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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
八章「人と妖の境で~決意~」
79/128

二、

 護が異界に招かれてから数分。

 突然と言えば突然の十二天将からの試練で、護は現在、岩山を登らされていた。

 ――くっそ……いくら、十二天将を配下にするための試練だからって……

 何も、蓬莱山のような山を素手で登らせなくてもいいじゃないか。

 胸中で文句を漏らしながら、護はどうにか座れそうな出っ張りがあるところまで登り、腰掛けた。

 手のひらを見れば、大量の細かい切り傷や擦り傷がある。ところどころ、血が滲んでいる。

 「ちっ……」

 傷だらけの手のひらを見て、両手のひらをあわせた。

 手のひらが暖かい気配に包まれた。それと同時に、傷が少しずつ消えていく感覚があった。

 ――さて……山、か。とすると、ここにいるのは……

 護は今まで身につけてきた陰陽道の知識を総動員させて、この場に現れる可能性のある天将を推測しようと試みた。

 今、護がいる場所は山。

 山は、八卦で土に属する地形。それだけを考えるならば、おそらく出てくるのは土将の誰か。

 とすれば、ここで戦うことになる、あるいは問答をすることになるのは。

 「……最初がお前なのか天一」

 「はい。本来ならば、最後なのですが。どうしても、あなたの信念を確かめたくて」

 「……なるほど、な」

 護はそう言いながら、天一の声がした方に視線を向ける。

 いや、天一だけではない。

 勾陣を除いた、全ての土将と玄武がこの場にいる。

 「で、どうするんだ?俺をここから突き落としてさっさと処分することも可能だぞ?」

 「それもそうですが、あなたは半分は人間。それをするということは、神として穢を負うことになります」

 護の言葉に答えたのは、十二天将、土将がひとり、太裳(たいじょう)。穏やかな性情で知られる天帝の文官として知られている天将。

 その性情とは裏腹に、護に向ける視線と神気は冷たかった。

 だが、天一の合図で太裳が下がり、その神気は収まった。視線は、依然として護の方を向いていたが。

 「……我らの力を求めるものよ。汝、何ゆえに我らと使役にと望む?」

 天一が問うのは、十二天将全員が感じていること。

 もちろん、護本人が十二天将と契約を望む理由を聞きたい、というだけなのだ。そして、双方、その答えには気づいていた。

 「守りたいものがある。俺が、土御門護が、生涯をかけて守ろうと誓ったものを、守るために」

 予想通り、とでも言いたげな、しかし満足したようなほほ笑みを浮かべ、天一は護を見つめた。

 護は表情を崩すことなく、天一を見ていた。

 まるで、次の一言があることがわかっているかのように。その一言を、待ち構えているかのように。

 「されば、我が名を……いえ、この場にいる我らの名を呼びなさい。ただし、機会は一度のみ。その言霊を違えることのないように」

 「……汝が名は、土将、天乙貴人」

 天一からの言葉を待っていたかのように、護は天一を指差し、名を呼んだ。

 名は、この世で最も短い(しゅ)

 それは晴明の言葉だが、護はそれが真実であることに気づいていた。名前は、そのものの存在を、そのものたらしめるための楔。

 そして、名を違えずに呼ぶことは、そのものに呪いをかけ続けるということ。

 すでに知っている名ではあるが、それでも護はしっかりと彼女の名を呼ぶ。

 違えることが怖いからではない。彼女が、天一が護を正式に主として認めようとしてくれている、その誠意に応えるために、違えるわけにはいかなかった。

 護は続けて、太裳を指差した。

 「……汝が名は、土将、太裳」

 太裳は護に名を呼ばれ、細く、しかし柔らかなほほ笑みを浮かべた。

 護に名を呼ばれたことが嬉しかったというわけではない。

 彼が天一の名を呼んだとき、誠意に答えようという気が伝わってきた。

 それだけで、十分だった。

 太裳のその気持ちを、護は知る由もなく、他の天将の気配を探した。

 感じることができるのは、水気と木気。今いるこの場、そして感じ取れる気配から考えられるのは。

 「……汝が名は、水将、玄武。そして、その隣にいるのは、木将、六合(りくごう)

 名を呼ばれて、二人の天将が姿を現した。

 ひとりは、名に表されたように漆黒の髪、漆黒の瞳を持つ、やや細身の青年。その隣には、青い長髪をした細身の、しかし筋肉質な体格をした青年がいた。

 もとより、水を司る性質故なのだろうか、その表情はひどく静かで、まったく感情が読み取れない。

 しかし、放たれる神気から、彼らが安堵していることは、察することができた。

 そして、もう一つ。天一、太裳と同じ土気を放つ存在がある。

 だが、その気配に吉将のようなやわらかさはない。ともすると、鋭い刃のような冷たさを感じるその気配は、凶将の気配だ。

 だが、勾陣のような闘気を感じられない。とすれば、答えは。

 「……汝が名は、土将、天空」

 その呼びかけに答えたかのように、髭を蓄えた老人が結跏座(けっかざ)の姿勢で姿を現した。よく見れば、宙に浮いているのだが、それは十二天将ゆえのことだと知っているため、別に驚いてはいない。

 ――これで、この場にいる全ての天将の名を呼べたはずだが……

 護は再度、注意深く気配を探った。

 しかし、十二天将の気配は感じられない。

 どうやら、この場は、ここにいる全員だけのようだ。

 「では、次の場所へ飛ばすぞ。主よ」

 最後に呼ばれた天空が、手にしていた杖を護のほうに向け、何かを呟いた。

 頼む、の一言を言う間もなく、護は次なる試練の場へと飛ばされた。

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