お嬢様の力に、俺はなれないかも知れない
家に着いた俺たちは、少し暗い顔で館内へ入った。
「戻りました」
「……た、ただいま」
俺たちがそう言うと、咲さんが目の前で待っていた。
「お嬢様、お聞きしました」
硬い表情のまま、咲さんが言う。
「監視下より逃げ出そうとしたそうですね? 今後しばらくは、学校以外に出かけるのは禁止です」
「えっ」
俺が思わず声を上げる。
「……分かった」
美代はそう言うと、足を引きづりながら、自室に向かった。
「では」
そう言って去ろうとする咲さんの肩を、俺は掴んだ。
「ちょっと待ってください! そんなのあんまりですよ、少しは美代の気持ちが分からないのですか!?」
「分かりません」
きっぱりと、咲さんは言った。
「私には、いわゆる感情がございません。お気持ち等、分かりませんよ」
「そんな……」
「私は機械です。万能であり、しかし万能ではありません」
矛盾。
「では、失礼いたします」
咲さんはそう言って、去って行った。
俺は少しの苛立ちを覚えつつ、自室に戻った。
「今日は、色々あったな」
俺は、何も知らなかった。この時代の事、そして、美代の環境を。
ここまで来て、俺は美代に一つ、もともとあった疑問を深く考えた。
何故、美代は俺を起こしたのだろう?
「……まだ聞くには早いな」
それよりも、美代の待遇をなんとかせねば、俺はそう考えた。
学校以外の外出禁止、それは辛い。
美代自身、どう思っているのだろうか?
俺は確かめるために、美代の部屋へと向かった。
「ん?」
美代の部屋の方を見ると、ドアが半開きになっていた。
「……」
俺はそっと、静かにのぞき込む。
「パパ……ママ……あたしこんなのもう嫌……お願い助けて」
ぬいぐるみを抱きしめながら、美代は泣いていた。
俺は無言で、その場を立ち去り、自室に戻った。
「くそっ!!」
俺はベッドを叩く。
何が力になるだ、俺自身、何も出来ていないじゃないか。
何が目標だ、こんなにも無力で。
「俺は、どうすれば」
考えれば考えるほど、分からない。
誰かに相談したい、しかしその相手が……。
「あ」
1人いる、そう気が付いた俺は、早速、その人物に電話を掛けた。
『もしもし、どうしたの?』
「藍子」
『あ、もしかしてその気になってくれた?』
「悪いんだが、真剣な話だ、聞いてくれるか?」
『へ? ……うん、分かった』
俺は、藍子に全ての事情を話した。
『そんなことに、なってたんだ……』
「俺一人じゃ、どうしようも出来ないんだ、何か案はないか?」
俺が聞くと、藍子は気まずそうな声で。
『それは、すごくつらいと思う、けれども、私も下手に手を出せないんだ』
「どうしてだ?」
『神宮司グループはトップ、そんなところの人を、何かしたら、それより下の人はどうなると思う?』
「……」
地位という物がこれほど恨めしいのは初めてだった。
『私は、これからも神宮司さんとは、お話はできるけど……』
「ありがとう、それだけで十分だ」
『ごめんね』
「大丈夫だよ」
そう言って、通話を切った。
美代が、美代らしく生きていくにはどうすれば良い?
やはり、俺が身を挺して模索するしかない。
元々死んでたような身だ、誰かの役に立てるなら、それで構わない。
「……行動を起こしていくしかないな」
俺は一人そう呟いて、その日は情けなくも、寝ることしか出来なかった。




