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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
九章「九尾の願い」
97/128

十、

 たとえ形は違えど、思う「願い」はただ同じ。

 されど、此のもの彼のものは剣を交え、血を流す。

 それは必然にして宿命。

 ――所詮、妖と人間とが分かり合うことなど、不可能なのだから。


 護と九尾が戦闘を開始した頃。

 月美たちは江戸城に向かっていた。

 ふと、月美は自分の周囲にいたはずの十二天将の気配が消えたことに気づいた。

 同時に、江戸城からとても懐かしい妖力を感じた。

 ――護……封印を解いたの……?

 かすかに、月美の胸には何かが突き刺さったような痛みが走った。

 封印を解放しなければならないほど、強力な相手ということか。

 江戸城にいる妖で、それだけの力を持っている相手は、一体しか思い浮かばない。

 嫌な予感を覚えた次の瞬間、江戸城が突如爆発し、壁の一部が破壊された。

 爆発があった箇所をよく見ると、金色の光を放つ何かが、ひらひらと揺れていた。

 そして、煙が晴れると、その金色の物体の下に何か小さなものが動いている様子が目に入った。いや、ものではない。

 建物と、揺らめいているそれのせいで小さく見えるだけで、よくよくみれば、それが人間であることはすぐにわかった。

 そして、今現在、江戸城内で行動しているであろう人間はただひとり。

 「……護?」

 月美はその答えとなりえる、いや、それが答えとしか考えられない人の名前を呟いた。

 そして同時に、金色に輝いているそれが、九尾の尾であるということにも。

 「……っ!」

 月美は声にならない悲鳴とともに、その場から急に駆け出した。


 九尾が本性を現し、本気で攻撃してきた瞬間、護は城の外へと弾き飛ばされた。

 どうにか、体勢を崩すことはなかったものの、屋根の上という非常に不安定な足場での戦闘を余儀なくされていた。

 「……ちっ!」

 「ほれほれ、どうした?」

 九尾はまるでおもちゃで遊ぶかのように、その尾で護に攻撃し続けた。それも護をいたぶるかのように、護が避ける場所、紙一重の部分を狙って、その尾を屋根に打ち付けていた。

 半妖化しているとはいえ、立て続けに繰り出される攻撃に、護の足はすでに限界を迎えていた。

 「……この身は我が身にあらず、神の御影をかざすものなり!」

 護は両手を合わせ、振り下ろされる尾に向け、言霊を紡いだ。

 紡がれた言霊の霊力は強い風となり、尾を阻む。しかし、尾そのものを阻むことはできても、尾がまとう衝撃までは阻むことができなかった。

 徐々に護の体は沈んでいった。

 やがて、びしり、と嫌な音を立てて、護の足元が崩れ落ちた。

 「くっそっ……風神、招来!!」

 咄嗟に刀印を結び、言霊を紡ぐ。言霊に呼び出された風は、護を包み込み、着地時の衝撃を可能な限り抑えた。

 地上に落とされた護は舌打ちをして、頭上を見上げた。

 そこには、巨大な金色の毛並みを持った狐がこちらを睨みつけていた。

 ――そういえば、こいつと最初に会った時もこんな感じだったな……

 なぜか感慨にふけったが、すぐに睨み返し、霊剣を構えた。

 あの時とは違う。初めて、人間と妖が争うということを目の当たりにし、大敗を喫したあの時とは。

 それは、戦力や霊力という意味ではない。

 たしかに、あの時から護は月美を守るために、修行を積んだ。それこそ、命を削るほどの厳しい修行にも耐えてきた。

 そして、最終的には自身の最奥に眠っている炎を御することができた。

 しかし、それはこの日を迎えるためにしてきたことではない。これから先の、かけがえのない仲間(とも)たちや大切な人(月美)と、笑って過ごせる明日(みらい)を築くためにしてきたことだ。

 だからこそ、ここで負けるわけにはいかない。その決意が、あの時と今の、最も大きな差だ。

 「……ところで、土御門の若君。冥土の土産だ、お前の名を聞いておこう」

 壁の向こうから姿を現し、護を見下ろしていた九尾は、不意に、護に名乗るよう告げた。

 それは、九尾が自分に敬意を評しての態度であり、名を知ったところでどうこうしようという気がまったくないということに気づき、護はそっと微笑み、答えた。

 「葛葉姫命、いや……神狐、葛の葉の子、安倍晴明が子孫、土御門護だ……俺は名乗ったんだ、あんたも名乗るのが道理だろう」

 護の返しに、九尾は耳まで裂けているその口端を釣り上げ、答えた。

 「白面金毛九尾の神狐、名は天貴」

 いい名だ。

 護は純粋に、そう思った。

 互いに名乗り合い、護と九尾、いや、天貴は再び身構えた。

 名乗ったのは、友好の証を示すためではない。あくまでも、これから、全身全霊、全力で戦う相手への最低限度の敬意のためだ。

 「……」

 「……」

 しばらくの間、二人は沈黙を守った。

 その雰囲気に、天貴の配下であった妖狐たちはおろか、護の傍らに控えている十二天将と五色狐もまた、動くことはできなかった。

 動けば、その瞬間、熾烈な戦闘が再び始まることを、心のどこかで理解していたから。

 護と天貴のあいだを、一陣の風が駆け抜けた。

 その瞬間、両者はどちらからとなしに動き出した。

 「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、南海の神、名は巨乗(きょじょう)、北海の神、名は禺強(ぐきょう)、四海の大神、百鬼を(しりぞ)け、凶災を祓う!急急如律令!!」

 手にした霊剣で、宙に五芒星を描き、護が紡ぐ神呪は、妖が与える災厄を祓い、百鬼夜行を退けるもの。対する天貴は、自分の尾を己の炎で包み、護に向けて突き出した。

 仕掛けたのはほぼ同時。

 護の力と天貴の力はぶつかり合い、競り合いが続き、衝撃波が生まれた。衝撃に巻き込まれた瓦礫が吹き飛び、護と天貴の体に襲い掛かってきた。

 飛んできた瓦礫は皮膚を裂き、あるいは、ほんのわずかではあったが、肉をえぐり、二人の体を傷つけていった。

 しかし、それでも、両者、一歩も引く気配はなかった。

 護は霊剣の鋒を天貴に向け、百鬼退散の神呪にくわえ、さらに別の言霊を紡いだ。

 それは、記紀に記された、この国の古き神である神仙の加護を得るための神呪。

 天御中主神あめのみなかぬしのみことの化身たる、太乙真人(たいいつしんじん)にその加護を求め、瘴気と邪気を退散させるために捧げる、祈りの言霊。

 「奇一(きいつ)奇一たちまち雲霞(うんか)を結ぶ、宇内八方(うだいはっぽう)護法南朝(ごほうなんちょう)、たちまち九仙(きゅうせん)を貫き、玄都(げんと)に達し、太乙真君に感ず、奇一奇一たちまち感通す!急急如律令!!」

 護が紡いだ言霊は、宙に描かれた五芒星を通じて、天御中主神の神気を呼び出し、護の言霊をに力を与えた。

 神の加護と神気を得た護の術は、徐々に天貴の尾を押し返していった。

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