろうか。
「そちらが本日の夜分の食事でございます」
「はい?」
俺は首を傾げた。こんな少量のゼリーで何が取れるのだろうと。
まぁいい、取りあえず飲もう。俺は一旦氷水の袋を離して、封を開けて飲みだした。
なんだか不思議な味だった。マズい訳では無いが、美味しいとも言い難い。
だが、そんな事よりも。
「うっぷ・・・・・・」
俺はあっという間に満腹感を感じて、飲んでいる最中のものを離した。
「小食なのですか?」
「まぁ、割と・・・・・・ってこれは何ですか」
「携帯食料です」
なるほど。未来には食文化すら消えてしまっているのか。
と、ここでドタドタと足音が聞こえてくる。
まぁ誰だか察しは付いていた。
「こんの! 変態! 原始人!」
そう言って振り上げた美代の手を、咲さんが止める。
「お嬢様、暴力はいけません。それに先ほどの件はお嬢様に非があります」
「でも! こいつあたしのあんな姿を見たのよ!?」
「お気持ちは分かりますが、どうか落ち着いてください」
咲さんが言うと、美代は深呼吸して。
「……あたしが不用心だったかも」
どうやら反省した様だった。
咲さんが居なかった今頃俺はボコボコにされていただろう。
「咲! あたしの分のご飯も出して」
「まだ5時ですよ?」
「二回に分けて飲むから」
そう言うのならば、と咲さんは携帯食料をまた一つ取り出して美代に渡した。
「原始人、次はないからね?」
「は、はい」
こっちに非があった場合の事を考えると、俺は素直に返事をするしかなかった。
と、ここで。
「エネルギー残量低下。残り20パーセント」
咲さんがそんな言葉を口にした。
「あー、そっか。もう3日休んでないから」
「み、3日!?」
俺が驚いて声を上げると、美代がまたそれに驚いてびくりと肩を上げた。
「咲さん3日も休んでないって、過労で倒れちゃうだろ!? なにもそんなにこき使わなくても」
「あ、そっか、原始人だからそんなことも分からないのね」
「……?」
俺は完全に混乱していた。
「咲は人間じゃないの」
「え? まさかそれって……」
未来。人間ではない。それはつまり。
「私はアンドロイドです」
俺が言う前に、咲さんが自分から言った。
アンドロイド、2018年にもロボットはあったが、ここまで人間の様な姿に進化していたのか。
「じゃあ俺の体に触れただけで全部分かったのも」
「はい、私に備え付けられた機能でございます」
もう、ついていけない。
俺は素直にここが現実で、逃避先はどこにもないと諦めた。
「咲は3日に1回、7時間の充電が必要なの」
「な、なるほど」
「それと出来て1年の最新型だから、壊さないでね?」
壊す。殺すではなく壊すという言葉を選ぶ辺り、もう当たり前の存在なのだろう。
「俺は何もしないよ」
素直にそう言う事しか出来なかった。
「咲はあと1時間くらいで充電室に行っちゃうから、あんたも風呂済ましとけば?」
この娘、美代は俺の心境など全く考えていない様だった。
「分かった。俺も風呂に入るよ」
そう言って、俺は風呂を済まして、部屋に戻った。
肝心な風呂の設備は、なんか自動でお湯をぶっかけられたり、頭を洗ってくれる装置なんかがあった。
「訳がわかんねえ……」
俺はベッドに横になって、呟いた。
明日から、更に大変な生活を送ると思うと、正直もう寝たい。
時刻は20時手前だったが、俺は布団をかぶって眠りについた。