囓る音
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
バイト仲間とさ、肝試しに行ったんだよ。
名前忘れたけど、なんとかって有名な心霊スポット。
其処では別になんにもなくて、つまんねーとかって帰ってきたわけ。
んで、そのまま飯食って寝たんだけど。
朝起きたら、変な音が聞こえる。
ガリガリガリガリって、そうだな…硬い物を囓ってるような音。
あぁもう、ようなじゃなくて、確定だ。
囓ってるんだよ。ガリガリガリガリって。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
変な音がするなぁと思ってさ。
もしかして、ネズミでもいるのか? って、机とか椅子とかチェック。
別になんともないわけ。
でも、音は消えない。まだガリガリ聞こえてる。遠ざかった気配もない。
まさか天井? うちネズミいるのかよ? って。
面倒臭ぇけど、脚立持ってきて。
あの点検とかするために外れる天井板あるじゃん。
それ外して、天井裏も見てみたわけ。
これといって変わったとこなかったぜ。汚かったけどな。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
……あぁ、うるせーなぁ畜生。
そのときは、バイトの時間が迫っててさ。
まぁいいやって、母ちゃんにメールして、そのまま家を出た。
そしたら、ついてくるんだよな。
その音。ガリガリって音よ。
チャリ乗ってても歩いてても、電車に乗っても。ずっと耳元でガリガリ。
で、気付いたんだよ。
あぁ、こりゃ耳鳴りだ。
どっかで音がしてるんじゃなくて、俺の耳がおかしいんだなって。
だったらそのうち治るだろうって、そんときは、軽く考えてたんだが……。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
それから、ずっと聞こえる。
なにをしててもだ。
飯食ってても、風呂入ってても、バイトしてても、ゲームしてても。
ネットしてても、寝ても起きても、四六時中ずっとだ。
こりゃヤベェと思って、耳鼻科に行ったんだ。
そしたらさ。あの藪医者、異常なしとか言いやがる。
ろくに検査もしないで、気休め程度の薬を二三、出されただけだぜ。
飲んださ。ちっとも効かねーよ。見りゃわかんだろ。
……あ、悪い。あんたに当たってもしょうがねーわな。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
行きまくったぜ、病院。
あっちもこっちも、耳鼻科だけじゃなくてさ。
脳外科だの、整形外科だの、東京の名医様にも診てもらった。
挙げ句に精神科に回されて、性欲がどうのとか言われた。大きなお世話だろ。
それでもな―――駄目だ。
治らない。
聞こえるんだよ、ずっと。ガリガリガリガリ。
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
最近じゃストレスで頭痛もヤベェ。
ここだけの話、後頭部がハゲてきやがった。
ほら、ココ見ろよ。丸くハゲてんだろ。円形脱毛症とか言うんだっけ。
もう俺、どうなるんだろうな?
ん……そうだよ。
俺は否定派だったんだけどなぁ。
もう認めるわ。認めざるを得ないだろ。
―――耳鳴りなんかじゃない。
それでな、弟が、友達に霊感強いのがいるからって。
あんたを紹介してもらったってわけな。
†
眉間を揉みながら、彼は、大きな溜息を吐いた。憔悴しきって顔色が悪い。
兄が困っている、と友人から相談を受けたのはいいけれど、僕は「見える」だけだ。除霊の方法なんか知らないから、状況がわかっても、どうしようもない。解明が即解決には繋がらない、典型的な例。原因を知ることが、果たして彼のためなのか、それとも更なる頭痛の種となるのか。僕にはわからない。
だから、告げるべきかどうかは迷ったのだけれど。
人も疎らなファミレスで、こうして向き合って冷めたコーヒーを啜り続けるのも気まずい。それに正直、僕も早く帰りたかった。
「たぶん……肝試しで連れて来ちゃったんでしょうけど」
僕は、できるだけ彼の顔を見ないように言った。
「ハゲたおっさんの生首が、物凄い表情で、お兄さんの頭を囓ってます」
了