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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
九章「九尾の願い」
96/128

九、

 霊剣を抜き放ち、護は自分の胸に刀印の鋒を当て、目を閉じ、意識を集中させた。

 瞼の裏に写っているのは、自分の魂の最奥に眠る、妖としての力。

 半妖になってからこっち、この力に意識を向けること自体、あまりなかったが、今、こうして向き合っていると、なぜだか懐かしい気持ちになる。

 それはやはり、神狐の力(これ)が何千年の昔から自分をこの世界とつなげている証だからなのだろう。

 ――俺の中に眠っている力、神狐の力よ。力を貸してくれ!

 護が心のうちでそう呼びかけると、炎はその姿を縮め、白狐の仮面へと姿を変えた。

 それを手に取り、護は仮面を顔に取り付け、目を開いた。

 「……さぁ、始めようや……」

 仮面の下から、護は九尾に殺気を投げかけた。

 その、蚊に刺された程度の殺気に、九尾はにやりと笑い、九本の尾を揺らめかせた。

 しばらくの間、二人の間には重苦しい空気が流れ、妖気と妖気がぶつかり合い、強力な斥力場を生んでいた。

 斥力に耐えられず、天井と床がびきり、ばきり、と嫌な音を立て始めた。

 最初の音が響いた瞬間、どちらからとなしに、距離を詰めた。最初に攻撃してきたのは、九尾だった。

 九尾の尾が三本、護の頭を貫こうと迫ってきた。

 それを身をひねることで回避し、持っていた霊剣を閃かせた。しかし、九尾の尾は想像以上に固く、刃が尾を断ち切ることはできなかった。

 着地した護は、尾から繰り出される攻撃を回避しながら、九尾との距離を一気に詰めた。

 符が防がれることのない距離まで来ると、護は再び符を取り出し、九尾に向かって投げつけ、刀印を結んだ。

 しかし、言霊を紡ぐ前に、後ろから襲い掛かってきた尾の一撃を受け、吹き飛ばされてしまった。

 ダンプカーに激突されたかのような衝撃が護の全身を駆け抜けたことを認識した瞬間には、すでに壁に激突していた。

 「ぐっ!!」

 どうにか受身を取ることはできたものの、その痛みに思わずうめき声を上げてしまう。

 しかし、九尾は体勢を立て直す時間を与えてはくれなかった。

 護が九尾の真後ろにいるにもかかわらず、その正確な位置がわかっているかのように、尾の先端を護に向かって突き立てた。

 「させるかっ!」

 「ちぇすっ!!」

 命の危機を感じ取った瞬間、護の目の前に二つの人影が現れた。

 二人は、構えていた武器で向かってきた九尾の尾を受け流していった。

 「……何者」

 「十二天将、火将騰蛇」

 「……同じく、朱雀」

 九尾に問われ、名乗りを上げる十二天将の二人は、鋭い眼光を向け、いつ攻撃されても受け流せるよう身構えた。

 「……すまないな、二人とも」

 「もう少ししっかりしてくれ……仮にも、お前は十二天将の主なんだ」

 「こんなところで死なれるのは、我々も困るのでな」

 護は二人の天将の言葉を聞き、なぜか笑みがこぼれた。

 術者とその使役としての、主従の契約を結んでもなお、変わることのない二人の態度に安心感を覚えたためなのか、それとも、十二天将の主として自分が認められていることを思い出し、失笑したためなのかはわからない。

 しかし、その微笑みが、護の心に余裕を生み出した。

 「……こっちも総力戦と行こうか……」

 護がぽつりと呟き、刀印を結び、胸の前で構えた。

 その瞬間、足元に六芒星を二つ重ねた魔法陣が現れ、虹色の光を放った。

 「契約者の名のもとに命ず、我が呼び声に()く答え、この場に出てよ。十二天将!!」

 護の呼び声に答え、魔法陣の中から、十人の人影が現れた。

 どうやら、月美の守護に当てていた十二天将も召喚に応じ、この場に現れたようだ。

 しかし、護の式神はそれだけではない。

 十二天将を呼び終え、魔法陣が消滅すると、今度は五芒星が五色の光とともに現れた。

 召喚の言葉はいらない。そんなものを必要とするほど、これから呼び出す式神との絆は軟弱なものではない。

 「青風、紅葉、黄蓮、白桜、黒月!」

 呼び声とともに、護の足元に五匹の狐が姿を現した。その姿は、常日頃から見せている子狐のそれではなく、成長した狐の姿だった。

 すべての使役を呼び出した瞬間、それが護一人が持っている兵力の全てであると悟り、九尾もまた、自身の配下である妖狐を呼び寄せた。

 その数は、護の傍らに控えている式神たちの十倍はあった。

 しかし、その数に絶望を覚えるほど、護たちは柔な精神を持ち合わせてはいなかった。

 「……朱雀、青龍、白虎、玄武、騰蛇、勾陣。周りの雑魚どもを頼むぞ」

 護の静かな、そして低い声に命じられ、六人の十二天将は方々へ散った。

 四神の名を冠した天将と、十二天将の中でも「闘争」と「恐怖」を司る凶将は、次々に妖狐たちをその通力で、あるいは手にした得物で屠っていった。

 しかし、さすがに多勢に無勢。ほんの数瞬で、彼らは劣勢を強いられることになった。

 その様子を見て、護も自分が出る頃合を見計らい、霊剣を構え、床をけった。

 当然、護に向かって、妖狐たちも向かってくるわけだが、五色狐と残りの十二天将がその攻撃を全て弾き、退けていった。

 「五色狐と天一、天空、それから太裳は援護を頼む。他の天将は朱雀たちの助けに回れ!」

 護が怒号とともに指示を飛ばす。

 その指示に従い、名を呼ばれていない天将はそれぞれが思う方向へ飛び、朱雀たちの援護に向かった。 護に襲い掛かる妖狐と五色狐、そして天一、天空、太裳の三人が激しくぶつかり合う中、護は彼らに守られながら、ただひたすら、九尾に向かっていった。

 総力戦へと持ち込まれた九尾は、その目を見開き、低い唸り声を上げた。

 その瞬間、美少女の顔は徐々に崩れ始めた。

 まず膨らんだのは、いや、膨らんだというよりも、伸びた、といったほうがいいのだろうか。

 鼻と口が徐々に前に突き出していった。それに伴って、双眸は釣り上がり、上顎と下顎からはのこぎりのように鋭い牙が伸びた。

 そして極めつけは、その体の変貌だった。

 華奢といっても過言ではないほど細いその体が、肩が突然膨れ上がり、続いて、背中、腹、手足の順に膨れ上がり、まとっていた服を引き裂いた。

 そして、だん、と大きな音を立てて、九尾は床に手をついた。その瞬間、彼女の白い肌は金色へと色を変えた。

 いや、色を変えたのではない。「毛の色」が変わったのだ。

 透き通るような肌から、突然、金色の毛が生え揃い、彼女の体を包み込んだのだ。

 そして、その毛は顔面を多い、黒かった髪も金色へと変貌し、とうとうその本性を現した。

 「くおぉぉぉぉぉおん!!」

 まるで変身が終わったことを喜ぶかのように、目の前の巨大な獣は一声鳴いた。

 その鳴き声で、部屋中の壁という壁、天井という天井、床という床はびりびりと振動し、とても立っていられる状況ではなくなった。

 ――九尾の本性……見るのは二回目だな

 護は、九尾が本性を表したことを知り、なぜか笑みがこぼれた。

 その笑みは、強者と戦うことに快楽を覚えた、狂戦士の笑みだった。

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