六、
護が身構えると、勇樹と桜も同じように身構え、前方を見る。
そこには、塊といってもおかしくないほどの妖気が充満している。おそらく、ここにはあやかしの住処があるのだろう。
だが、これほどの濃度となると、これは妖気というよりも瘴気といったほうが適切なのかもしれない。
宮での実戦訓練であやかしの気配や妖気を感じてきたが、勇樹と桜はこれほどの強い妖気にふれたことがないため、少しばかり顔色が悪い。月美は二人のその様子を察し、そっと背中に触れ、言霊を紡いだ。
「我が身は我に在らじ。其が傷、穢れを写す、癒しの戸」
言葉が紡がれると、二人は体がすっと軽くなった気がした。月美の声を聞いていた護は振り向き、刀印を結び、素早く空中に五芒星を描いた。
描かれた五芒星は護たちの足元に現れ、一瞬だけ、光の壁を作った。
「結界を張ったから、これ以上瘴気にあてられることは無いと思う……」
どうやら、二人が瘴気にあてられていたことに気づいていたらしい。そして、それを月美が肩代わりしたことにも気づいていたようだ。
「無理、するなよ?」
「うん……」
月美はすまなさそうな顔をしてうなずいた。護はそれを見て、そっとため息をついた。もちろん、月美が瘴気の肩代わりをすることはわかっていた。彼女は、このメンバーの中で最も強い、清めの力を持つ巫女なのだから。
だが、だからといって、彼女に無理をさせるつもりは、護にはないらしい。
「……来るぞ」
二人のやりとりをしり目に、勇樹は身構えながら、三人に来客を告げた。
すると、妖気の渦の中心から、何かが現れた。
「……なに、あれ……」
今回のターゲットであるあやかしを見て、桜がそう呟くのが聞こえた。
渦の中から現れたのは、狒狒の顔をしていたが、「狒狒」ではなかった。
まず目立つのはその四肢だ。その体毛は虎のものだった。だが、胴体の毛は狸のそれに近かった。そして何より、その胴体の向こうにあるであろう尾は狸のそれでも、虎のそれでも、まして狒狒のそれでもなかった。
それは、あろうことか、蛇の頭だった。そして、それが独立して意思を持っているかのように、こちらを睨みつけ、威嚇してきている。
「……鵺、か」
護は目の前のあやかしを見て、それが平安時代に天皇を呪ったことのあるあやかし、鵺の名をつぶやいた。
そして同時に、なぜこの妖怪がこの場にいるのか、疑問が浮かび上がった。
鵺は、それこそ古代の説話集に登場する程度のあやかしで、実在の確認だけでなく、存在そのものが確認されていないあやかしがここにいることに、そもそも疑問を持たれるべき存在なのだ。
だが、今はそのことに思考を巡らせている場合ではない。
「ヴゥゥゥゥ……」
鵺は四人を敵として認識したのか、低いうなり声をあげ、狒狒の顔と蛇の顔が牙をむけながらこちらを見た。
「さて……源頼政のようにいけるかな、俺たちは」
「さて、な……まぁ、善処するしかないだろ」
かつて鵺を倒した侍の名を出しながら、護は独鈷から刃を顕現させ、身構える。勇樹はそれに答えながら拳を構える。
前衛の二人が臨戦態勢に入ったと同時に、鵺は牙と爪をむき、襲いかかってきた。