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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
九章「九尾の願い」
88/128

一、

 江戸城の奪還に失敗してから数日。

 陰陽寮は、当初の目的である首都奪還を果たしてしまったためか、組織は二派に分かれてしまった。

 元々、水面下で分裂してはいたが、それが表面化することはなかった。首都を奪還する、その目的は同じであったため、表立って対立することはなかった。

 しかし、当初の目的(共通の目的)が達成できた時点で、その対立を水面下に収める必要はない。

 なにより、妖から取り戻すものを取り戻したが、妖は日本に存在し続けている。

 妖の存在そのものを許さない武闘派はそれをよしとせず、妖との共存を進めようとする穏健派はこの状況となったことを機に、妖とのあいだに取り決めを行おうと考えていた。

 そのような状態が今後、数ヶ月続くことになるとは、吉江たちは思いもしなかった。


 目の前に広がるのは、炎と雷。飛んでくる光の矢と怒号、そして咆哮。

 それは、江戸城奪還の際に見た光景と同じだった。

 ふと、炎の先を見つめる。

 そこには、振り向く少年がいた。

 その少年は、悲しげな瞳をこちらに向け、手で顔を覆い、狐の仮面をかぶり、背を向けた。

 去っていこうとする彼に、手を伸ばす。

 けれども、炎の壁がそれを遮り、自分の手が彼に届くことはなかった。

 悔しくて、切なくて、悲しくて。色々な感情がごちゃまぜになったが、喉の奥から、あらん限りの力を込めて、彼の名を呼んだ。

 「護ーーーーーーっ!!」


 「……っ!!」

 目を開き、身を起こすと、月美は自分の肩を抱き、さすった。

 「……また、あの夢……」

 月美は大きくため息をつき、つぶやいた。

 以前の作戦で、多くの術者が犠牲になった。その主だった部分は、参加を許可された訓練生だったのだが、彼らが犠牲になったのは、妖と戦ったからではない。

 訓練生を攻撃したのは、訓練生の他に編成されていた陰陽寮の戦闘部隊。

 そして、その戦闘部隊は、妖の存在をよりとしない、武闘派の連中を主として構成されていた。

 彼らは、素性がはっきりしない、|妖の力を持っているかもしれない《強い力を持っている》訓練生を作戦の混乱に乗じて、排除する計画だったようだ。

 その可能性を察知していた月美たちは、どうにか自分の力で生き残り、今もこうして陰陽寮に籍を置いていた。

 しかし、護はその作戦の混乱に乗じて、陰陽寮から去っていった。

 命を狙われる危険が高い場所に、いつまでもいられないということも理由の一つなのだが、自由に動けないことが、何よりも大きかった。

 陰陽寮に入る以前は、比較的自由に動くことができたが、ここ最近は、訓練生というくくりで扱われてきたため、自分で調べ、行動することができなくなってしまった。

 それに嫌気が指していた、というわけではないが、自分の命が狙われるより、幾分かましだと考えていた。

 そして、もう一つ。

 護が気にしていたことがあった。白狐が言っていた、旧支配者と呼ばれる存在。

 それを調べるには、一人で行動したほうが都合がいいと考えたのかもしれない。

 ――けど、一人で行くなんてひどいよ……

 生きていることは知っている。しかし、護に会うことができるのは、夢殿の中だけだ。

 実際に声を聞き、肌に触れることはできない。

 それが、月美の寂しさを増長させていた。


 宵闇に隠れ、一人の少年がビルの屋上に佇んでいた。その髪は白く、その顔には目元を隠すように狐の仮面がつけられていた。

 彼がまとっているのは、神社の神官がまとうような和装だった。しかし、その袖は長く、狩衣のような印象を受ける。

 一見すれば、コスプレイヤーのようにも思えるが、この国の現状から単なるコスプレイヤーではなく、顔を隠した術者と思われるだろう。

 少年は、じっと一ヶ所に視線を向けていた。視線の先には以前、術者が使鬼を送り、偵察していた廃ビルがあった。

 その廃ビルからは、妖気とは違う、何か禍々しい気配が放たれていた。

 「……これが、旧支配者に連なるものの気配、というわけか……」

 少年はポツリと呟いて、その場を立ち去った。

 ――これは、調べるのは骨が折れそうだな

 そう言って、少年は懐から符を取り出し、念を込めた。

 すると、符は蝶に姿を変え、ひらひらと廃ビルの中へと飛んでいった。

 ――あとは、あれが帰ってくるのを待つだけか……

 少年はそのまま踵を返し、廃ビル群から立ち去った。

 人間ではありえない速さで、屋上から屋上へと飛び移り、森が比較的多く生い茂っている神社へと向かっていった。

 屋上から思いっきり飛び降り、森の中へと入っていった。

 「……ふぅ……」

 少年は大きくため息をついて、仮面を外した。

 仮面を外すと、白かった髪は、黒く染まった。その瞬間、仮面は白い炎に包まれ、消えていった。

 「やれやれ……だいぶ慣れてきた、かな……」

 「炎の扱いも、半妖状態のときの体の使い方もだいぶ良いくなってきたな。護」

 「御使い様でしたか……ありがとうございます」

 「励んでいるようだが……辛くは、ないのか?」

 森の奥から現れた白狐は、問いかけた。

 先日の江戸城奪還で起きた、武闘派の人間の攻撃を回避するため、混乱に乗じて逃げ出し、この森に身を潜めていた。

 その手引きをしてくれたのが、白狐だった。

 護はその問いかけに、疲れを吹き飛ばすかのように、ため息をついてから答えた。

 「まぁ……封印を戻すときは、辛いですね……いっそ、妖気を押さえ込まないままでいたほうが楽かもしれないくらいですよ」

 実際に、半妖の状態から人間の状態に戻るために、封印を施すのだが、その際、かなりの疲労感が体に襲いかかってくる。

 それはそうだろう、と白狐は微笑み、だが、と忠告とばかりに語りかけた。

 「半妖の状態であり続ければ楽であろうが……若君。お前が半妖から人間に戻れるのは、巫女と仲間たちと紡いだ絆のおかげということを、忘れるな」

 「はい……」

 護は自分の胸に触れた。そこには、明らかに人体とは異なる、異質な硬さと冷たさがあった。

 それは、護の胸に埋め込まれた、神通力を封印するための勾玉。

 今となっては、神通力の暴走を抑える程度にしか霊力が残っていないが、それでも、今も護と月美をつないでいる。

 いってみれば、護と月美の絆の証だ。

 ――いつか、必ず

 必ず、帰るから。

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