ようこそお嬢様の館へ、そしていつも通りの流れ
放課後
「じゃあ今日はよろしくお願いします」
そう言って、藍子は迎えの車に乗り込んだ。
流石に見知らぬ人が乗ったら、運転席から人が現れるかと思ったが、そんなことはなかった。
俺から見て一番奥が美代、真ん中が藍子。
「神宮司さんの家、外観は見たことあるけれど、入るのは初めてなので楽しみです」
「そんな大そうな物じゃないわよ」
大きくあくびをしながら、美代が言った。
それと同時に、ゆっくりと車が発進する。
「車に乗るの、久しぶりです」
藍子が笑顔で言う。
「その態度、もうちょっと何とか出来ないの?」
「え?」
美代の言葉に、きょとんと藍子が首をかしげる。
「敬語とかさ、呼び方……とか」
なるほど、美代も俺と同じで距離感を感じていたのか。
「そうですね……じゃなくて、分かった。これからは普通に話すね、美代ちゃん」
「うん」
俺もだが、美代も寝不足なので、段々と意識が遠のいて来た。
すると、藍子が。
「寝不足なんでしょう? 二人とも家に着くまで寝て良いよ?」
ありがたい言葉だ。俺と美代は瞼を閉じた。
そうしてしばらくして、ゆさゆさと揺さぶられて、俺は起きる。
「ん、もう着いたのか?」
「うん、ここでしょ?」
藍子の指さす方には、館が見えた。
「あぁ、ここで間違えないよ」
「じゃあ美代ちゃんも起こすね」
「あぁ」
そう言って俺は、一足先に車から出ると、大きく背伸びした。
あー、そういえば、まだ俺一人で家に入れるようにはなっていない。
「関くん、ちょっと手伝って~」
困った声を上げる藍子に、俺は振り向いた。
「むにゃ……」
美代が覚醒できずに、寝ぼけていて、それを藍子が引っ張りだそうとしていた。
そういう事ならばと、俺も手を貸す。
2人でなんとか車から出すと、車は去って行った。
「美代~、起きろ。着いたから、お前以外誰もこの屋敷開けられないんだぞ」
「んあ?」
俺が頬をぺチペチ叩くと、何とも間抜けな顔をして、美代は起きた。
「んー? もう着いたの?」
「着いたってさっき言ったじゃねえか……」
まだ完全には起きていない様だったが、全ての認証をクリアして、俺たちは庭に入った。
「わぁ~、こんなに広いんだ!」
藍子は楽しそうに、庭の景色を眺める。
「広ければ良いって問題?」
大きくあくびをしながら、美代が言う。
「そうじゃないけど……なんだか新鮮で、えへへ」
本当に藍子ショックは俺の幻覚だったんじゃないかと思うレベルでやわらかい笑顔だった。
そんなこんなで美代のペースに合わせて歩き、俺たちは館前までたどり着いた。
最後の認証を終えると、ドアが開かれる。
ドアの先では咲さんが立っていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様、亮太様。……そちらの方は?」
「東雲藍子と言います。美代ちゃんの友人です」
そう言うと、咲さんは少し沈黙した後。
「ご友人ですか」
俺はここだと思い。
「咲さん、美代は今外出禁止なんですよね?」
「はい」
「でも、誰かを招き入れるのは構わないですよね」
「……確認しました。確かにそれは可能です」
しめた。俺と藍子は顔を合わせてグッドサインを送る。
「来客となれば、談話室をご利用ください。こちらです」
ツカツカと、咲さんのブーツの音が鳴る。
俺たちはそれに付いて行った。
「こちらの部屋でしたら、ご自由に」
そう言われて通された部屋は、ロングソファーが二つ。対面する形で置かれていた。
中央には長テーブルが一つ。
「では、失礼します。後程飲み物の方お持ち致します」
そう言って、咲さんは去って行った。
「談話室、入るの久しぶりね」
ここまで口数の少なかった美代が言った。
「そうなのか?」
「新しく選ばれた経済特区代表が来た時くらい」
それはやはり桁違いだな、と思いつつ。
「広いソファーだね」
藍子が好き勝手に、ソファに寝ころんだ。
「他人の家なんだから、少し遠慮しなさいよ」
「他人じゃないよ? 友達だもん」
藍子がそう言うと、美代はそっぽを向いて。
「……そういう事なら、好きにすればいいわ」
とだけ言った。
と言ってもソファは二つ。
俺と美代が空いている方のソファに腰掛けようとすると。
「あ、女の子はこっち」
と、藍子が美代の制服の袖をひっぱった。
「はぁ? どこに座ろうが……」
「こっち、ね?」
藍子ショックは幻覚じゃなかった様だ。
美代は「はい」とだけ言って、反対に座る。
「それで、何かする訳?」
美代が頬杖を付いて言う。
「ゲームとか無いのかな? 私はあまりやったことないけど」
「悪いけど、ゲームは興味が無くて持ってないの」
少しの沈黙。気まずい。
俺は取りあえず。
「美代、料亭の食材の話はどうなってるんだ」
とだけ言った。
「リョーテーねぇ、それ本当に美味しい物なの?」
「あ、リョーテーなら私行ったことある!」
藍子が言い始めた。
「本当はこういうものを人間は食べるんだ~って感心したよ」
「で、肝心の味は?」
「美代ちゃん味にこだわるね、美味しかったよ」
俺はそこに割り込んで。
「焼肉用の肉とかあるか?」
と聞いてみた。
「ヤキニク……? ニクならあったけど」
どうやら藍子は分からない様だった。
「原始人。そのヤキニクってのは何なの?」
「牛とか豚の肉を、目の前で焼いて食べるんだよ」
「牛……あぁ、ってあれ食べるの!?」
美代が驚いた声を上げた。
「なんだよ、うまいぞ?」
「見た目絶対グロいじゃん」
「わ、私もニクはちょっと箸が進まなかったかなぁ」
そんなことを言う二人に。
「肉の焼ける音! 匂い! そしてタレにつけた肉とご飯を頬張る! こんな幸せほかにないぞ!」
と熱弁したところ。
「ちょ、ちょっと落ち着こう? ね?」
「原始人、きもっ」
ドン引きされた。
「あ……そう言えばそろそろ飲み物来ないかな」
俺は逃げる。
と、これまたタイミングよくドアが開かれた。
「お待たせしました。紅茶でございます」
そう言って、三つのカップに紅茶を注ぐと、それぞれの前に置いて行った。
「あ、咲~」
「なんでしょう」
作業をしながら、咲さんは質問に答える。
「リョーテーってところの、ニク? って食材とかって手に入る?」
「……はい、可能です。しかし、この家にはそれらを調理するものがございません」
「じゃあ原始人好みの調理場作って」
「畏まりました」
え? なんで俺? と一瞬思ったが、2018年のキッチンの情報なんて、俺しか知らない。
「俺もそこまで調理うまくないけど、まぁ頑張るよ」
「そ、期待しないで待っとくからね~」
「出来れば私も呼んでね?」
2人はそれぞれの反応をしてくれた。
「では、明後日より館内の一部リフォームを開始します。亮太様の指示に従いますので」
「あ、はい。分かりました」
そう言うと、咲さんは再び去って行った。
「すごい高性能なの持ってるんだね! 美代ちゃん!」
「当たり前でしょ? 最新型よ? 30億したんだから」
「「さ、30億!?」」
俺と藍子が声を上げる。
「な、なぁ藍子、一般的なアンドロイドの相場は?」
「400万くらい……」
桁が違うってレベルじゃねーぞ!
「まぁ、ちょっとした試作品らしいけどね」
紅茶をすすりながら、美代が言う。
「試作品?」
俺が聞くと、美代はカップをテーブルに置いて。
「なんか、新しい機能を付けたいらしいのよ、どんな機能か知らないけど」
「そ、それでも30億なんだ……」
あはは、と苦笑いする藍子。
美代は藍子の方を見る。
「あんたのところにもそれなりのあげる?」
「ううん、大丈夫。それに、そういった高い物を譲られるのは気が引けるし……」
まあ、気持ちはよくわかる、と俺は思った。
「んで? ほかに話は?」
「音楽の話の続き、それと良かったら美代ちゃんの部屋を見たいな」
「まぁいいけど」
「あ、それだと関くん置いてけぼりか……」
藍子が急に遠慮しだしたので。
「気にすんなよ、ガールズトークだろ? 俺はもうちょっとしたら自室に戻って軽く寝るよ」
と言って安心させた。
「そっか、じゃあシャントレーゼ以外のところの曲でも」
「そうね~、あたし的には」
ここは二人で仲良く話してもらおう。俺はそう思い、ゆっくりと席を立った。
「じゃ、失礼するよ」
そう言って、俺は自室に戻った。
「ふぁ~」
制服姿のまま、俺はベッドで横になる。
物凄く眠い、仮眠で済むだろうか?
そんなことを考えているうちに、俺は眠ってしまった。
ゴンゴン!
「うお!?」
ドアを思い切り叩かれ、俺は飛び起きる。
「原始人! 藍子帰るって言うから見送りするわよ!」
「わ、分かったすぐ出る!」
と、慌ててドアを開けると、目の前に美代が居た。
「うわ!?」
「きゃっ!?」
俺と美代はバランスを崩して転ぶ。
むに。
「え?」
何だろう、この微妙に柔らかいものは。
俺は伸ばした手の先を見た。
「関く~ん?」
「な、なななななな!!!」
美代の胸に、俺の掌が当たっていた。
無い物だと思っていたが、案外あるじゃねえか、じゃなくて。
「これは、そう! 事故!」
美代も怖いし、これは藍子も怖い!
「変態!」
「おぶぅ!?」
案の定ビンタされた。
ここまでしたら、藍子も助けて……。
「美代ちゃん? ビンタはこうやるんだよ?」
バチン!
マジで痛い!
「女の子にあんなことした関くんには、お仕置きが必要かなって」
この前は自分から当ててきたじゃないか! と言えるはずもなく。
「ばいばーい」
「まぁ、少しは楽しかったから、明日も来なさい」
「ごめんなさい、もうしません、許してください、ごめんなさい」
真っ赤になった頬をさすりながら、俺は藍子を見送った。
「さて、原始人」
「ひゃい!」
これ以上のビンタはごめんだ! 俺は後ずさる。
「友達と遊んだの、小学生ぶりで、楽しかったわ。最後の一件は許してないけど、今回、本当に今回限りで見逃すから」
そう言って、美代は自分の部屋に戻って行った。
気のせいか? 少しだけ美代の表情が穏やかになったような。
痛む頬をさすりながら、俺も自室へ戻った。




