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破られた夢

作者: 宮毘羅

かつて夢を諦めていた立原五月。何故諦めなければならなかったのか?

松永孝治の運命を変えた京浜学園と帝光高校の試合から9年の時が流れた。


大学生となった立原五月は高校の頃から好きだったバンドみたいになりたいという思いから大学で軽音部に所属し同期の仲間たちとバンドを組んでいる。パートはヴォーカル。作詞は五月とギターの谷原和之が担当。作曲は主に谷原が担当していたが、その曲のイメージと五月の歌声が上手く合致して毎年行われる学園祭でのライブも評判は良かった。


今年の学園祭でのライブも観客の盛上りは他のバンドを圧倒。ファンの間ではいつプロになるのかといった囁きも聞こえてきている。事実先年から始めたライブハウスでのライブも観客動員はよく、対バン形式ばかりではなくワンマンライブも多くなってきている。このままプロになるのも時間の問題と思われながらなかなかプロにならないのはプロ志望なのは五月と谷原だけで他のメンバーは二人ほどプロになりたいという気持ちが強くなかったことによる。


渋谷にある大型のライブハウスでのライブも成功したこの日もその打上でもプロ転向について揉めていた。


「なあ、なんでプロは嫌なんだよ?」


「別に嫌な訳じゃないんだけどな」


「だったらさ。今日のライブだったお客さん、喜んでくれてたじゃないか」


「だからといってプロになって上手くいくとは限らないだろ。お前らには不安とか無いわけ?」


「不安?そんなの無い、って言いたいけどな俺にだって五月にだってあるよ、だからと言ってやってみなきゃわからないじゃないか、立ちすくんでちゃ前には進めないぜ」


「不安があるとは思えないな。俺たちもう四年だぜ、就職とかさ。現実的なことを考えなきゃいけない歳になってる訳よ。何時までも夢夢なんて言ってられないだろ?」


「二人ともいい加減にして」


それまで黙っていた五月が制止に入る。


「和くんもヤスもなんでいつもそうケンカばかり」


「だってヤスがよ」


「ヤスがよじゃないわよ。まったく」


確かにメンバー全員がもうすぐ4年にになる。気の早い同級生は就職活動と卒業論文の準備に入っていた、軽音部でも就活の為に早々に部を辞めた同期もいて、この時期までバンド活動を中心にしているのは五月達『Dream Cast』だけと言っても良かった。


「そういえば五月、さっき店長から何を言われてたんだ」


「あのね、オーディションを受けてみないかって」


「オーディション?」


「うん、店長の知り合いの音楽プロデューサーが新たにプロデュースする新人バンドを探してて、そのためのオーディションをやるんだって」


「マジかよ。ってことはそのオーディションに受かれば」


「デビューもほぼ間違いなしだね」


「ほぼ?」


「プロデューサーは必ずデビューさせると言ってるらしいけどね」


「他の理由でデビューできない場合もあるってことか」


いきなり舞い込んできたデビューのチャンス。それを聞いたプロ転向に消極的だったメンバーのテンションも上がった。


「ヤスはどうするよ?」


「どうするも何もチャンスがあるならそれにのるさ。チャンスが来るなんて思ってもなかったから将来に不安だったんだから、でもな」


「でも、何だ?」


「これでダメなら俺は抜けるぜ」


「そうか、ベースのヤスが抜けるのはいたいが仕方ない。俺たち『Dream Cast』としては最初で最後のチャンスってことになるな。だからって手を抜くなんてことは」


「するわけねえだろ。受けるからには合格目指して全力でやるさ」


こうしてオーディション目指してメンバーの結束は固まった。


「で、五月、そのオーディションっていつだ?聞いてるんだろ?」


「それがね来月なんだ」


「早いなそれは、早く申し込まないと」


五月がばつの悪そうな顔をする。


「申し込みの締め切りってもう過ぎてるんだよね。本当は」


「マジか?それじゃ受けられないじゃないかよ」


「でもね店長がもう前回のライブを録ったデモテープを送って申し込んであるんだって、勝手なことしてゴメンて謝ってた」


「何だよそれ、もし俺たちが受ける気が無いって言ったらどうするつもりだったんだ?」


店長がいうには五月達なら受けると言うと確信してたらしい、それでも受ける気がないなら、キャンセルするつもりであった。今その話をしたのもキャンセルできる期日が近くなっていたからだという。5人は店長からオーディションの詳細を聞いた、それによると


1、メンバーは四人ないし五人編成であること。


2、ヴォーカルが女性であること(ツインヴォーカルで片方が男性なのは可)。


3、楽曲に関して言えばオリジナルであれば新曲でなくても良い。


以上であった。


「どうせならさ新曲でやろうぜ」


「何だよヤス。いきなり乗り気じゃねえか」


「言っただろ、やるからには全力でやるって」


「まあな、しかしあと1ヶ月で新曲か、練習期間も入れればギリギリだな、詞の方は間に合うか?五月」


「何とかやってみる」


「じゃあ決まりだ。頑張ろう皆」


「おうっ」


オーディション当日、会場に着いたDream Castのメンバー達。控室では自分達の順番を待つ他のバンドが数組いた。一組一組呼ばれる度に緊張していく五月達。次が五月達となったその時、前のバンドのメンバーが怒りながら帰って行った。


「どうしたんだ?まだ演奏してないんじゃ」


「だよね。演奏する前にプロデューサーから注意と説明があるって事だけどそれで何かあったのかも」


思いもよらぬことで自分達の順番が早まり不安になる五月達。そこにスタッフが呼びに来た。


「いやあ悪いね、君たちの順番が急に早まっちゃって」


プロデューサーの河原俊哉がばつの悪そうな顔をしている。


「いや、私達は大丈夫ですけど、何かあったんですか?」


「大したことじゃないんだけどね。プロになるのにあたって覚悟しておいて貰いたいことを話したら怒っちゃって」


「覚悟しておく事ですか」


「君達にも話しておくけど、もしそれが嫌ならさっきのバンドみたいに帰って貰ってかまわないよ」


「それは聞いてみないと」


「それはそうだよね」


河原は五月達に自分がプロデュースするにしても別のプロデューサーがするにしてもプロになるに当たり覚悟しなければならないことを話した。それはマネジメントな関してはどこか事務所に所属してもらうこと。これに関しては今回のオーディション開催を依頼してきた事務所に所属することが決まっていた。そして音楽作りに関して、プロである以上売れることを目的としなければならないため心ならずも自分達の好きではない曲も演奏しなければならないこともあり、そしてそのために自分達以外のクリエイターが作った曲を演奏することもあるということだった。


「今回のオーディションで合格したバンドに関しては僕が責任をもってプロデュースするからね、僕が曲を作るにしてもアーティストの嗜好に合わない曲作りはしないつもりだし、かりに最初合わないにしても君達アーティストと話し合いながらお互い納得できる曲にするからね」


「オリジナルはダメなんですか?」


「ダメじゃないよ。予定では君達が作った曲と僕の作った曲の両方をレコーディングして出来のいい方をメインにするって方向で考えてるから」


「それなら、ねえみんな」


「俺たちには異論は無いです」


「それなら良かった、さっきのバンドは他人の作った曲をやるくらいなら辞退するって言って怒って帰っちゃったから。君達も帰ったらどうしようかと思ってたんだ。じゃあ始めようか」


会場となったライブハウスには大と小のホールがあり、オーディションは小ホールで行われていたが、その時大ホールで行われていたライブの照明スタッフの一人として孝治が来ていた。


「しかし、急な話でしたね。本来のスタッフが事故で来れなくなったからってうちに依頼してくるなんて」


「まあな、うちみたいな小さな会社はそんな依頼でも受けなきゃおまんまの食い上げだ」


「それでも成功させるんだから社長はスゴいですよ。俺が憧れる照明マンだけのことはあります」


「おだてても何もでねえぞ、せいぜい居酒屋の飲み代くらいだ」


「充分です。ゴチになります」


「まったく。それにしても腕を上げたな、この分じゃ一人でやらしても大丈夫そうだ」


「ありがとうございます。でも俺なんてまだまだですよ」


その時小ホールの方から今までに聞いたことの無いメロディが聞こえてきた。


「小でもライブか何かやってるんですかね?」


「いや、バンドのオーディションらしいな。さっき店長が話してた」


「へぇ」


「興味あるのか?」


「少し、だってこれで合格したバンドと将来一緒に仕事をするかもしれないじゃないですか」


「そうだな、ロビーのモニターに中の様子が映ってるから少し見てくか」


そこに明らかに今オーディションを受けたらしい、楽器を持った青年達が何やら怒った様子で出てきた。ギタリストと思われる青年が孝治とぶつかりそうになった。孝治が上手く避けたためぶつからなかったものの相手は転びそうになった。素早く手をさしのべて相手を支える。


「大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。すみませんでした」


「お互い怪我もしてないからいいけどな。どうしたんだ何か怒ってるみたいだけど。オーディションダメだったのか?」


「ダメというか辞退しました」


「辞退?そりゃ穏やかじゃないな」


「俺たち、河原俊哉がプロデュースするって聞いて張り切ってたんすけど、売れるために好きでもない音楽もやらなきゃいけないなんて冗談じゃないもんで」


「ほうっそりゃまた。他の皆も同じ気持ちなのか?」


全員が頷く。


「アマチュアだな」


「どういうことですか?」


「気を悪くしたのなら謝るよ。けどなプロとしてやってくならそれくらいのこと我慢しなきゃ長続きしないぜ。それはどんな仕事でもな。」


「・・・」


「君達がこれから就職するとして志望する会社に入れたとしても、やりたい内容の部署に配属されるとは限らないだろ?もしかしたらやりたくない部署に配属されるかも知れない、だからって簡単に辞めるなんて言えるか」


「それは」


「それがわかってないうちはまだまだアマチュアだってこと。プロとしての心構えができてないんだから。まっ見ず知らずの俺にこんなこと言われて面白くないかも知れないけどな」


「いや、目が覚めたというか、頭が冷えました、俺たちが甘かったようです。助言ありがとうございました」


「いや、まあまたチャンスがきたら頑張れ」


「ありがとうございます。では失礼します」


「じゃあな」


孝治に頭を下げ、会場をあとにするメンバーを二人で見送る。


「言うじゃねえか。ああいう説教ができるようになるなんて大したもんだ。プロとしての心構えねえ」


「やめて下さいよ」


「おっと、次のバンドの演奏が始まるみたいだぞ。バンド名は『Dream Cast』だってよ」


モニターを見る孝治。驚きの表情がうかぶ。


「あのヴォーカル、五月か」


「なんだ知り合いか?」


「幼なじみです。昔から歌が好きだったけどバンド始めてたんだ」


固唾を飲み、演奏を見守っている。


演奏が終わりモニターを見ていた川越が孝治を見ると孝治は涙を流していた。


「どうした?」


「いや、歌詞の内容に感動しちゃって、あと五月もがんばってるんだなぁ思ったら思わず」


「そっか。確かにいい歌だったな。事務所の売り方次第じゃいいとこ行くんじゃねえか」


「その前に合格しないといけませんがね」


「俺達がとやかく言えることじゃねえし、二人でお前の幼なじみの合格を祈ってやろうや」


「はいっ」


孝治と川越はモニターの前を離れた。


小ホールでは演奏が終わった『Dream Cast』のメンバーが息を切らしながら河原の評を待っていた。


「いや、よかったよ。これが僕の事務所のオーディションなら即合格ってとこだ」


「本当ですか」


「ああ、だけど今回はうちの事務所じゃなくて別の事務所からの依頼だからね。僕の一存では決められないんだ。その事務所の社長と話し合ってから決めるから2~3日後に結果を連絡するよ。連絡先は立原さんだっけ?君のところでいいのかな?」


「はい、お願いします」


「じゃあ、今日はこの辺で、お疲れ様」


「お疲れ様でした」


一足早くホールを出る河原を頭をさげ、全員で見送った。



その日の夜、居酒屋で打上をしているメンバー


「なあなかなかいい手応えだったんじゃねえか?」


やや興奮ぎみに話すベースのヤスこと保田光春。


他の全員もオーディションに手応えを感じていた。


「確かにな。だからといって油断してたら実は不合格でしたなんてゴメンだぜ」


オーディション本番が終わったことでメンバー全員がリラックスしていた。特に作詞を担当した五月と作曲を担当した谷原にとっては曲作りの期間が短かったこともあり、極み状態だった緊張が解けて久しぶりに笑顔をみせていた。


「それにしてもさ五月の書く詞によく出てくる『彼』ってやっぱ会えなくなった幼なじみがモデルなのか?プロデューサーも聞いてたけど」


「まあね。全部がそうって訳じゃないけど作った曲のいくつかはいつか聞いてもらえたらなって思いながら書いてる、だからかな彼がモデルみたいな感じになっちゃう」


「その『彼』が羨ましいよ」


「そうだな。まだ連絡とれないのか?」


「うん。実家にも連絡してこないみたい」


五月が音楽の道でプロを目指す目的の一つに孝治を探し出したいという思いがあった。


それからオーディションの反省やら結成からの道程を話し打上はお開きとなった。



数日後五月の元に河原から連絡があり、オーディションは無事合格となり、後日契約のため所属する予定の事務所に来るよう言われた。


「合格?本当か五月」


「うん。本当。それでねデビュー曲なんだけど、タイアップ曲になる関係でメインは河原さんが作ることになるけど、カップリングはオーディションでやった『また会える日に』にしてくれるって」


「タイアップ?」


河原からと今回のオーディションでデビューするバンドの曲が今度作られる映画の主題歌として使われることが決定しているらしい。そして偶然ではあるが五月がオーディション用に作った曲も映画の内容に合致していたためかカップリングにして、映画の挿入歌として使われることとなった。



二日後、契約のため所属する事務所『サンライズ企画』を訪れるメンバー。応接室で社長の石上と面接し、契約に関する説明のあと契約書にサインをした。


「これで君達はうちに正式に所属するアーティストとなった。これからも宜しく」


握手を求める石上に応える谷原。その横で見ていた五月が質問した。


「一つお聞きしますけど」


「何かな?」


「こちらでは音楽に関してはダンスユニットがメインであとはアイドル路線だったはずです。それが何故バンドを」


「うん、確かにうちは君のいう通りダンスとアイドルしか売り出してなかった。だけどそれも頭打ちになってきちゃってね。それなら新しい試みとしてバンド形式を中心としたアーティスト路線も売り出していこうということになったんだ。君達はその第一段というわけだ」


「ありがとうございます。頑張ります」


事務所を後にするメンバー。


「これからどうする?飯でも食ってくか?」


谷原が言うと五月は


「ゴメン、今回はパスさせて」


「何か予定があるのか?」


「なんだ、デートか?」


「違うわよ。実家に行くの」


「そういや五月って東京出身のくせに一人暮らししてるんだっけ」


「まあね」


「それじゃ戻るのか?」


「違うわよ。父さんがどういうわけかオーディション受けたこと知っててさぁ。結果を気にしてるんだよね。だから結果伝えなきゃ」


「それ、電話じゃダメなのか?」


すねたように光春が言う


「父さんには電話でもいいんだけど母さんにも報告しないと」


「そうか、そうだな」


三年前癌で亡くなった母にも報告すると言う五月を誰もとめなかった。すると五月の携帯がなった。


「父さんからだ。なんだろ?」


「もしもし五月が?」


「もしもしそうだけどどうしたの?今会社でしょ?」


「ああ、これから会議だ。オーディションどうなったか気になってな」


「ああその事で家に行こうと思ってたんだ。母さんにも報告したいし」


「それでどうだったんだ?」


「うん」


オーディションに合格し今事務所と契約をしてきたことを話す五月。父智也も喜び、お祝いをしたいからメンバーも家に呼ぶように言う。


「父さんがね、お祝いをしたいから皆もうちに来るようにって、どうする?」


「そうだな。お言葉に甘えてお邪魔するか」


「ああ、五月の実家ってどんなだか見てみたいし」


タクシーで立原家に着いた、


「ここが五月の家か、ってデカっ」


光春が驚愕の声をあげる。他のメンバーも驚いている。


「そうかな?」


「ああ、都心からは少し外れてるとはいえ、23区内で一軒家てだけでもすごいのにこんな大きなお屋敷だなんて。そりゃ隣はもっとすごいけどさ」


隣の松永邸を横目で見ながら言う光春。


「五月の親父さんて何の仕事をしてるんだよ」


「あれ?ヤスは知らなかったんだっけ?五月の親父さんは双龍商事の専務取締役だぜ」


「なんだカズは知ってたのか」


「一応な。だけど家がここまで大きいとは思いもよらなかったが」


「家をたてたのは父さんじゃなくてお爺ちゃんだけどね」


「まさか隣って双龍商事の?」


「そう、松永社長のお宅」


そこに松永朝佳が通りかかった。


「あら五月ちゃんじゃない。久しぶりね。どうしたの?こんなに大勢で」


「おば様、ご無沙汰してます。私今彼らとバンドを組んでて、こないだ受けたオーディションで合格したって話したらお祝いをしたいから皆を家に呼べって父が」


「あらそうなの?おめでとう。皆さんも頑張ってくださいな」


「はい、ありがとうございます」


全部が頭を下げる。


「ところでおば様、孝治さんからはまだ」


「ええ、何の連絡もしてこないわ。『便りかが無いのは元気な印』て言うけどねえ」


「そうですか」


「まっ、あの子の事だから、相変わらず人の事を考えながら上手くやってるでしょ。それじゃ私は行くわね。皆さんもごきげんよう」


朝佳はメンバーに頭を下げると家の方に去っていった。


「おいっ今のところご婦人って」


「うん、双龍商事の松永社長の奥様」


「さすが社長夫人となると気品というかなんというか。うちの母親とは大違いだ」


「そう?結構気さくな人よ」


メンバー全員が松永朝佳との会話を聞いて孝治の事が気になったが誰もその話題に触れなかった、五月の書く詞の内容から五月がまだ孝治の事を想っているのを察していたからである。


「とにかく家に入ろう」


「そうだな」


五月が門を開け、全員が家にはいっていった。


その頃孝治は二日後に行われるイヴェントの準備で山梨来ていた。


休憩時間に社長の川越が話しかける、


「そういや、お前の幼なじみ、例のオーディション受かったらしいぞ」


「そうなんですか?しかし、なんで社長が知ってるんです?」


「いや、お前が気にしてると思ってな、昨日谷原に聞いてみた、奴とは何度か一緒に仕事をしたことがあって、連絡先も聞いてるんだ」


「それにしても合格して良かった。所属する事務所はやはり河原プロデューサーの所ですか?」


「いや、サンライズ企画だとさ」


それを聞いたとたん孝治の顔に影がよぎる。


「サンライズですか?」


「とうした?サンライズだと何かあるのか?」


数ヵ月前サンライズ企画が所属するデビュー前のタレントの売り方に失敗した件が孝治の頭によぎった。


「たしかその話って映画と連動させてバンドとしてデビューさせるって事でしたよね」


「そういや、そうだったなそれが?」


「失敗した理由なんですけど、たしかメンバーがプロフィールで特技を楽器の演奏と書いてたので組ませてみたら全くできなくてヴォーカルの女性が怒って抜けた事だったはず」


「確かにそうだがバンドとしてデビューに関しては一般にはまだ公表されてないから映画は何とかなるだろ?」


「ええ、映画の製作は公表されてても社長のおっしゃる通りバンドの件は一般には知られてないわけですから。映画の中での演奏は別のバンドにさせて出演者は当てブリでも構わないんですけどね」


「だったら、問題ないんじゃ」


孝治はサンライズ企画の社長の性格に不安があった、サンライズ企画の社長、石上政人は有言実行を旨としているが、それは世間向けの建前で見栄っ張りで強情というのが実際のところであった。映画でデビューさせるメンバーを実際にバンドとしてデビューさせる件は業界内だけとはいえ、社外に知られている以上映画内だけでのユニットで済ますとは思えない。それが孝治の不安の根元であった。


「どうもいやな予感がするんすよ」


「孝治の不安もわかるけどな。俺らがとやかく言っても何もできないだろ、その嫌な予感が外れることを祈ろうや」


数日後、事務所にただ一人呼ばれた五月が応接室で石上土話している、


「どういうことですか?それは」


「だからうちとしては必要なのは立原くんだけなんだ。いや皆も必要なんたがメジャーデビューさせられるのはとりあえず君だけで他のメンバーは正式には一年ほど待ってもらう形になる」


「何故ですか?」


石上は映画の件を説明した。映画内で主演するバンドのメンバー役がプロフィールに偽りがあったためそのままではバンドとしてデビューさせる事ができないこと、映画の製作はすでに主なキャストとともに公表してしまったため引き返すことができない事。今回のオーディションはその映画内で実際に演奏するバンドと出演する女性ヴォーカル役を探してのことだったこと。最後に出演するメンバーには一年ほど楽器の練習をさせて自分達で演奏できるようにするから、それまでは五月以外のメンバーは当てブリをする彼らの影として演奏してもらいたい事。それらが石上の口から話された。まさに孝治の予感が的中しようとしていた。


「この件、河原さんもご存知なんですか?」


「いや、まだ話してないんだ。彼は当てブリなのは映画内だけの事だと思ってるはず、今日これから話すけどね」


「曲は?どういうことに」


「曲に関しては名義は映画でデビューするバンドになるけど、作詞作曲は河原さんと君らの名前にする予定だ」


「とにかく私一人では決められないんで、メンバーと話してから返答します」


「何か勘違いしてないか?」


「勘違い?」


「これは決定事項であって、君やお仲間には了承するしか選択肢は無いんだよ」


「そんな」


「もし断るならそれなりの代償を払ってもらうだけでね」


「そんなのひどすぎます。私はあのメンバーでやっていきたいんです」


「やらせないとは言ってないだろ。ただ他のメンバーを含めた『Dream Cast』としてのデビューは一年後で君だけ先にデビューするだけってだけなんだから」


「私だけデビューできたって」


「あともう一つ」


「なんですか?今度は」


「君の売り出しかたなんだけどね。暫く女優として活動してもらう。同時にグラビアなんかもやってもらうから。それだけの容姿なんだから歌だけなんてもったいないからね」


「そんな。女優なんてその映画でだけならともかくずっとだなんて無理です。グラビアなんか私にできるわけありません」


「できるできないじゃなくてやらなくちゃダメなんだよ」


「まさかそれも」


「決定事項だ」


あまりのことに声も出せなくなる五月


「少し時間を下さい」


「気持ちの整理も必要だろうから構わないけどね。あまり時間はないよ」


「はい。今日はこれで失礼します」


廊下に出たとたん五月の眼に涙が浮かんだ。それは怒りの涙なのか悲しみの涙なのか五月自身にもわからなかった。


スタジオで練習している『Dream Cast』のメンバー。そこな五月が泣きながら入ってきた。


「よおっ、五月遅かったな、石上社長と打ち合わせどうだった、」


明るく声をかける光春を和之が止める


「ちょっとまて、様子がおかしい。どうした?何かあったのか」


「皆、ゴメン、私達デビューできないかも」


そういうと泣き崩れてしまった。


「なっ、どういう。とにかくおちつけよ」


十分ほど泣いて落ち着いた五月が石上にされた話を伝えた。すると光春が


「なんだよそれ、それじゃ俺たちは一年間はゴーストわやれってのか?冗談じゃねえ」


「そうだな。映画でだけなら、仕方ないけどずっとだなんて」


「皆もそう思う?」


「ああ、ただ気になるのは断った時の代償だな」


「どういう事だと思う?」


「少なくとも今回のデビュー話はなくなるだろうけどそれだけですむかどうか」


「どうなるかわからないとしても、俺はやめる。ゴーストなんて真っ平だ」


「そう興奮するなよ。怒りたいのは皆も同じだぜ」


「わかってるけどさあ」


「とにかく俺達の意思を社長に伝えよう」


全員がスタジオを出ると事務所に向かった。


事務所に着き、石上に面会を申し込む。デビューの件の返答と察した石上もこころよく面会に応じたが、五月をはじめとするメンバーの答えは「No」であった。


「断るだと?断るならそれなりの代償を払ってもらうと言ったはずだ」


「違約金ですか」


「君たちからそんなものをとるつもりはない、まぁ学生の君たちに支払い能力があるとは思えないからな、ただ今後音楽活動はできないと思ってもらいたい」


「わかりました。ではこれで失礼します」


全員が頭を下げると部屋を出ていった。


帰り道光春がのびをしながら言う


「それにしても、これで解散か」


「そうだね。社長のいう通り今後音楽活動ができないなら解散するしかないね」


「まっ最悪の形とはいえ、夢にも一区切り着いた訳だし明日からは就活だ。俺はこれで行くわ、じゃあな」


「またな、ヤス」


後ろ手に手を振り去っていく光春。


「あいつ、荒れなきゃいいけど」


「そうだね。カズくんはどうするの?」


「そうだな、俺も就職だな。何の準備もしてないから急がないと。五月はどうするんだ?」


「私?どうしよう?音楽の道に進むことしか考えてなかったからまだわからないや」


「そうか。まっ五月なら何をやっても上手くいくだろ。頑張れよ」


「うん、カズくんもね、あと皆も」


全員が互いに握手をして別れていった。


後日談であるがサンライズ企画は映画でばかりでなく予定していたバンド展開も上手くいかず。それまでの路線にとどまることとなった。しかも今回の件で怒った河原がサンライズ所属のタレントのプロデュースをやめたことで売り上げも激減し、数年後倒産を余儀なくされる。


バンド解散から数年後、五月はOLをしながらバイトをしていたパブのママとオーナーにその働きぶりを認めれ、オーナーが新しく作る店を任せてもらえるようになった。


開店準備で店舗用の照明機材を見に来た店で、仕事用の消耗品を買いに来た孝治と偶然再会、照明の仕事をしているという孝治に店の照明について相談し、孝治が手掛けることとなる。


数ヵ月後パブ『Dream Cast』がオープンすると、バイトとしてまず美那子がそして亜紀、有希、早紀といった夢を追いかける女性が入店し店は繁盛することとなる。


さらに数年後、美那子も出演する北海道でのフェスに参加するため向かう飛行機の事故で孝治が生死不明になる。


孝治が美那子を庇ったこと事を聞き、孝治の性格を振り返り告白しなかったことを後悔して涙する五月


「孝治兄ちゃん、どうして」


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