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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
七章「人と妖の境で~迷い~」
77/128

十、

 平将門の荒御魂(怨霊)と和御魂を引き合わせ、平将門命(本来の姿)に戻した。そのことは、倉持隊全員に即座に伝わり、享から撤退の指示が出た。

 再び封印を奪われないよう、このあと、陰陽寮の手練が結界強化に派遣されるということだから、おそらくこのまま撤退しても問題ない。

 そう判断して、護たちも撤収しようと、護たちは鳥居の方へ向き直った。

 《待たれよ》

 平将門命はその場にいた全員を呼び止めた。

 何かしらの用事があることは容易に想像できたが、その対象は護一人だった。

 どうやら、個人的に話しておかなければならないことがあるとのことだったので、先に鳥居の向こうで待っているように頼み、護は将門命と向かい合い、話を聞いた。

 《そなた、安倍晴明の子孫だな?》

 「はい……神の前で、偽りの名を申すのは失礼になりますね……安倍晴明が子孫、土御門護と申します」

 《なるほど、それゆえ、か……》

 将門は護の言葉に納得したかのように頷き、すぐに厳かな眼差しを護に向けた。

 どうやら、あまりいい話ではなさそうだと察しつつ、護は将門の話を聞く姿勢をとった。

 《……これ以上、そなたは他の神の社に近づくな》

 その理由(わけ)は、すでにわかっているだろう。

 将門の言葉に、護はただただ、沈黙を守るしかなかった。

 今の護は、身体こそ人間のものだが、その本質は人間と妖の中間にある存在だ。

 妖と神は対極の存在。まして、護の身に宿る力は、その強大さゆえ、妖でありながらも「神」として祀られた神狐のもの。

 それだけ強大な陰の気をまとう存在が、陽の気に溢れる神社に足を踏み入れるのは、神域に穢を持ち込むことと同じだ。そして、神は、己の領域が穢されることをなにより嫌う。

 それゆえの忠告なのだろう。

 本来ならば、問答無用で祓われてもおかしくないが、救われたことに対する、この神なりの温情なのだろう。

 警告してくれるだけ、ありがたい。

 「……存じています。もっとも、此度の戦が終わるまでのあいだは、他の神の神域を汚すことになるやもしれませぬが」

 《……そうか……ならば、行けばいい。友が、待っておるのだろう?》

 「はい。それでは、これにて」

 護はそう返して、将門に背を向け、鳥居へと歩いて行った。

 ――人の身にありながら、妖の側に身を置く陰陽師、か……難儀なものだ

 将門命は心の内でそう呟き、姿を消した。


 神田明神に続いて、目黒、本駒込、三軒茶屋、吉祥寺に派遣された小隊が勝利した。

 その連絡は、陰陽寮の内部にしっかりと響いた。

 その報告を聞いて、なによりほっとしていたのは、この多少無理がある編成を命じた吉江本人だった。

 今回の戦闘は、はっきり言って、訓練生たちに実戦の空気を感じさせることが目的だった。それが、こうして江戸城の封印を取り戻すというところまで行ったのだから、いい意味で思惑が外れた。

 ――さて、次は……

 しかし、吉江の目に安堵の光はない。むしろ、険しさを増していた。

 江戸城の封印は確かに取り戻した。だが、それはあくまでも東京の霊的拠点をほんの一部、取り戻しただけなのだ。

 まだまだ、気を抜くことは許されない。

 むしろ、ここからが本番だった。

 ――討伐できた妖側の勢力は……

 吉江の視線の先には、妖側に属している存在の名が記されていた。

 ところどころ、二重線で消されているものがある。

 そして、この日、平将門、早良親王、鵺、大百足、菅原道真の名前が二重線で消された。

 ――あとは、土蜘蛛、酒呑童子、九尾、そして……旧支配者、か。けれど……

 だが、旧支配者(クトゥルフ)をこの勢力として考えていいものかと、吉江は手を止め、クトゥルフの名を見つめる。

 クトゥルフの狙いがわからない。それが一番の理由だ。

 今回のこの戦いは、どれも妖たちの存在意義を取り戻す戦いのように思えてならない。

 現に、彼らは街を占拠したものの、そこに住む人間を必要以上に殺すことはしていない。現に今も、街の人間を救助、ないしは彼らの方から自主的に避難している。

 そこから考えられるのは、元々彼らは「土地を取り戻す」ことが目的であって、虐殺が目的ではないということだ。

 だが、挙げられた報告から察するに、クトゥルフの勢力は人間を捕獲し、犯し、陵辱し、最終的には何かの餌として扱っているようだった。

 そう考えると、彼らの目的は別にあると考えるべきのようだ。

 ――そろそろ、本格的に探りを入れる必要があるみたいね……

 吉江は、加えていた煙管から紫煙を吐き出しながら、引き出しの中にしまっていた呪符を取り出した。


 一方、江戸城の裏鬼門を占拠した九尾たちは将門たちが敗北したことを、気脈の流れから感じ取った。

 どうやら、四方だけではなく、鬼門の封印も破られたようだ。

 「……どうやら、我らが出る時が来たようだな」

 狐の面をかぶった少女は日枝神社の本殿から境内を眺め、ポツリとつぶやいた。

 はっきり言って、これ以上の戦力の消耗は予想していなかった。

 彼らに勝つためには、戦力の補充が必要になる。

 平将門、早良親王、そして菅原道真は厳密には倒されたわけではないが、和御魂と引き合わされたために、本来の姿()に戻されてしまったため、干渉することはできない。

 鵺と大百足はそもそも期待してはいなかったし、これ以上あの一族に頼ることもしない。

 クトゥルフたちはそもそも何を考えているのか、まったくわからない。

 となれば、今いるこの場にいるものしか頼ることができない。

 これはかなり厳しい状況だと言わざるをえなかった。

 「……あやつを懐柔できれば、少しは変わるのだろうが……」

 人と妖の狭間にいる、同じ狐の血を継ぐ陰陽師。

 この戦況は、彼がどちらにつくかで大きく変わることになる。

 戦国時代の織田信長に然り、関ヶ原での徳川家康然り。人間同士の戦争でも、敵の状況を知っている人間がひとりでもいれば、戦況をひっくり返すことがあった。

 それは、この戦いでも同じことだ。

 陰陽師の場合、敵の戦術はともかく、呪術や呪法への対策や陰陽師に対し、呪詛を行うこともできるだろう。

 ――さて、いかにしてこちらに引き込むか……

 九尾は妖艶な、そして細いほほ笑みを浮かべていた。

 

 

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