五、
護が同級生三名から、自主的な戦闘訓練という名のいじめを受けてから数日。
もっとも、いじめ返したため、特に問題にはならなかったし、その日以降、護の実力が宮の内部にしっかり把握されたらしく、変に腕試しを申し込まれることもなくなった。
そのおかげか、ここ数日は護にとって平和な日々が過ぎていた。
が、その平穏がある意味で崩されることになるとは、この日の護は予想できていなかった。
その日の昼休み、昼食を楽しんでいた護たちの耳に吉江の、何か楽しそうな声が響いてきた。その内容は「修学旅行のお知らせ」だった。
それを聞いた当初、その場にいあわせた全員がむせ返ったほど、非常識にもほどがあるものだった。だが、「修学旅行」というのはあくまで比喩的な表現であり、その本質は遠方の地域奪還にあったということがあとで説明された。
内容は、宮の職員から数名、訓練生から数名を、妖に占領された東京の地域へ派遣し、奪還するという、非常に単純なものだった。ある程度のレベルまで訓練された職員だけでなく、訓練生、つまり護や勇樹たちを同行させるあたり、修学旅行というのはあながち間違いではない。
現地へ行く途中、いくつかの安全地帯を経由して、装備や情報を揃えるということなので、旅行といえなくもないようだ。
「なるほどねぇ……というか、東京の無事な地域ってあるのか?」
話を聞いていた護は、隣にいた清に問いかけた。その問いかけに、清は少し考えてから、あぁと、やや曖昧な答えを返す。
どうやら、そこまで詳しい情報を得ているわけではないようだ。
「……一応、寺社仏閣で有名な地域は妖の侵略をまぬがれたようだな」
「となると、不動尊や神田神宮あたりか……都会じゃないか」
「だな……まぁ、あのあたりはそれだけ強い霊的な結界が仕掛けられてるからな」
清の最もな返答に、護はそっとため息をついた。
東京に施されている霊的守護、というよりも霊的な封印を施された土地が存在する。江戸の頃に天海僧正が陰陽道と仏教の知識を用いて、霊的な結界を作り上げたためだ。
その土地は目白、本駒込、中目黒、青山麻布の四つだ。そこ以外に、さらに天海は、江戸城の鬼門と裏鬼門を守護する目的で、その位置に寺社仏閣を作らせたとも伝えられている。
このことから東京、特に江戸城周辺はかなり強い霊的守護が施されているということになる。
「で、その周辺をひとまず取り戻そうって魂胆か」
「だろうな。まぁ、江戸城の付近には宮内庁があるし、な」
東京奪還、および反撃の拠点とするには申し分ない地域なのだろう。
それが清の勝手な推測だったが、これだけの情報が集まっていて、かつ現在の状況だ。可能性は高い。
「……なら、さっさと終わらせようや」
でもって、本当の意味で修学旅行ができるようにしよう。
護のその一言に、清はほほ笑みを浮かべながら立ち上がった。
数日後、吉江から護たちに直接、派遣される場所を指定した。
護が指定された場所は、江戸城の鬼門に位置する土地を守護する神田神宮だった。
「……いやな予感がするな」
護は、神田明神に祀られている神の一柱に、平将門がいる。
通常、神宮に祀られるのは、その神の和御魂、「善なる側面」だ。そして、当然、それとは対となる側面、荒御魂がある。
妖がこうして攻めてきている以上、英霊の荒御魂がその勢力のうちに取り込まれていないという保証はない。
まして、それが「御霊」としても名高い将門の荒御魂ならば、なおのことだ。
「なぁ、まさかと思うだ、平将門が出てくるってことないよな?」
護は隣にいた清にそう問いかける。
清は、さぁ、といったような態度で肩をすくめる。
どうやら、本当に予想できないようだ。
「……あとで占ってみるか……」
どうにも嫌な予感が拭えきれない護は、そう言いながら自室に下がった。
陰陽師として、勘を見過ごすことはできない。特に、行く場所について感じた予感のようなものを見過ごしたとき、ひどいしっぺ返しを喰らうことが多い。そのせいで、何度も死にかけた。
そして、なにより。
その地で起きるであろう妖との戦いに、備えすぎるということはない。
――さて、杞憂であればいいのだが……
護は心の内でそう呟きながら、自作した六壬式盤を取り出し、占いを始めた。




