カエルを踏んだら連結器に足を突っ込んだ
(お題を簡単に)カエル踏んだあと列車の連結器に足をはさんだ。
薄暗い場所。太陽は天頂を少し過ぎ先ほどまで差し込んでいた光は間接的な物となった。高速で動く箱と箱の間で流れる線路沿いの景色を見ている少年はつぶやいた。
「世の中には二通りの人間が居る」
ざんばらに切られた黒い髪は風にたなびき、さして長くもないはずのそれを逆立てる。彼の着た学生服だけは整っており、彼の通う学校の制服を作ったデザイナーのセンスが光っていた。残念なことに格好のいい服に似合うだけの容姿は無いのだが、着る人間の容姿までもをデザイナーに求めるのは酷だろう。世界には彼の幼馴染のように容姿端麗な男性ばかりというわけではないのだから。
「あくせく自分で働く人間と、人を動かし楽をする人間だ」
俺は後者を目指していたのだが……と続けた少年はされど自ら動こうとはしなかった。むしろつぶやく以外のことは出来なかった。彼の前後からは何者だろうか、とても堅気とは思えないどすの利いた声で彼と思わしき人物を探しているようだ。
「そもそも、こんなことになったのもあいつのせいだろう、多分。畜生いつも厄介事を押し付けやがる」
事ここに至ってはもうどうしようもない。そう思い彼は目を閉じ、想像上で幼馴染の顔を殴りながら過去を回想する。
始まりは彼の幼馴染が言い出した旅行計画だった。なぜかは知らないが海外に知り合いができたらしく、そいつに会いに行きたいのだが一人では迷いそうなので付いて来てくれないか、とのことだった。普通ならそんなもの一人でいけと突き放すのだが、彼と幼馴染は家族ぐるみの付き合いというやつでしかも力関係がはっきりしているために、彼は幼馴染のお願いを断るに断れないのだ。古くから伝わるらしい家の宗家(特に幼馴染は跡取り息子なのだとか)と分家の関係らしいのだが彼には詳しいことはわからない。わかっているのは彼の家族は幼馴染の家を恐れており、決して逆らわないということだけだ。
しかたがないので付いて行くことにした彼は、次にどこへ行きたいのかを聞いた。すると名前も知らない小さな王国に用があり、しかもそこの第一王女に会いに行くのだと言う。流石に会えるわけもない、アポイントを取ることすら不可能だ、と伝えると近くまで行けばなんとかなるので連れて行けという。正直それすらやりたくはないし、そもそも何とかするとは何をするのかとも思う彼は、しかし、近くまで行くだけならパスポート以外は必要ないからいいだろうと了承した。二人の間の力関係が見える瞬間だ。
さて、移動中に彼は幼馴染の起こすトラブルを空港までの電車、空港内部、飛行機と回避できていたのだが、最後の最後、王国へ向かう長い列車の中で問題が起きてしまった。
彼にとっての問題の始まりは幼馴染を見失ったことだった。幼馴染はなぜか問題にぶち当たっては巻き込まれた女の子を救い出し、惚れさせるという特技を持っている。それだけなら勝手にしてくれと突き放す事もできるのだが、周りを巻き込むほど大きな事件に巻き込まれることも少なくはなく、そうなると必然的に最も近くに居る彼も巻き込まれることになるので、突き放すと最終的に彼に振りかかる不利益は多くなることを彼は経験則で知っていた。
そうなると意図せずして手綱を離してしまった状況は良くない。彼はとにかく探して捕まえなければと動き出す。そう、妙な光を見たのは動き出した直後だった。晴天の太陽にも匹敵するほどの光量がコンパートメント席から漏れた。普通の人間なら野次馬以上の目的ではそんな怪しい場所には近づかないが、彼は彼の幼馴染が時折そういった不可解な現象を起こすのを知っていたがために見に行き、そして見に行ってしまったのだ。
そこには何かに切られたようだが、血などの体液を出していない妙な死に方をしたカエル以外に変わったものはなかった。コンパートメントに入るときに踏んづけてしまったカエルを持ち上げてみていると、慌ただしく四人ほど黒服の男たちが彼に向かって、正確にはかれのいる場所に向けて走ってくる。彼はああ、これはまた厄介事に巻き込まれたかなと思いながら黒服の男たちを待つ。これまた経験則で下手に逃げるより話をしたほうが穏便に解決する可能性が高いと知っているからだ。問題は彼が王国独自の言語を知らないことを失念していたことくらいだ。
黒服の男たちは彼の持つカエルを見ると血相を変えて彼の前に立った。後ろはコンパートメントであるために行き止まりなので、実質取り囲まれたのと同じことになる。彼らはおそらくコチラの言語で喋りかけるが、彼は母国語と英語、かろうじて中国語までしか理解できない。彼はしまったと顔をしかめながら英語で言ってくれないか、と言う。幸いなことに彼らは四人とも英語が喋れるようで、会話ができた。
いろいろと言われたがまとめるとどうも、この辺りにいた少女を知らないか、ということらしい。もちろん彼は少女のことなど知らないし、むしろこの辺りで彼の幼馴染――なぜか地毛が白髪で無駄に容姿の整った中肉で身長180センチごろの少年――を見かけなかったかと逆に問いかける。すると、彼らは心あたりがあるらしくざわつくと、彼に対し妙な模様の入った紙と銃を向けながら厳しい口調で詳しく話せと命令した。
ああ、これはまた幼馴染が関係した問題で、しかもいけないパターンだ。このまま捕まったらどうなるかわからない。そう彼は直感的に把握し、怯えたように下がりながら周りを見る。開いた距離を詰めるように近づく四人を見て、彼は手に持ったカエルを山なりに投げ、その下を潜るように突撃する。いきなり飛んできたカエルに思わず視線を上げた四人は地面を這うように近づいた彼に足をすくわれ、転んでしまう。四人は狭い場所で一気に転んでしまったために互いに互いの体が絡み、すぐには立ち上がれない。当然、そんな状態では不用意に銃を撃つこともかなわない。
そんな状態を意図して作り出した彼は確認もとどめを刺すこともせずに一心不乱に逃げ出した。はっきり言って不意打ちに成功しても黒服が後何人いるのかや目的がはっきりとわからない以上確実に確執を残してしまう方法を取るのもどうかと思ったのだ。
そうして、列車の中にいれば人海戦術でどこにいようと発見されると思った彼は逃げた先の窓から外に逃げ出したのだ。もちろん、開けた窓は閉めておいた。鍵がかかるタイプではそもそもないのでそれで十分と思ったのだ。列車が次の駅までつく数時間隠れらればどうにか逃げ出せるだろうと言う考えもあった。
外にでると風が冷たかった。冬場でなくとも高速で動く列車の上では風が強いのだ。とりあえず彼は列車と列車の間に入り込んで風を避けるが、そこで重大なことに気付いた。足が列車と列車を繋ぐ連結器にどういうわけかはまってしまい、動かせないのだ。彼は列車の合間から見える太陽を見上げて目をつぶり手で顔を覆い、つぶやいた。やべぇ、どうしよう――と。
「――おい! まだ見つからんのか! 列車が止まっておらん内は姫様と奴らはこの中に居るはずだぞ! この列車の周辺では転移魔術は使えんようになっているのだからな」
今回の黒服の雇い主、の側近である警護主任は憤っていた。彼はこの王国における第二王女の警護を任された男だ。彼は決して怠惰な男では無い。警護団として雇われた外人部隊と密な連携を可能とするために多くの打ち合わせを重ねてきたし、第二王女が移動するルートも共に下見して意見を出し合った。車よりも列車、貸し切りなら小規模にと情報漏洩を防ぎつつ、それでも確実に守れるだけの人員を確保するその動きはそれを知っている上司をうならせるほどのもので、逆に関係のない部署の人間からはあいつは最近遊んでばかり居ると陰口をたたかれたものだ。
そんな彼は確かに有能ではあったが、想定外のことに対処する技術は未熟だった。彼はその有能さ故に失敗した経験が浅かったのだ。なによりも警護する人間がまさか自分から逃げ出すとは思っていなかったのが最初の失敗だ。彼は手腕は悪くないが運が悪かった。次の失敗はどこの誰とも知らぬ魔術師がこの列車に乗っていたことだ。第二王女が乗る場所に興味を持った魔術師を追い返すことは成功したものの、その後魔術師と第二王女が出会ったらしく、カエル型の使い魔を失い、警護対象の場所を見失った。極めつけは、これは第二王女とそこにいた少年しか知らないことだが、異世界召喚なるものに巻き込まれて物理的にこの世界から消えてしまったのだ。
「くそっ。姫様が無事ならいいが。あの魔術師、見つけたらただではおかんぞ……」
頭をかきむしりながら部屋をうろつく彼は無線から新たな情報が飛び込むのを待っている。
「おい、見つけたか?」
「いいや、トイレの便器の中にすらいねぇ」
さて、やはりあの四人だけではなかった黒服は彼を探していた。列車を止めること無く数時間かけ、前から後ろまで全ての部屋、トイレ、物おきをくまなく全員で少年二人と少女を探しても彼も彼らの上司が言う姫様も見つからない。
「もしかしてネズミにでも変身できたりしてな」
もはや列車内はどこも探し、人間の隠れられる場所は全て探したと言っても過言ではないと思っている黒服は笑いながら言った。それに大真面目な顔で言葉を返すのは水晶球を持った黒ローブの人間だ。
「いや、それはない。この列車内は魔力の流れが乱れているが、流石に変身術を使っているなら場所がわかる。魔力を使わずに隠れているよ……」
「ちっ、お前が言うならそうなんだろうな。しかし、どこに居るのかはわからないのか?」
「姫様につけたマーカーは感じられない。解除された感じもない……私よりもずっとずっと高位の魔術師か、何か裏技を使っているのでもなければありえない話だ」
黒服と黒ローブは旧知の間柄で、その出会いと今までには別の物語がしまわれているのだが、それはどうでもいいことだ。とにかく、彼らの間には信頼関係が結ばれていた。黒ローブが言うなら仕方ないともう一度一から探すようにと黒服は部下に命令した。
先ほど四人組が転ばされ、カエル型の式神――発信器兼護衛――の残骸が見つかった場所で再び太陽に匹敵する光が発生する。気を張っていた彼らがそれに気づかないわけもなく、すぐにそこに向かうと、いつぞやの美しい少年の魔術師と第二王女が寄り添って立っている。黒服は銃を向け臨戦態勢に入る。少々遅れて警護主任が飛んできた。
「姫様!」
警護主任は泣きそうな、否既に少し泣いた状態で声を上げる。
「その女の子から離れて伏せろ! 両手は頭の後ろで組め!」
黒服たちは安全装置を外し、何かあればすぐに撃ち殺すだけの準備をして対応する。すると、少年のそばを離れて、第二王女が前に出る。あどけない少女の見た目にはふさわしくないほどに成長した光を目の中にたたえている。
「皆の者、鎮まりなさい。そこの男たちは銃をおろしなさい。それは私に銃を向けているようにも取れますよ」
黒服たちはざわつくが、すぐには降ろさない。立場的には警護主任よりも第二王女のほうがはるかに立場は高いのだが、ことこの場においては警護主任の命令のほうが優先度が高いからだ。
「……分かりました、姫様。諸君、おろしたまえ」
「……おろせ」
警護主任に続いて黒服のリーダーが指令を出すと、黒服たちは銃を下ろす。しかし、まだ安全装置は掛けておらず、すぐにでも撃てる状態を保ったままだ。
「姫様、一体何があったというのです。その男は姫様にとって安全ではありません……さあ、こちらに」
「いいえ、警護主任。この方は私にとって安全です。安全な場所を作り出してくれます。とにかく、詳しいことはあとで話しますからこの方は国賓待遇で対応するようにしなさい」
「……ですが」
「いいですか、国賓待遇になさい。次は言いませんよ」
「……はっ。諸君、できるだけ丁寧に彼をお連れしろ。傷つけることは許さん」
警護主任はそのまま後ろを向くと黒服のリーダーに小声で指示を出す。
「厳重に警戒しながら見張れ。絶対に逃すなよ。いざという時はお前の判断で動いていい。場所は私の部屋だ。あそこなら不足はないだろうし、転移は絶対に不可能だからな」
「了解、ボス」
口を動かさずに答えた。この口を動かさない技術が使えないので警護主任は後ろを向いて口元を隠したのだ。そのまま警護主任は部屋を出ようとする。
「あー、ちょっといいか?」
その瞬間に第二王女の後ろに佇んでいた少年が手を上げながら口を開く。それに反応して黒服たちが銃をあげようとするが、それはリーダーが手を上げて制止した。
「ボス?」
リーダーにボス、と言われた警護主任は振り向き、言葉の続きを促す。
「あー、この列車に俺の友人が乗っているんだが、そいつも連れていきたいんだが、いいか?」
警護主任は考え込んだ。本来ならこの少年をすぐにでも引き離したいのに、その上部外者を呼び込みたくは無い。しかしどうも洗脳でもされているのか第二王女は少年を非常に気に入っている。ダメに決まっていると言うのは容易いが、言ったところで受けいられるだろうか。
「……そうですね。姫様、どうしますか。国賓待遇とはいえ部外者をあまり入れたくないのですが」
「国賓待遇なのですから、護衛の一人くらいは問題ないでしょう」
「……分かりました。名前を教えて頂ければこちらで探すのですが」
横からいきなり少年が声を上げる。警護主任はまゆをひそめるが、それ以上の動きはなかった。
「ああ、いや、俺が呼ばないとアイツでて来ないと思うけど。まあいいか、アイツの名前は――」
「ファーックファーックファッキーン」
妙な歌を小声で歌う以外の暇つぶしをやり終えてしまった彼こと連結器に足をはめてしまった少年は部屋の中の声に耳を傾けていた。先ほど再び眩しい光を見た彼は部屋の中で新たな動きを感知したからだ。
「ファファファファー」
どうも、探していた幼馴染も中にいるらしい。姫様という声も聞こえるのでやはりトラブルに巻き込まれた上に姫様とやらを落としたのだろう。一体何をしたのかはわからないのだが。
「ファーッ……ん?」
どうやら中で話がまとまったらしいが、そこに自分の名前が出てきた。さて、幼馴染が出てきたということは火急の話は殆ど終わっていると考えてもいいだろう、とこれも経験則で判断してそろそろ自分の存在に気づいてもらおうと動き出す。
「分かりました。つまり探し人の名前は――」
ガンッと壁から音がした。そして誰かの名前が聞こえる。音の聞こえた方向にリーダーは銃を向けた。
「あ、これアイツの声じゃん。おーいどこだー」
ガンッっと再び音がしてから声が聞こえた。
「外だ! どうも足がはまって動けん。すまないが人をよこしてくれないかー」
「あー、姫様よ。どうにかしてもらってもいいかな。アイツは俺がいないとダメだからな」
ガンッっと音がする。音を建てた本人としてはふざけるな、と言う意味を込めたのだが少年は違う意味でとらえたらしい。肩をすくめて、な? と視線を第二王女へ向ける。
「皆さん。探し人を連れてきてあげなさい。準国賓、程の待遇にはしてください。それでは警護主任、私は疲れたので横になりたいのですが。この方もまずは休めるように」
「……分かりました、姫様。そのように。リーダーは何人か外にやってくれ」
「承知しましたよ。おい、何人か……そうだな、こかされた奴らがいただろう。お前ら行って来い」
命令された黒服たちはコンパートメントから急ぎ足で出て行った。
「姫様はこちらへ。君、いや貴方はこちらのリーダーに付いて行ってください」
「分かりました。警護主任」
「お、たのむぜ、おっさん」
助けだされた少年は四人の黒服と列車内を歩いていた。
「まさか外にいるとはな……いくら中を探しても見つからないわけだ」
「中にいたら見つかると思ったからな……まさか足がはまるとは思っていなかったがな。助かったよ」
「恩を感じているならなんか奢ってくれよ」
「こかしたこともチャラにしてくれるならいいが、子供にたかる大人ってどうよ」
笑い声を含めながら会話をする彼らは、先ほど足を引き抜くのに苦労したおかげで不思議な一体感が出来ていた。
「やれやれ、とにかく無事に行けそうでよかったよ。後は帰りだな」
「お前も災難だったなぁ」
カエルを踏むまではともかく、連結器とかどうすればいいの……と思いながら書きました。今では廃列車のある工場かなんかでかくれんぼでもさせとけばよかったと思います。幼馴染はその筋では有名な魔術一家の後とりで、中心として書いた少年はそんな家の分家ですが一切力がなく逆らえないとか、幼馴染と王女さまはやっぱり異世界を救ってきましたし、リーダーと黒ローブはかつていろいろありました。が、特段設定はありません。