二、
陰陽寮が管理する建物。
そのなかの一室で、翼は十二天将の面々と向き合っていた。
普段、十二天将が呼び出しに応じることはない。しかし、呼び出したときの彼の声を聞いて、拒否するものは、おそらくいない。
それだけ、強い言霊が彼の口から漏れ出たのだ。
「……頼みがある」
翼は再び、その口から重々しい言霊が放たれた。
その言霊を、十二天将はただ静かに受け止めるしかできなかった。
「ここより先は、私ではなく次代の当主に従え」
「……それは、護を次の当主に据えるということでしょうか」
天乙貴人、天一は翼の瞳を見つめ、問いかけた。
その問いかけに、翼は答えなかった。いや、その瞳には、問いかけに対する肯定の意思が見えていた。
どうやら、本気のようだ。
「この状況だ。事態が収まるまで、『あれ』の継承儀式は保留とするが……」
現時刻を持って、お前たちと私の契約を、土御門護に引き継がせる。
それは、正式ではないとはいえ、事実上、護に土御門家を継がせるという宣言にほかならなかった。
翼は、決死の覚悟でこの戦に挑むのだろう。そうでなければ、この非常事態の最中、このような大切なことを十二天将のみに告げることはないだろう。
「……承りました」
天一は、ただ一言、そう返事を返す。
その言葉を受け、他の十二天将もまた、沈黙で答える。それは、肯定の意志を示したものだった。
「……すまないな」
翼は受け継がれてきた配下にむかって、頭を下げた。
その頃、月美は、与えられた部屋の中で、答えの出ない問題について考えていた。
考えている問題は、護のことだ。彼が隠している何かがある。それはおそらく、自分に話してもどうにもできないことなのだろうということは、彼女も想像できた。
――でも……話してくれないと、わからないよ
月美は膝を抱え、顔をうずめた。
護とつながっているから、彼の心が揺れていることはしっかり理解できる。心の揺れだけではない。心の内側が、陰と陽どちらに比重が置かれているかの状態も知ることができる。
このままいけば、護の心は陰に染まってしまう。それだけはどうにか阻止しなければならない。
陰陽師が、護がその心を完全に陰に染めてしまったとき、それは、彼が妖に近い存在となってしまうことを意味している。
特に護は、いや、土御門家は葛葉姫命の、葛の葉の血を引く一族だ。
妖に染まることは、容易だ。
「……聞かないと……護から、ちゃんと聞かないと」
聞いて、何ができるかはわからない。けれども、そばにいると決めた。支えると誓った。
だから、ちゃんと支えられるように、彼が抱えているものを聞き出さなければならない。
月美は膝から顔を出し、正面の壁を見つめた。その瞳には、決意の光が強く宿っていた。




