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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
八章「人と妖の境で~決意~」
82/128

五、

 霊剣を拾い上げ、護は再び身構えた。

 半妖として、神通力を解放したせいなのか、体が軽い。天将ひとりを相手にするくらいなら、おそらく、互角に渡り合えるのではないかと思うくらいに。

 しかし、それはまだ序の口だということを、護は奥底で感じ取っていた。

 ――なら、とことんやってみるか!

 符はもうない。勾玉もない。数珠も持ってきていない。元来持っていた霊力もない。

 あるのは、いま手にしている霊剣と自分に宿っている神通力だけ。

 だが、封縛術なら、符を使わなくても行使できる。しかし、それをやるには、その術で天将を捕縛するには、この場は不利だ。

 ――……しかたない、先に火将の二人を止めるか

 護は湖の方へ走り、湖面に足をつけ、印を結ぶ。

 朱雀たちは護が何をやろうとしているのか、その意図を察したかどうかまではわからない。しかし、反射的に護を追いかけ、岸部に近いところまで来ていた。

 五行相剋に

 「水気招来、急急如律令!」

 護の紡いだ言霊に応じ、湖の水が蛇のように湖面から伸び、護の周囲でとぐろをまいた。

 それだけでは終わらなかった。

 「東方青眼(せいがん)不動。西方白眼(はくがん)不動。南方赤眼(せきがん)不動。北方黒眼(こくがん)不動。四方の不動明王に乞い願う、我が怨敵を絡めとり給え!急急如律令!!」

 不動明王印を結び、言霊を紡ぐ。

 その瞬間、護の周囲でとぐろを巻いていた水が、朱雀と騰蛇に向かって伸びていき、彼らの体にまとわりついた。

 二人の天将はその拘束を振りほどこうとしたが、なぜか力が入らない。

 彼らを拘束している術は、"水"。そして、朱雀と騰蛇は"火"将。

 五行相剋では水剋火。火は、水には勝てない。

 場所が湖だからよかったが、この術はもう使えそうにない。いや、使えない。正確には、使っても効力がない。

 残っている天将は、土将。土剋水の法則から、この術は勾陣には通用しない。

 護は仮面の下で、冷や汗をかきながらその場を離れた。

 ――さて、どうしたものか……

 護は走りながら、勾陣をどうやって無力化するか、その算段を考えていた。

 いま、手元に魔法陣を描くことのできるものは手にしている霊剣しかない。

 だが、予想される彼女の猛攻を回避しながら、魔法陣を描くことは、到底できることではない。

 それでも、どうにかしなければ。

 ――十二天将全員を、俺の式神にすることは……土御門家の次期当主として認めてもらうことはできない

 内心でそう呟き、護は勾陣との間合いを詰め、手にした霊剣で切りつけた。

 その斬撃を、勾陣は鎖で受け止め、受け流す。そして、間合いを離れ、鎖を投げつけた。

 「禁っ!」

 体勢が崩れた状態で、剣を振るうことはできないと判断し、護は言霊を紡ぎ、障壁を生み出した。

 障壁は鎖の攻撃を阻み、弾き返した。

 その瞬間、護は勾陣との間合いを一気に詰め、霊剣を閃かせた。しかし、その一閃は再び、鎖で受け止められた。

 精一杯の速さで放った攻撃だったが、相手は人外。まして、十二天将の闘将が一人と呼ばれている存在だ。防がれて当然だ。

 しかし、それこそが護の狙いでもあった。

 「これで……沈め!!」

 護は勾陣に向かって手をかざし、ありったけの神通力をはなった。

 「ありったけ」とはいえ、神狐の神通力は十二天将のそれよりも強い。

 神通力が放った霊圧に耐え切れず、勾陣は地に膝をついた。ダメ押しとばかりに、護は片手で防がれている霊剣に体重をかける。

 ぴきり、ぴきりと鎖にヒビが入っていく。

 その音が耳に入っていたのか、護は手のひらの中で霊剣を回転させ、刃の腹を勾陣に向け、体重をかけ続けた。

 「……私の負けだ」

 勾陣は自分の得物が破壊されそうになったことを知り、降参を宣言した。

 その宣言を聞き、護はかざしていた手を外し、霊剣をしまった。

 「……土火木金水(とほきこのかみ)、笑たまえ。急急如律令」

 その言霊を紡いだ瞬間、護の髪は白から黒へと変化し、仮面も消滅した。

 しかし、神通力を消耗したことは確かなようで、護の顔色はかなり悪い。

 「……十二、天将。土将、勾陣……そして、火将、騰蛇。同じく、朱雀」

 護は肩で息をしながら、十二天将の名を呼んだ。

 この戦いで天将を無力化することが、彼らが自分に与えた試練ということに気づいていた。だからこその行動だったが、正直なところ、もうたっているだけでもいっぱいいっぱいだったから、早々に切り上げたというのが本音だった。

 彼らの名前を呼んだ瞬間、十二天将全員がこの場に集まった。

 十二体の天将が全員集まることは滅多にないため、珍しいといえば珍しい光景だ。

 だが、彼らがここにきたということが何を意味しているのか、護にはなんとなしに理解できた。

 ――ここから、ようやく本当の契約が始まる

 護の心を読み取ったかのように、天一が口を開いた。

 そこから漏れ出た言葉は、柔らかいものだが、その中には荘厳な響きがあった。

 「我ら十二天将は、あなたが我らを使役として、配下に下すにたる存在であることを認識しました……あなたは、我らに何を望み、何を優先させるのですか?」

 これが、おそらく十二天将たち全員からの最後の問いかけだ。

 そして、この答えはそのまま、十二天将と護との間に交わされる誓約となる。

 違えることなき、芯となる部分。それを、十二天将たちは問いかけている。

 「……守りたい存在がある。それを守るために、力を貸してくれ」

 守りたい存在。それは、月美だけではない。勇樹や桜、清や明美はもちろん、翼や雪美、吉江や友護。そして、雑鬼たち。

 自分がこれまで関わってきた、全ての人間と全ての妖。それが、護にとって守るべき存在であり、守りたいと願う存在だった。

 「……」

 十二天将たちは護の言葉を黙って聞き、その目を見つめていた。

 護はその存在を守るために、守る力を得るために、護は半妖に身を堕とした。

 この契約は。一歩違えば、神である十二天将をも、妖の側へと堕とすことになりかねない。しかし、それは晴明も同じことだった。

 そして、晴明は彼らを魔に堕とすことなく、子孫たちの守護を任せてきた。そして、いま、自分たちの目の前にいる晴明の子孫である少年もまた、状況的には同じだ。

 だからこそ、可能性を信じよう。

 護が、この星に生きるものが、本来あるべき姿を取り戻すための、人と妖と神とのあいだに立つ、架け橋足り得る存在となる可能性を。

 だからこそ、彼らの答えは決まっていた。

 「承知しました。我ら十二天将、これより土御門護を主とし、あなたに力を貸しましょう……あなたが誓約を違えぬ限り、永久に」

 天一がそう言った瞬間、護の足元に十二芒星が現れ、光を発した。

 光は護を包み込み、そのまま、消えていった。光が消えたあとには、護の姿も、十二芒星の魔法陣も消えていた。

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