三、
晴明は半妖として認識されていた。それは、人間の社会でも大きく影響していた。半妖として、人間を超えた霊力を求められ、一方では人間とは違う存在として恐れられた。
それゆえ、晴明の心は半ば、死にかけていた。
しかし、それを救った人間が三人いた。
ひとりは、彼の「唯一の友」と呼べる貴族。ひとりは、陰陽師としての技術を教えた師匠。そして、ひとりは彼と添い遂げた妻。
彼らがいなければ、おそらく晴明は妖として生きてきただろう。
「それが、晴明を人として生かし続けた「人の情け」だ……お前も、すでにそれを手に入れているだろう」
白狐の言葉に、護は何と答えていいのか、わからなかった。
晴明が受けてきた人の情け。それは、形は違えども、確かに護も与えられている。
清や勇樹たちから、翼や友護たちから、そして、月美から。
それらは、護の人としての心を引き止めるには十分なものだ。
だからこそ、半妖となることにためらいを感じるのだ。人として、彼らと同じ立ち位置で、生涯を終えたい。
半妖となれば、人よりも長く生きることになる。晴明もまた、その当時でもかなりの長寿だったという。医学が発達した現代なら、百歳を超えることもおそらく難しくないだろう。
だが、おそらく半妖とならなければ、あの大妖との戦いは厳しいものになる。
自分の生涯か、他の人の命。どちらを天秤にかけるか。
護の迷いの根本がそのことであることを悟り、白面狐はそっとため息をついた。
「……まぁ、いい。決めるのはお前だ。が、忘れるな」
たとえ一時の感情での解放であったとしても、それがお前の選択だということを。
そう言い残し、白狐はその場から立ち去った。
――わかって、いますよ。御使い様
護はそっと目を閉じ、空を仰いだ。
たとえ、この戦いが終わった後、仲間たちから刃を向けられることになろうとも。守りたいという思いが消えることはない。
――ならば
護は空を仰ぎながら目を開いた。それは、護が選択をした瞬間だった。
護が白面狐と話している間、月美は質問攻めを回避し、廊下の窓から空を見上げていた。
たいてい、彼女がこうしているときは、何か考え事をしていることが多い。
その内容は、言わずもがな。
――護は、どっちを選ぶんだろう
護から聞いた話。それは護が人として生きるか、妖との境界線を取り去るか。
その時に、自分は何を選ぶべきか。
護が半妖となることを選ぶということは、最終的に陰陽寮が敵に回る可能性があるということだ。
そうなると、自分も彼と戦うべきか、それとも、彼とともに陰陽寮の仲間たちと戦うべきか。
――なんて……もう、決めているんだけど、ね
たとえ、その身が妖だったとしても、世界の全てを敵に回すことになったとしても。
そばにいると、隣にいることを選んだ。彼を守り続けることを、とっくの昔に選択していたのだ。
今更それを変えるつもりはない。
窓のさんに乗せた手をぎゅっと握り、空を見上げた。
「ん?どうした、月美?」
「あ、護……ううん、なんでもない」
月美は、いつの間にかこちらに来ていた護に微笑みながら、そう答える。
が、その微笑みはすぐに凍りついた。
その理由は、護の放つ気配にあった。彼の放つそれは、月美の霊力で抑えられている、神狐の神通力と同じものだった。
最近では、護もその扱いに慣れてきたためか、時折、彼の放つ気配が神通力に近いことには気づいていた。それでも、そうなるのはほんの一瞬、それも三日に一度くらいだ。
だが、今の護は、すぐに感じ取れるほど強く、神通力が漏れ出ている。
それが意味しているのは、ただ一つ。
護は既に、半妖となることを選択したのだ。
「……決めたんだね。護」
「あぁ……これはまだ、本来の姿じゃないみたいだけど、な」
今は、お前の霊力と俺の霊力で神通力の影響を抑えているから、人間の姿のままというだけ。
抑えを解けば、おそらく半妖としての姿を見せることになるのだろう。
「なら、私は絶対、護を見捨てない」
「……それがどういう意味か、わかってるのか?」
「わかってる。わかっているから、見捨てるつもりはないよ」
護は月美の瞳を見つめる。
その目には、強い覚悟の光が宿っていた。どうやら、何があっても護とともに陰陽寮を敵に回す覚悟を決めたようだ。
一度こうと決めたら、絶対に曲げない。それが、護に関わることならばなおさら。
そのことを知っているから、護はそれ以上何も言わなかった。
大切な人がそばにいてくれる。それがわかっただけでも、十分だと感じられたから。
「さ、そろそろ戻ろうか」
「うん」
ふと聞こえてきた予鈴の音に気づき、護は月美にそう告げてから教室へと入っていく。月美もそのあとに続き、教室へと入っていった。




