ようこそ? 4036年の世界へ
俺は死んだのか?
ファンタジーの世界に行きたいとは思ったが、あの世はごめんだ。
と言うか実際のところ、まだ死にたくない。
「いい加減起きなさいー!!」
甲高い声。そして俺はその声の主に思い切り押されて、落ちて床に倒れこんだ。
床? つまり、俺はまだ生きている?
しかも、体のどこも痛くない。それどころか日頃の疲労感すらない。まるで数日ゆっくり休めた気分だ。
そんな俺はゆっくりと立ち上がる。そうして周りを見渡した。
シャンデリアに白い天井、そして星のマークのようなものが散りばめられた壁。フローリングの床。
俺の家は和室しかなかったので、俺の家ではない。と、言うよりも病院ですらなさそうだった。
ここまで来て俺は、甲高い声を上げていた者が居た事を思い出して、そちらを向いた。
つり目のはっきりとした黒い瞳に。腰まで伸びたロングヘア。歳は同じくらいだと思われる少女だった。
「あ、あの……」
「何!?」
眉間にしわが寄っていたせいもあって怒っていると思った俺は丁寧に話しかけたが、案の定怒っていた。
少女はジーッと、つり目の瞳でこちらを見てる。
「こ、ここはどこ・・・・・・なんですか?」
少女から発せられている謎のプレッシャーにより、俺は敬語を使わざる負えなかった。
「あたしの家だけど?」
そういうと少女は大きくため息をついて、そしてまた声を上げた。
「咲ー。原始人起きたから来てー」
原始人? それは一体どういう事なんだ。
「あら、随分と早く起きたようですね。コールドスリープから目覚めるのにはもう少し時間が掛かるかと思ったのですが」
「いつまでも寝ててむかついたから、あたしが起こした」
「それはいけませんよ、お嬢様」
もう一人何か現れた。しかも金髪の碧眼。完全に女性の外人さんだった。
明らかに年上だし、身長176センチの俺よりもちょっとデカい。
「亮太様。失礼いたします」
そう言って、外人の女性さんは近寄ってくる。
家政婦のような服を着ているので、医者や看護師ではないだろう。
そんな女性の手が、俺の胸に当てられる。
「……脈拍。心拍数。血圧。その他すべて正常です」
「そっ、なら良いわ」
胸に手を当てただけでなんでそこまで分かるのだろう?
というか現状が分からない。分からないことだらけだ。
「えっと……あなたは?」
「これは申し遅れました。咲と申します。以後お見知りおきを」
咲と言う女性は丁寧にお辞儀をして来た。
「あ、こちらこそ」
俺は右手を頭の上に当てながら、軽く会釈をする。
「ちょっと、折角起こしてあげた本人にお礼は無いの!?」
咲、ではなく咲さんの前に出てきた少女が言う、まだ何故か怒っていた。
「お嬢様。亮太様は恐らく現状が全く把握出来ておりません」
咲さんの言う通りだ。俺はここがどこなのかすらわかっていない。
「あー、そっか。ずーっと寝ていたんだもん分かるわけないわね、あたしとしたことがついうっかり」
と言いつつ若干赤面していた。本当はうっかりどころかがっつり忘れていたのだろう。
「あたしの名前は神宮司美代。覚えときなさい? あ、呼ぶときは美代で良いから」
「え? 終わり?」
あんまりにも雑、と言うか一切の説明が無かったので、俺は思わず口に出してしまった。
「お嬢様。必要な情報が足りなさすぎます」
咲さんが俺の代わりにため息を吐いてくれた。
「もー! じゃあ咲が説明してよ!」
「畏まりました」
美代はともかく、咲さんは真面目そうだし、ちゃんとしたことを伝えてくれるだろう。
「現在は西暦4036年、4月でございます。亮太様は2018年の4月に交通事故に遭われ、植物人間となりました。ある程度の事情を割愛させていただきますが、亮太様の御両親のご意志で、当時は解凍方法が無かったコールドスリープ状態で眠っており、先日無事解凍されました」
真面目に言ってるけど全然意味が分からない言葉が飛んできた。
「えっと……言葉の意味は理解できるんですけど、状況の意味は未だに出来てません」
「無理もないですね」
咲さん、割とあっさりした人だなぁ。
「ねぇ原始人」
「げ、原始人・・・・・・なんでそんな呼び名で」
「あんた正確には2035歳だし、おじいちゃんの方が良い?」
原始人か、おじいちゃんか。どっちも嫌だ。
「いやいや、普通に亮太って呼んでくれよ」
俺がそう言うと、美代はにこっと笑って。
「拒否。原始人は原始人よ」
何だコイツすっげーむかつく。しかし、一応助けてくれた恩人の様なものだから、その気持ちをぐっと堪えた。
「もう、それでいい……ていうか本当の事なのか? ドッキリとかそういうオチなら嬉しいんだが」
「要するに4036年って言うのが信用できない訳? じゃあこれでもあげるからちょっと使ってみなさいよ」
そう言って美代は、スカートのポケットから何かを取り出した。
「それは、・・・・・・携帯電話?」
スマホどころか退化してるじゃないか。
「ほら、今から電話掛けてあげるから受け取りなさい」
そう言う美代から俺は携帯を受け取る。
見たところガラケーのように思えたが、ガラケーの下の部分だけあって、液晶が無かった。
「これのどこが……」
言っていると、バイブと着信音が鳴り響いた。
「ん? なんか携帯の先端に」
神宮司美代。と書かれた後ろに透ける液晶の様なものが現れた。
「ほら! 早く出てみなさい!」
せかす美代に、俺は小さくため息をついて、そうして応答ボタンを押した。
「な、なんだこれ」
『どう? 驚いたでしょ』
ホログラフィックと言うのだろうか、携帯の上の部分に美代の上半身が映ったそれが現れた。
美代の方を見ると、スピーカーモードにしているのか、少し体から離して携帯を持っていた。
「これは一体どういう仕組みなんだ?」
『どういう仕組みって言われても、これが普通の携帯。としか言えないわね』
そう言って悪い顔をする美代だった。
『目の前に居るのに携帯使うなんて、無駄よね。証明も出来たようだし切るわ』
プチュン、とホログラフィックが消えた。
「取り合えず普通の代物ではないことは理解した」
俺は大きくため息をつく。
「何よ、何か不満でもあるわけ?」
「いや、まだ完全に信じられた訳じゃないが、これが現実なんだと思うと思わずな」
4036年の世界、それが本当だとしたら、俺はどういう立ち位置になるのだろう?
転生して無双出来るわけでもなさそうだし、むしろ今後慣れないものばかりが出てきて、戸惑うことが多いだろう。
「普通の生活・・・・・・なのか?」
「まぁ、あんたは家に住む事になってるから、普通の生活か怪しいわね」
「え? 俺はここに住むのか?」
「そうよ?」
予想もつかなかった言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
「俺の家はどうなってるんだ」
「200年前に……えーっと、どうしたんだっけ咲」
ここまで沈黙を貫いて来た咲さんに美代が話しかける。
そうすると、ふぅ、と小さく息を吐いた後。
「はい。200年前に関家は世継ぎが無く途絶えています」
咲さんはそう言った。
「それって、つまり」
「あんたには帰る家はないってこと」
「なっ・・・・・・」
美代の言葉に、俺は凍り付いた。
「ご安心ください亮太様。この部屋は本日から貴方のものです。ですので、衣食住の心配はありません」
咲さんはそう言っているが、俺はそんな事よりも落ち込んだ。
親父もお袋も、クラスメイトさえもう居ないという現実に。
「あはは・・・・・・じゃあお世話になります」
乾いた笑い声で、俺は言った。
「咲だけじゃなくてあたしにも言いなさいよ」
「オセワニナリヤース」
全く誠意を見せないとどうなるか、この状況下で試してみた。怒りそうだが。
「まぁ、お金持ちの家に住めることを誇りに思いなさい!」
鈍感と言うか、アホの子と言うか、俺の言葉だけに反応した。
「さて、後は・・・・・・えーっと」
「転入用の記入ですね」
美代が頬に手を当てて考えていると、咲さんが言った。
「転入届け?」
「あんた明日から学校に通うから、その手続き」
「明日から!? 急すぎない!?」
転入手続きの受理なんか、結構時間かかるんじゃないか?
「転入用紙はその携帯に入っているから、この説明書読みながら打ち込めばいいの。事務処理はコンピューターが一瞬でやってくれるから」
科学の進歩ってすげーな。
「……分かった。記入しておくよ、制服なんかも準備してあるのか?」
「当然。今はあんたパジャマ着てるけどね」
言われて自分の服を今更理解した。確かにパジャマだった。
「んじゃ、夕食までに考え整理して、打ちこんどきなさいね」
「はい」
そう言って美代と咲の二人は部屋から出て行った。
「ははっ、信じらんねえ」
俺は顔を引き攣らせながら、言われたことを始めた。