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死情旅行  作者: よーか
day1
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午前四時半。俺は一つ深いため息を吐き出して自分の部屋を感慨深く見渡した。



二階にある、少し大きめの子供部屋は、俺が中学生くらいの頃まで、兄、姉、弟の俺の三人で使っていた。



高校生くらいになると、兄が自分の部屋が欲しいと言い、物置を自分の部屋に変えた。



それでも、三段ベッドは仲良く同じ部屋に置かれていて、年の順番で上から兄、姉、俺だった。



兄が社会人になり、出て行った時にとても喜んだ。自分の部屋が欲しかったのは何も兄だけではない。



姉はその頃一階に布団を敷いて寝るようになっていたし、姉は大学生だと言うこともあり、帰りが遅く、ほとんど俺の部屋同然だった。



そんな部屋の俺の勉強机の周りは、整理をしても次の週になれば、プリントやら教科書で溢れかえるのが普通だった。もっと言えば三日でなっていたと言っても過言ではない。



そんな今の状態は、もちろん汚い。けれど、この慣れ親しんだ部屋に来ることはもうない。



ここで約十年寝て起きて用意をして、ある時はCDを聴き、またある時は一人で悩み、小さい頃は一人で泣いたこともあった。そして一人で笑ったことも多々あった。それはもう不気味だっただろう。



兄弟で喧嘩したこともあった、兄弟で遊んだこともあった。本当に長い間お世話になった。でも、この部屋を見るのも、ここで時間を過ごす事も、もうない。



俺は胸に込み上げてくるものを、押し殺してまた、ため息に変え吐き出した。



少し大きめの黒のショルダーバッグと、いつも大学に行く時に使っている黒の手提げ鞄を、担ぎ背を向けた。




「じゃあな。」




小さくそう呟き、部屋を後にして出来るだけ音を立てずに下の階へ降りた。




忘れ物が無いか確認していると、みゃー、と横から鳴き声が聞こえてきた。



少しうんざりしながら視線をやると、腹を切るために胴体の部分だけ毛を刈られ、猫とは思えない外見のうちのペット、ロビンがいた。



うるうるとした目でこちらを見てくるのは、朝のいつもの風景で、何も大好きだよ、と言ってくれているのではなく、早く飯よこせやコラぁ、とガンをつけているだけである。



病気にかかり、もう長くはないと言われているロビンを見て不覚にも俺まで目が潤いそうになった。



頭を撫でてやると、そうじゃないと首を振り、早く飯を寄越せ、と催促してくる。



ロビンは変わらないな、と苦笑し餌を手のひらの上に置いて食べさせてやる。



遅いよ、とでも言うかの如く、凄い勢いで食べ始める。



この風景も、もう見ることはないのか。ロビンの最期を見てやれなかったのは残念極まりない。



俺が感傷的になりながら頭を撫でていると、食べ終わったようでもっと寄越せと鳴いて言ってくる。




「元気でな」




俺は暴れるロビンを抱きかかえながら、自分の頬を寄せて呟いた。



ロビンはやはり嫌がるので、下ろしてやると、俺はそのまま見ることはなく玄関のドアへと向かった。



ドアを持つ手が、震えた。



これは始まりなんかじゃない。


冒険の書を作りますか

はい/いいえ


ではなく


冒険の書を消します 本当にいいですか


はい/いいえ


の方だ。



俺は何もかも失う。

今までの親からの信頼も、愛情も、友達がいない俺の数少ない人間関係も、今まで関わって俺を育ててくれた人も、そして自分の命を。



今までやってきたことを全て裏切ることになる。



なんて親不孝な息子だろう。

だから、こんな息子は要らないだろう。忘れてくれ。俺は忘れない。



震える手で地獄の門を開けた。

行き先は地獄だ。もう帰って来れない。



父の日も、一ヶ月遅れの母の日も、姉の誕生日のプレゼントも買った。兄だけ買えなかったのが少し気がかりだが、一昨日二人でバイクを二人乗りして買い物をした。



昨日の夜も一昨日の夜も家族で麻雀をした。俺は普通に振る舞えてただろうか。



もう、やることはやった。

大学も、留学も放ってきたのは、もうどうしようもない。



俺は一度目を軽く閉じて、薄く開け、ドアに手をかけ、開けた。

さぁ、死への旅行を始めようか。





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