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ハンソン魔法店  作者: 北野 いまに
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武士と魔法

 しばらくすると、カールも気がついた。

「うう、あの卑怯者はどこに行った?」

 座り込んだまま周りを見回したあと、額を手で押さえている。

「とっくに逃げたわよ」

「臆病者めが」

「もう少しで殺されるところだったのに、何を言ってるのよ」

「そうだ、何かすごい力が俺を押しつぶして。奴も押しつぶされたのか」

 状況をさっぱりつかめないカールに、店員が助けを出した。

「この娘がやったんでさ。あんたが間一髪って時にね」

 カールは、ぼんやりとレナを見た。小柄でほっそりとした少女だ。最初に見た通りかわいらしい顔立ちで、少々色が濃い金髪を長く垂らしている。彼らを押しつぶしたあの力をこの少女が発したことを理解するには、少々時間が必要だった。魔術師の力は、体の大きさや腕っぷしとは関係がない。それはカールも知っていた。だが、このように華奢な少女が二人の武士を一瞬で押しつぶしてしまったなどとは、やはり、すぐには納得できないものだ。

 とにかく、と、カールは、立ち上がり礼を言った。

「確かに間一髪だった。ありがとう。それにしても、なぜ戦っているのかすら分らなかった。くだらない戦いで命を落とすのは、嫌だからな」

 レナは、カールに同情した。

「そうでしょうね。あの人、何かすごく勘違いしてたみたいだもんね」

「何かじゃないよ、まったく」

 店員が口の中でもごもご言ったが、レナににらまれると、首をすくめてあらぬ方角に目を逸らした。

 レナは、カールに注意を戻した。

「魔術を使わずに護衛士とけんかするなんて、無謀もいいところよ」

「いや、しかし、剣の勝負の最中に魔術を使うなど、卑怯ではないか」

 カールは、不満そうに言った。

 レナは、当節では考えられないカールの言葉にあきれた。

「本当に古くさいのね。あんた、いくつ?」

「十六だが」

「なによ、あたしと同い年なの。信じられないわ。五十くらい上かと思った」

「あなたもまだ十六才なのか? そうとは思えない、すばらしい魔術だったな。あなたほど実力がある魔術師を見たのは、初めてだ」

 カールは、自分を簡単に伸してしまったレナの実力を認め、率直な感想を述べた。

「あら」

 ニナは、嬉しそうな顔をして手を打ち合わせた。このように率直に褒められることは、あまりない。いつも、ハンソン家の娘だからとか、そんな言葉がおまけにくっついてくる。

 店員は、舞い上がるレナを見て渋い顔をしながら、カールに忠告した。

「旦那、こいつをおだてちゃいけませんよ。限度を知らないんだから」

「なんですってえ? 私がこの人を救ったのよ。おかげであんたの店だって巻き添えを免れたんでしょ。私の魔術に感謝するなら分るけど、その言いぐさは何よ」

 イェルドは、レナの言い草に目を剥いた。

「おまえがあの護衛士に魔法でひどいことをしたから、この人が巻き添えを食ったんだろうが」

「どうしてそうなるのよ」

「やめろやめろ、俺は、この娘に感謝しているよ。助太刀してくれなかったら、どうなっていたか」

 カールは、言い争いを見かねて仲裁に入った。二人の気を逸らすために、先ほどから気になっていることをたずねることにした。

「なあ、古くさい古くさいとあの男も言っていたな。何がどう古くさいのだ? ここらでは、剣の勝負に魔術を使うのが普通なのか?」

 ニナは、顔をしかめて腕組みをした。

「うーん、まず、話し方が古くさいわね」

「なに、俺の話し方が古くさいというのか?」

「なんだかねー、その返事一つとってもさ」

「そうは言われても、我が家では普通なのだが。古くさいとは心外だ」

「心外なんて、物語の中の台詞みたいね」

「貴族と平民の違いだろうか? しかし、我が家では、出入りの平民も皆このような言葉遣いだぞ」

「この辺の貴族は、あたしみたいな言葉を使うわよ」

「聖職者もか?」

「みんなよ。貴族も平民も聖職者も魔術師も」

 あらぬ話を始めた二人に、店員イェルドが割り込んだ。

「おいおい、剣術と魔術の話じゃなかったのか」

 おかげで、レナのペースに巻き込まれそうになっていたカールは、何とか自分を取り戻した。

「そうだった。なぜ、剣の試合に魔術を持ち込むような護衛士が幅をきかせているのか?」

「だって、剣術と魔術の両方を使うのが普通じゃない」

「なぜ普通なのだ?」

「なぜ?」

 レナは、ちらりとイェルドを見て、話を振った。そんなの私が知るわけないじゃないという顔だ。

 やっぱりね。幼なじみのイェルドは、悟るのも早い。どうせレナがそんな事情を知るわけはないのだ。魔法以外に興味を持ったことがないんだから。とはいえ、男の子にも興味がないのは、同年代の女の子と比べるとやっぱり変だ。もうちょっと踏み込んで仲良くなりたいと思っているイェルドとしてはつらいところだ。だが、レナはそういう娘なんだから、しょうがない。幼なじみなのがかえって悪いのかもしれない。でも、他にも密かにそう思っている奴が何人もいるみたいだから、自分が特に不利というわけでもないはずだ。

 レナが、イェルドのひじをつついた。心ここにあらずといった態のイェルドを、不審そうに見ている。

 われに返ったイェルドは、レナの代わりに説明し始めた。

「四十年前のことだ」

 話し始めたとたんに、横やりが入った。

「あんた、いくつなの?」

「うるさいな。じいちゃんから聞いた話なんだよ。黙って聞いてろ」

「あんたもいい加減古くさいわね」

「横からごちゃごちゃ言うな。この旦那にとっては大事な話なんだから」

「たぶんね」

 イェルドは、もうレナを相手にしないことにした。何を言われても返事するもんかと心に決めてカールに向き直り、改めて話し始めた。

「昔々」

「あんたね」

「じろっ」

 イェルドに効果音付きで睨まれ、今度ばかりはレナも黙った。

「その昔」

 ここまで言って、イェルドは、再度レナを見やった。レナは、突っ込まないように我慢していた。満足したイェルドは、話を続けた。

「確かに、剣士は、魔術なんか使わなかったそうだ。たった四十年前のことさ。俺のじいちゃんは、そのころ王軍の兵士だったんだ。小さい頃からこの話を聞かされたよ」

「ふむ、興味深い」

「表現がいちいち古くさいのよね」

 レナがぼそっと言ったが、イェルドもカールも相手にしない。

「当時は、剣士と魔術師が協力して戦っていたそうだ。何せ、あの神聖帝国との戦いだ。剣術も魔術もなんて両刀遣いじゃ、どっちも半端になっちまって、相手にかなわなかったんだと。そういうわけで、剣士は剣術、魔術師は魔術をうんと練習して、お互いに守り合いながら戦ったそうだ」

「私もそう教わった」

「でもな、今時そんな戦いなんかないんだよ。戦う相手と言えば、こそ泥とか、盗賊とか、せいぜい辺境の小国家くらいのもんだ。剣術にしろ魔術にしろ、神聖帝国を相手にするような凄い腕はいらない。さっきの奴みたいに器用に魔法を使いながら、そこそこの剣術で相手をやっつけられればいいのさ」

「武術もそこそこ、魔術もそこそこか。なんだか、情けない話だな」

 カールは、ため息をついた。

「やはり、剣士と魔術師が協力して働く方が、よりよい仕事ができる気がするのだが」

 イェルドは、カールの表情が、祖父がこの話をするときの無念そうな顔に似ていると思った。

「じいちゃんも、そう言ってたよ」

「そうであろう」

 二人は、うなずき合い、黙りこくってしまった。

 そこに、じれて黙っていられなくなったレナが口をはさんだ。

「でも、結局あっさり負けてたじゃない」

 情け容赦のない言葉である。剣術と魔術のあり方について深く考えたい気分だったカールとイェルドは、思わず顔をひきつらせた。

「あんなくだらない魔法で逆転されるんじゃ、話にならないわよね」

 あの護衛士の魔法は、レナにとっては児戯に等しかったのだ。レナに悪意はなかったが、この言葉は、カールにとっては傷口をえぐるような追い打ちとなった。カールは、あの護衛士の魔法で簡単にやられてしまったふがいない自分への怒りに、体を震わせた。

「あ、ごめんごめん。気に触ったんなら謝るわ」

 少しは気を遣ったレナに、カールは押し殺した声で答えた。

「いや、あなたの言葉に対して怒ったわけではない」

 イェルドは、優れた剣士が凡庸な護衛士に負けたショックを思い、何とかしてやりたくなった。

「レナ、魔術のことなんだから、面倒見てやれよ。今時の剣士には必要なんだろ」

「面倒ねえ、どうかなあ」

「おまえのじいちゃんは、凄い王軍魔術師だったって俺のじいちゃんが言ってたぞ。戦闘向きの魔術もいろいろ知ってるんじゃないのか」

 熱っぽい口調だ。イェルドは、すっかりカールの味方になってしまったようだ。

「うーん、そうかも知れないけどさ」

 レナは、面倒くさそうに、熱心に力説するイェルドをひとにらみした。そして、ふと思いついたように言った。

「そういえば、あんたこの辺の人じゃないわよね。どこから来たの?」

「ホルミントルだ」

「ホルミントルっていうと、英雄ネッケルの領地があるところね。ゆかりのある人?」

「私は、ネッケル家の五男だ。国王の近衛か、せめて護衛士にでも取り立てていただければと思って来たのだ」

 これには、さすがのレナも驚いた。これまでなれなれしい口をきいていた相手が、なんと、かの有名な大貴族ネッケル家の息子だったとは。

「いきなりやってきて近衛なんて望みが高いような気がするけど、どうなの?」

 レナは、そういいながら、イェルドに目をやった。

 話を振られたイェルドは、首をかしげながら答えた。

「たぶん、ネッケル家のご子息なら、すぐに近衛に取り立てていただけるかも」

「へえ、凄いのね。ネッケル家って」

「当たり前だ。対神聖帝国戦争の英雄だぞ。そのご子息が邪険に扱われるわけがないだろう」

 そのような会話を聞きながら、カールは、何事かを考え込んでいた。

 レナが、その様子に気づいた。

「どうしたの?」

「お名前は?」

「へ? あたし? レナ」

「そういえば、店員がそのように呼んでいたな」

「はい、そのように呼んでました」

 イェルドが大きな声で答えた。

「何、この、間の抜けた会話?」

 レナは、イェルドの妙に勢い込んだ返事に白けてしまった。

「間抜けか。そうだな。はは。私は古くさくて間抜けだ」

 自分が漏らした何気ない言葉にカールが深刻そうに反応したので、レナは、慌てた。

「何言ってんのよ。そんなこと言ったんじゃないわよ。あんたは立派なもんだったわよ」

「いや。あんなくだらない魔法で逆転されるのでは、話にならん」

 先ほどの台詞をそのまま繰り返され、レナは、罪の意識を刺激されてしまった。

「ごめんごめん、本気で言ったんじゃないのよ。つい口をついて出ちゃってさ、ほら、私ってがさつものだから」

「わかってんじゃねーか」

 横からイェルドが口を出すと、レナの拳固が飛んだ。イェルドは、顔面を押さえてかがみ込んだ。

「いや、いいんだ。本当のことだから」

 弁解するレナを押しとどめ、カールは、レナに向かって跪き、頭を下げた。

「ちょ、ちょっと、貴族様が何をなさいますのんの」

 動転したレナが言い慣れない言葉を口走っていると、カールが顔を上げて、まっすぐにレナを見つめ、こう言った。

「レナ殿、私を弟子にしていただけまいか」

「え、弟子って・・・・・・」

「先ほどの護衛士のことを考えると、魔術を使えなければ、仕官してもお役に立てないと思う。あなたは、優れた魔術師だ。私を指導していただけないだろうか」

「そんなこと言われても」

 レナは、助けを求めてイェルドの方を向いた。

 イェルドは、何度もうなずいていた。カールの覚悟が、イェルドの胸を強く打ったのだ。感動の涙が、鼻血とともに止めどなく流れていた。


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