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陰陽高校生 大戦記  作者: 風間 義介
七章「人と妖の境で~迷い~」
68/128

一、

 妖たちの急襲から、三ヶ月が経とうとしていた。

 桜の花はすでに散り、青々とした木の葉が茂っていた。

 初夏の爽やかな空模様とは対照的に、護の顔は陰鬱としたものだった。そして、それと連動しているのだろうか、月美と護の間に流れる雰囲気も冷たく、暗いものを感じさせていた。

 その様子を一番心配していたのは、多くの戦場をともに駆け巡った戦友たち(勇樹と桜)でも、日常という時間を多く共有した友人たち(清と明美)でもなかった。

 戦闘訓練をともに受けてきただけで、特に長い時間を共有したわけでもない、初対面の霊能者(耕介たち)だった。

 「……なぁ、勇樹。あの二人って仲悪かったか?」

 護と月美がいない空間で、耕介は勇樹に問いかけた。

 勇樹はそっとため息を吐き、いいや、とだけ答えた。

 「まぁ、何か聞こうとして、そのきっかけをつかみそこねてるって感じかな……」

 長い時間、一緒にいたからこそ、いざという時に聞きたいことが聞けない。周りが手助けできれば、それにこしたことはないのだが、こればかりは、二人に任せるしかない。

 人付き合いの苦手な勇樹でも、それはしっかりわかっていた。

 ――これは、あくまで俺の勘だけど……たぶん、時間がかかるぞ、これ

 月美ほどではないにしても、勇樹も護とはそこそこ長い付き合いだ。

 そして、護が人間寄りではあるにしても、妖に近い存在ということもしっかり感じ取っていた。ここから先、妖の側に立つべきか、人間の側に立つべきかで悩んでいるのだろうということも察していた。

 ――まぁ、選ぶのはあいつだからなぁ……俺も、覚悟を決めないといけないか

 勇樹は、何気なしに上を見上げ、心の内でそう呟いた。

 その目は、どことなく寂しげだった。


 勇樹が心の内でそんなことを考えていたとき、見られていた護は頭の中で、勇樹が考えていたことが駆け巡っていた。

 ――妖か、人間か……半妖という手もないことはないんだろうが……

 そうなると、人間の側からどんな制裁を受けるかわからない。

 制裁を受けることは覚悟できている。それはどうでもいい。だが、ひとつ違えば、護は討伐対象となってしまう可能性がある。

 それはつまり、陰陽寮を、月美や勇樹たちを敵に回すことを意味している。

 決して多くはなくとも、共に時間を過ごした仲間と戦うことは避けたい。

 ――やっぱり、話しておくべきかな……月美には

 少なくとも、今の自分が半妖にちかい状態になっていることを月美には伝えておけば、万万が一のときに、彼女が迷うことなく自分と戦うことができる。少なくとも、戦うかもしれないという覚悟はできる。

 できることなら、戦わずにすむよう、いっそこの力を手放したいのだが、それは無理な相談だということはわかっている。たとえ、葛葉姫命にそれを頼んだところで、魂の最奥に息づいたこの力をどうこうできるとは思えない。

 空を見上げ、護は覚悟を決めた。この力の影響で半妖となってしまったときは、人間と戦うことを。

 それが、自分の身に課せられた宿命だと信じて。

 「月美……話がある」

 「……うん、わかってる」

 月美は、護が何を話そうとしているのかわかっていた。それを悟ったのか、護は人影の少ない場所に月美を誘った。

 月美はその誘いに応じ、護に誘われるまま、人気のない場所へ移動した。

 「……何も、こんな場所に誘わなくてもいいと思うけど……まぁ、勇樹くんには聞かれたくないもんね……」

 「わかってるなら、話す必要なかったか?」

 「ううん……護の口から直接聞きたい」

 「そうか……」

 護はそう呟き、少しの間、沈黙した。

 しかし、その沈黙は長くは続かなかった。

 「もう、気づいていると思うが……俺はもう……人間ではなくなってきている」

 その言葉は、月美が予想していた言葉そのものだった。

 月美は、ただだ黙って、その言葉を聞いていた。

 「俺は、このままいけばたぶん……いや、ほぼ確実に半妖になる」

 そうなれば、陰陽寮の討伐対象となる可能性がある。そうなったときは……。

 そこまで言いかけて、月美は護の口を塞いだ。

 「そうなっても、私は護のそばにいる」

 葛葉様にそう誓ったから。なにより、あなたのそばにいるって決めたから。

 月美のその言葉が、護の心に暖かい何かを感じさせていた。

 「……後悔、しないのか?」

 「あなたを死なせないって決めた時に、後悔しないってとっくに決めていたよ」

 護のその言葉に少し苛立ちを感じたのか、昔のことを引き合いに出して、腕を組む。その姿が可愛らしく、護はくすりと微笑み、月美の頭に触れた。

 「ふみゅ……」

 「……ありがとな」

 いきなり頭を撫でられた月美は、奇妙な声をあげ、護になされるがまま、撫でられていた。そんな月美の姿を、護は愛おしそうに眺め、礼を言った。

 その目は、愛しい人を見つめる目以外の何者でもなかった。

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